305:丹沢ヒルズの天狗
【丹沢・中津村】
丈の長い黒い服を着た天狗、余半が、丹沢ヒルズ影響圏から出てしまわないよう、ゆっくり降下してくる。
「ようこそ、図書館都市ダンジョンへ。」
出迎えたマリーが声を掛ける。こちらは転送陣があれは半刻ほど。
「図書頭様、我々天狗はダンジョンに住んでいるだけで、別に支配者ではありません。そもそも丹沢ヒルズ自体は知性があるダンジョンではありませんから、あまりお役には立てないかと思います。」
「余半さん、ヤマビルが支配しているダンジョン。という訳では無いのですね。」
「ダンジョンマスターが存在するダンジョンではありません。ヤマビルは代表的な存在ですが、ヤマビルだけのダンジョンと言うわけでもありません。むしろダンジョンの本質としては『森』でしょう。そして、天狗は森の民族ですから、こういう数少ない森で暮らしています。」
「確か鬼も森の民族でしたね。」
「はい。皆さんの言う『鬼』を天狗の言葉ではエルフェン、妖精と言い、やはり森の住民です。一方彼らは我々天狗をネーメツ、物言わぬ動物と言います。歴史的にあまり仲が良いわけではありませんが、今は争っている余裕も無いですから。」
「なるほど。歴史的には戦争をしたこともあると。」
「妖精相手のみならず、大昔は天狗同士でも宗教的対立から殺し合ったこともあります。何十年も断続的に争いが続き、天狗の数は半減したそうです。」
「人口抑制には、あまり良い方法ではありませんね。」
天狗は数が増えると天狗になってやらかす悪癖がある。
「それで、わたしの方からのお願いは、丹沢ヒルズでの植物採集と試験栽培です。」
「採集は困るな。野生の動植物は容易に絶滅する。天狗は食べる分だけ採るけど、人間はお金のために根こそぎにしてしまう。」
「だから、栽培して増やす訳です。それに、わたしは人間では無く修羅です。ただ、今の季節は蛭も多いですし熊まで出ますから、丹沢ヒルズの奥まで行くのは危険でしょう。ですから、外側の方に植物を採集したり試験栽培するための拠点を作りたい。というわけです。」
「天狗に許可するしないの権限は無いから、ダンジョンがどう判断するかだな。確かにダンジョン内に人の村はあるが。」
「少なくとも相撲側には、南の阿弗利加寺や南西の大牡山がありましたね。」
「ええ。でも、彼らには我々天狗を神様扱いするのは、やめてほしいものです。私は神に仕える身であって神ではありませんし、大天狗の蛭田様も、もちろん神ではありません。」
蛭とヒルダは全く関係無い。異世界の阪奈電車とハンナが無関係なのと同じ。
「この地域では仕方ないことでしょう。ダンジョンの住民には、わたしを生き神様扱いする者も居ます。れっきとした不敬罪だと思うのですが。」
「それで、丹沢ヒルズからの依頼では無く、このダンジョンに住む天狗としての依頼なのですが、今後、次の世代のプリースターを叙任するためにはビショフが必要です。しかし、丹沢ヒルズの天狗社会は小さく、とても和尚や僧正が勉強する学校を維持出来ません。」
「学校を建てて欲しい。ですか。ですがわたしの力はダンジョン内でしか使えませんが。」
「いえ、図書館都市ダンジョンには河童が沢山居るそうですから、彼らの学校に若者を派遣できないか仲介をお願いします。」
「河童ですか。異世界でも埼玉は河童の名所で、確かに河童は沢山居ますが、学校については知りません。帰ったら聞いてみます。」