303:地方視察をしよう
【第三層群屋上展望台】
「わたし、随分長い間、半分比企ニートでしたからね……。」
「マリーさん、いきなり何を?」
「マスター、ようやっとダンジョン本体は『掌握』したと言っても、周囲に広がる影響圏は映像を見ることは出来ても、わたしが直接見て確認したわけではありません。幸い、少しは馬に乗れるように、というか乗せて貰うことが出来るようになりましたから、夏の間に転送陣と、必要な場合は馬も使ってダンジョン影響圏の各地を視察します。」
「転送陣が無いと影響圏の端まで馬で20日必要だな。転送陣様々だ。」
馬は長時間の食事と短い睡眠時間以外は昼夜を問わず歩き続けることが可能で、1日の移動距離は60kmに達する。夜には騎手は寝たまま馬に背負われることになるので、騎手が訓練した騎馬民族か、乗せる方が馬脚など馬系の獣人でないと何日もその速さで旅をするのは現実的では無いだろうが。
「さすがに保安上の危険も考えたら、軽々しくダンジョンから出るわけにはいきません。ですから、基本的に日帰りか一泊二日でダンジョン影響圏内ですね。」
「ダンジョン内ならコアから監視しておけば、この世界の技術水準なら大抵は対応出来るだろうが、外ではそうは行かないな。確かに。」
「ダンジョン影響圏内なら『敵対的な感情の人物』が潜んでいることは分かります。原敬も濱口雄幸も東京駅で暗殺されていますが、影響圏内なら、そのような事態は避けることができます。」
異世界では、伊藤博文は、いかがわしい店でろくでもない死に方をして、五・一五事件や二・二六事件も無かったため、総理の暗殺と言えば東京駅が名所。
「確かに、ダンジョンは感情がエネルギー源だから、エネルギーの流入状況で感情は分かるわけか。現実問題、あまりにも手間がかかるので個々人の監視なんかできないけど、実行したら酷い監視社会だな。」
「悪用したら、たちまちディストピアですね。ただ、人間牧場を300年以上存続させるなら、案外、住民を個別に観察して対応する必要があるのかもしれませんが。でも、たぶん世界樹の情報処理能力を超えてしまうので無理でしょう。」
人間牧場は住民を良好な状態に保つ必要があり、そのため必然的に人口爆発を起こし、300年以内にほぼ例外なく崩壊する。数少ない例外の1つが『石の神殿アスカ』であり、ダンジョンの維持に必要な以上の生贄を捧げることで人口を抑制している。
「世界樹が巨大になっても手に余るか。」
「樹木で生きているのは表面部分だけですからね。世界樹も幹の内側部分は情報を蓄積することは出来ても、考えるなど情報を処理することは出来ません。」
「いずれにせよ、人口爆発による人間牧場の寿命問題は早い内に対策が必要だろうな。」
「低迷期に入ってから慌てても手遅れですからね。成立期の間に手を打っておかないといけません。ただ、図書館都市ダンジョンは周辺の既存社会をそのまま移植したため、『石の神殿アスカ』みたいに住民に生贄になる事を常識と思わせる。なんてことは困難ですし、仏教を振興して僧侶を増やす。といっても妻帯を許す宗派もある以上効果は限られます。」
「難しい問題だな。」
「カルタゴとかスパルタとか、乳幼児を殺害することで人口を抑制した社会はありますが、さすがにここの社会ではそんな方法も取れませんからね。」