030:入植者第二陣
【コアルーム】
「距離2万、人数1000人程度、入間代官所の旗がある。」
「1000だって? ミントさん、入植者は100人の予定だろ。ちょっと多すぎないか。」
「マスター、どう見ても、100なんてことは無い。」
「まぁ桁間違いくらい、たまにあるからヨシ!」
「マスター、ヨシじゃありません。1000人も、誰が面倒見るのです? いっそ落とし穴発動させて、人数減らした方が……。」
【図書館ダンジョン前】
「ヨハネの首を持ってきてくれましたか。」
代官を見るなり、そう声を掛けるマリー。
「死刑囚は居ない。でも、さらにダンジョンが大きくなっているじゃ無いか。さては書記長どの、独自に賊でも食べたな。」
「賊に襲われたので撃退しました。そうそう、賊の生き残りは『比企小森新戸三郎』と名乗っていました。偽名かもしれませんが。来た方位からみて、根城は北西の方角で5日行程以内。引きこもりニートだけに、おそらく優柔不断に逃げずに留まっていると思われます。」
「ニート? 悪口と言うことは分かるが。比企の者、あのカエル野郎か。」
「何かご存じで?」
「比企は入間の北にある地域だ。比企の者は、その地方に昔居た一族らしい。後でそちらの代官に使者を送ろう。」
「入植者? は待たせても悪いし、メードに家へ案内させます。ですが、少し、いや、かなり人数多い気がしますが。」
「代官所のある霞ヶ関のみならず、渭後・都家・鹹瀬と比企一帯で、土地の足りない農民や仕事が無い者で希望者を全員集めてきた。」
「……人間って繁殖力が高いですからね……。わたしは修羅ですから、人間が多すぎたら選別して処分しても良いのですが、代官としてはそんなことは出来ませんよね。」
「民の生活を守るのが代官の任務だからな。悪代官は違うが。もっとも、あまりに危険なダンジョンを直接攻略するのは代官では無く冒険者の仕事だが、ダンジョンの怪物が外に出てくるなんて事は滅多に無いな。」
「この程度はご存じかと思いますが、ダンジョンのモンスターはダンジョンそのものからエネルギー……まぁ力って言えば分かりやすいでしょうか、力を得ているので、名前を持った特別なモンスター以外はダンジョンの外では活動出来ませんし、名前のあるモンスターは数が少ないですから、よっぽどの事が無いとダンジョンから出ません。」
なお、冒険者が来ないので、名前付きモンスターに村人を誘拐させダンジョン内で殺害する。なんてことをやらかしたダンジョンがある。
「このダンジョンには危険なモンスターは居ないし、罠だって賊しか掛からないから、その点は安心出来る。」
「わたしだって、ある意味では危険ですよ。で、1000人が『健康で文化的な生活を営む』なら、このダンジョンはさらに成長し、入間のみならず周辺の比企とか……あと?」
「この付近だと豊島や多摩だな。高麗と新座は文化が違うので、衝突が起きて難しいかもしれぬ。」
「そう、それらからの入植者も入れられます。そして、ダンジョン自体は入植者の力で維持されますが、ダンジョン都市の『組織』を維持するために、収穫と商取引の1割を徴収します。」
「そして、毎日白米が食べられる。」
「脚気になりますよ。それで、有象無象の貧民では得られる力は限られます。ここみたいに、ダンジョンの中に家を作って人を住まわせるのを『人間牧場』と言うのですが、飼育環境が劣悪だと得られる力は乏しくなります。逆に環境を良くすると際限なく殖えて破綻する。という問題もありますが。
本来の意味は違いますが、『神は人の敬によって威を増し、人は神の徳によって運を添ふ』という言葉があります。」
「貞永式目か。」
「そのために、このダンジョンでは入植者に教育を義務づけ、就労を推奨し、エサだけ食ってダラダラしているニート……え~っと、穀潰しをできるだけ……働きアリの法則によるなら、2割は仕方ないか。」
「確かに、仕事が無くても村に留まる者も居るな。」
「そういう風に、生活の質を徐々に上げていくので、いきなり10000人も送り込まれると非常に困るのです。」
その後、代官とマリーが無駄話をしている間に、入植者達は各自に割り当てられた部屋へ入っていき、ダンジョン前には代官達だけが残った。
「それでは、改めて、種芋や苗や家畜だったな。まず、入間と言えば甘藷だ。これから植え付け時期だからちょうど良い。あと、水が乏しく土が痩せているので、里芋はさほど多くは無いが、ここなら栽培可能だろう。手間がかからないのが強みだ。」
「甘藷……サツマイモですね。でも、1000人分となると……。」
「果物は、柿・梨・梅・栗の苗を手に入る限りの品種を持ってきた。」
「何とか速く育てられないか試してみます。」
「野菜では、山椒・生姜・茗荷・蕗などを持ってきた。」
「良いですね。」
でも、マリーには味の違いは分からない。
「家畜は鶏だけだ。残念ながら馬は余裕が無い。」
「牛飲馬食ですから、馬は餌が多く必要で難しいでしょうね。いずれは馬も必要になりますが、さしあたって先行して騎士団を用意しないといけませんね。」
「ほう、書記長どの、ちょうど良いあてがあるんだが。」
「騎士団の件ですか。」
「そうそう。次に来たときに連れてこよう。」
【コアルーム】
「マスター、以前、『人間牧場』って話をしましたね。」
「ああ、確かあったな。マリーさんが来た日だったか。」
「結局、司書は居ないままですけど、本格的に人間牧場として機能し始めた。ってことだと思います。まだまだ課題は多いですが。」
「賊対策とか。ですね。いろいろあって先送りになってしまいましたが、軍人の紫蘇を召喚しましょう。それにしても、いきなり1000人ですか。正確な数は数えていませんが。」
「そろそろ官僚機構も必要だな。いっそ市長の修羅でも。で、まだ増えそうなんだろ。」
「ほんと『人間テロ』ですね。庭に人間が住み着くと、どんどん殖えて、他の種族を駆逐してしまう。という。」
「一番良く増える種族だからなぁ。」
「そうですね。理論上は獣人には繁殖力の高い種族も居るのですが、『ねずみ算』という言葉はあるものの、鼠獣人が増えすぎたなんて話は聞いたことがありません。」
異世界によっては、埼玉・朝霞駐屯地の場所に根津公園があり、マスコットキャラクターは鼠。(他にも著名なネズミキャラは居るが版権が切れていないので省略)
「確かに獣人は見たこと無いな。最初の召喚リストにあっただけだ。今度の入植者にも居なさそうな……。」
「いちいち確認していないから、狐狸が紛れ込んでいるかもしれませんが。」
人間は繁殖力が高いため、マルクス経済学で言うところの「相対的過剰人口」どころではなく、絶対的な余剰人口が発生しやすい。しかし、マリーはその人口すらもダンジョンの発展に生かそうとしていた。
(第二章・完)




