003:始祖紫蘇の秘書。司書ではない
【コアルーム】
競争馬を召喚しても図書館の役には立たない。
「我輩が最初から持っている知識だと、だいたいこういう水晶玉みたいなシロモノは強く念ずれば何とかなるもの。図書館を管理するのは、確か秘書だったか、違った、え~と、シソだったかな? 確か『アンパイア』はシソが一番強かったはず。ま、多少違ってもナントカなるだろう。ヨシ!」
ということで、ダンジョンマスターは金属球に手を乗せ、意識を集中して秘書みたいなシソをイメージし、召喚を試みる。金属球は液体っぽいが別に手に付くこともなく、暖かい妙な感触だ。
コアが何か意味不明の言葉を話しているが、どうやらちゃんと図書館職員はシソで合っていたようで、召喚は成功。
召喚されたモンスターは、1纏めにした青い金属光沢(構造色)の黒髪と尖った(長くは無い)耳を持つ、人間型だけど明らかに人間では無い種族だ。見たところ、たぶん女性だろうけど胸は全く無いし種族特性によっては男の娘かもしれない。かすかな鼻に抜けるような香水、後ろの髪を纏めた箇所に濃い緑色の小さな葉の草と青い花があしらわれた髪飾り、肌は白く目は深い青みがかった黒色。
一方、服装はパンツスタイルのスーツとオフィスとかに居そうな感じで全くファンタジーっぽくは無い。まぁ図書館職員だからな。首から名札を下げているが空白だ。
モンスターは
「種族はローズマリー、名前はありません」
と感情の無い平板な口調で挨拶する。名前が無いのか。呼ぶとき面倒だな。
「ローズマリーなら、名前は『マリー』で良いだろう。」
ダンジョンマスターは、ローズマリー(rosemary)はバラ(rose)+メアリー(mary)ではなく、ros-marinus(海の滴)由来ということは知らない。
コアがまた何か言うが意味不明なので無視。
「さっきからコアが何か言っているが……。」
「ああ、英語ですね。英語が使われている世界は多いですから。マスターが英語を分からないのでしたら、日本語に切り替えておきましょう。と、いうわけで、『Settings』から『Language』を選び『Add a lanuage』で『日本語』を選択し『Set as my System language』、さらに『Language options』で設定というふうに……。」
「メニューを英語から切り替えるのに英語を読む必要があるとは酷いな。」
「おそらく、この系統のダンジョンマスターは基本的に英語を使えるのでしょう。」
いつの間にか、マリーの口調は普通になっている。
「で、『種族』がローズマリーって、ハーブのローズマリーとは関係が?」
「わたしは『修羅』という植物の要素を持つ種族です。これが動物の要素だと『畜生』、鉱物の要素だと『餓鬼』ですね。つまりマスターは畜生です。」
なんとダンジョンマスターは畜生だった。畜生め!
「紫蘇ファミリーの一種で『始祖紫蘇の秘書』ですから、最初から始祖にして秘書の能力を持っています。もっとも、ダンジョンモンスターは名前無しの状態では言われたことしか出来ませんが。」
「図書館なのに馬しか召喚出来ないかと焦ったよ。」
「……うま、ですか? あのヒヒーンとか鳴く?」
モンスターリストの先頭には『紫蘇(修羅・特殊)』、最後には『シバンムシ』『チャタテムシ』『紙魚』とある
「あれ、確か先頭は二冠馬カローラブライアンだったか親子ダービー馬スレッジハンマーだったか、いずれにせよ馬だった」
「図書館で馬? 妙ですね……何か変な操作を? 記録を遡ってみます」
マリーが指さす箇所には
『マスターがオリジナルモンスターを設定しました。従来の主系列モンスターは召喚出来なくなります』
『マスターがファーストモンスターを召喚しました。ナビゲート機能として知性化しますが、初期状態で知性化されているため知性を追加します』
『マスターがモンスターをネームドに設定しました。モンスター『ローズマリー』の個体名を『マリー』に設定します。最初のネームドモンスターなので特典として知性を追加します』
と表記されている。当時は英語だったから理解出来なかった訳か。もちろん、知性が高い。ということは必ずしも言動が知的ということとは直結しない。
「主系列モンスターというのは、そのダンジョンの基本となるモンスター、例えば海賊船なら海賊です。馬が消えているという事は主系列が馬だったってことですから……?
でも、図書館の主系列モンスターということは普通の馬では無く馬獣人という可能性が高いですし、マスターが畜生と言う事とも整合します。馬頭は地獄の獄卒ですから、このダンジョン、本来は図書館地獄だったのかもしれません」
「図書館地獄?」
「地獄には無数の種類があるそうです。でも図書館地獄って亡者にどのような責め苦を与えるものでしょうか。1日中強制的に本を読ませる?……それが拷問になるのでしょうか? 逆に、目の前に多数の本があるけど読むことを一切許されない、とか?」
「馬頭は既に召喚出来ないからどうでもヨシ!」
結局、司書(librarian)をマスターが馬の名前と誤認した。という真相は不明のままとなった。
「ネームドモンスターってのはわたしのように個体名を持つモンスターですね。普通のモンスターは飲食不要でマスターには絶対服従ですが、命令されたことしか出来ません。名前があれば自分で考えて行動できます。また、名前付きモンスターは何らかの原因で死亡してもダンジョンエネルギーがあれば復活出来ます。ただし、食糧が必要になります。」
「名前を付けた方が得だな。」
「……。」
ネームドモンスターは逃亡したり叛逆したりする危険性がある。特にマスターより頭の廻る側近など危険極まりない。
「……あ~、なお、特に強力なモンスターの場合、最初から名前付きで召喚される場合があります。召喚リストから消えた馬頭というのもカローラブライアンとスレッジハンマーで、名前付きだったようですね。」
紫蘇と秘書と司書って似ているね。ローズマリーなのは、庭に大きいのがあるため。記憶力を強化すると言われていた。というのも理由。
主系列は恒星とは無関係で、別に赤色巨人モンスターとか白色ドワーフモンスターとかが居る訳ではありません。普通は。