298:比企ニート・マリー
【第三層群屋上庭園】
米麦二毛作の田植えも終わり、本格的な夏が到来した。
下界の農民達は除草に施肥に水管理と忙しく働いているが、上空約100kmの屋上庭園ではマリーが適当に持ってきた本を読みながら休憩している。白地に細かく模様の入った半袖ワンピースに麦藁帽と夏の装いだが、そもそもダンジョンの機能で紫外線は大幅に遮断されているので、帽子は要らないはず。
修羅なんて本質が植物なだけに、堕落しようと思えばいくらでも堕落できる。こうしてダンジョンの副官が比企ニートを満喫している間、足立の者達は足を棒にして走り回っている。要するに平穏と言うこと。
【第三層群屋上庭園】
「全て世は事も無し。ですね。」
庭園に来たミントにマリーはこう言う。ミントは手にハーブティーを持っているが、別にカニバリズムという訳では無い。
「側近書記殿、こちらは分身の増員をしたい程です。残念ながら、これ以上分身を増やしても管理しきれませんが。」
「ダンジョンが大幅に広がっていますからね。わたしも掌握には時間が必要でした。」
地平線までダンジョン影響圏。もちろん村や他のダンジョン、その背後は影響圏には組み込めない。
「この上800mは宇宙なんですよね。」
「異世界で恣意的に決めただけだが。」
「ダンジョンシステム上の区切りは、次は100万フィートなので300kmですね。」
「そんなに沢山の図書館は無いだろう。」
「アメリカは公共図書館だけで1万、労農ロシアは10万ありますから、今後、日本語圏以外の図書館を召喚可能になれば、300kmどころか3,000kmも可能でしょう。さすがに軌道エレベーターは無理でしょうが。」
「ここは赤道上では無いので、かなり無理があるだろう。それに、今ある本ですらほとんど読んでいないだろ。」
「辞書とか目録とかは読む必要無いでしょうから、1,000万冊として、1日3冊で1万年近く。1年の日数は異世界とは微妙に異なりますが……。」
「3冊も読むなって。」
「……でも、世界樹がもっと大きくなれば、スキャナで端から本を読み込んで情報として蓄積すれば、必要な時にいつでも呼び出せますよ。」
「世界樹による帝国図書館の生きた海賊版か。」
「このダンジョン、司書を召喚出来ない仕様なので、情報化しておく。というのは今後を考えたら有用と思いますよ。ファリゴールは学芸員の資格は持っていますけど、それで『ケーキを食べればいいじゃない』という訳にもいきません。」
「ダンジョンで最初に召喚した大学図書館の仕様に制約される。だったな。それで歯医者や薬剤師も調達できない。」
これが異世界転生者なら、医学部が無い大学の卒業生にも医者は居る(卒業後他大学医学部に編入)ように、司書課程が無い大学の卒業生に司書が居る(他大学の通信課程を受講など)可能性もあるが、ダンジョンの機能で経歴をでっち上げるダンジョンモンスターや眷属ではそうは行かない。
「それで、新幹線は当面作らない。で良かったのか。」
「はい。転送陣すら、毎日1往復は過剰でしたから、まだ低速大量輸送手段の追加は必要無いでしょう。むしろ、影響圏外側へ道路を延ばして自動車を走らせる方法は無いかと。」
「難しいな。アスファルト舗装は材料が無いし、コンクリート舗装も機械が揃わない。せいぜいマカダム舗装だ。さらに問題なのは、送電線・通信施設など自動運転自動車の運用に必要なインフラを展開できない。」
「徒歩か大八車か、動物の馬が居れば馬車か。ですか。馬脚は体重が軽い分、駄馬や輓馬としての能力は劣りますからね……。」
「そして、一番の問題、これはラージャ将軍殿の担当だが、ダンジョンは影響圏外への戦力投射が致命的に苦手であり、交易路の安全を確保出来ない。」
「普通のダンジョンモンスターは影響圏から出られない。というのは図書館都市ダンジョンには無関係ですが、外ではダンジョンの機能を全部使えませんからね……。」




