297:さすがに真空チューブ輸送は断念
【第三層群屋上展望台】
「それで、エレベーターシャフトの減圧ですが、塔の上層部ではダンジョンの力で空間に大気を保持しています。これとは逆にエレベーターシャフトを減圧して空気抵抗を減らすのが、いわゆる真空チューブ輸送です。」
「どこの異世界にも無いな。」
「大部分の異世界日本には真空チューブはもちろんリニアモーターによる高速輸送システムも存在しませんが、一部の異世界では、採算度外視で減圧チューブ輸送まで作った国もあります。ただし、それこそ、ダンジョンの機能でも使わない限り、技術的には悪夢であり採算も取れません。このダンジョンにおいても、単にダンジョンの機能で生成した新鮮な空気を空間に保持するのは固有法則により容易ですが、既にある空気を抜くための固有法則は無いため、大量にエネルギーを要します。」
「侵入者がいる場所の空気を抜く。なんて固有法則があったら強力過ぎる気がするな。」
「でも、このダンジョンの『部外者立入禁止』が一番強力でしょうね。ダンジョンの直接攻略を極めて困難にするわけですから。」
「確かに、それはそうだ。」
この世界では、ダンジョンを攻略しても、鉄ニッケル合金のコアしか手に入らない。生きたダンジョンコアは柔らかく暖かいが、死んでしまうとただの金属球になる。コアに蓄積されたエネルギーを使おうとしても、周囲に純粋エネルギーをまき散らすか、最悪爆発するだけ。
「それで、転送陣の水平方向シャフトを減圧するために必要な電力が、籠の空気抵抗が減ることによる電力より少なければ、減圧する意味があります。もちろん、減圧には、籠と乗降部分の取り合いなどの管理も含みます。」
「根本の問題として、減圧仕様の転送陣ってダンジョン管理システムにあるのか。」
「大百科にはありませんが、あれも全ての機能が記載されている訳ではありません。特にダンジョンの固有法則は似ていてもダンジョン事に微妙に異なったりしますから。ですから、不可能と決まったわけではありません。」
「何か不明瞭な言い方だな。」
「ただ、時速600kmなら現に減圧しなくてもエネルギーを浪費すれば可能ですから、いろいろと面倒な減圧は後日でも良いでしょう。」
マリーはそう言うと、空間に仮想窓を展開させる。
「シャフトは転送陣そのものです。これに引き延ばした長尺型の籠を必要に合わせ複数組み込みます。」
画面には、ひしゃげて引き延ばされた先頭部を持つ、ひどく不細工な物体が表示される。
「こんな格好だと、子供向けの雑誌には載せられないな。」
「エネルギーの節約です。もし旅客機の開発が遅れてしまったら、転送陣がダンジョン影響圏内を走り回る羽目になりかねません。数が増えてしまったら、多少の無駄でも大変な量になります。」
マリーはそう言うと、次にダンジョン影響圏全体の地図を表示させる。
「ざっくり考えて、転送陣の端まで1日2往復が可能で、端の方で町や街道などと接続する転送陣は6本、途中までのが3本として、籠が4組あれば全部を毎日1往復させられますから、予備込みで5組か6組あれば十分でしょう。」
北東、奥州・左遷城
南東、総・国府台、粟・観音寺
南西、武蔵・府中、相撲・本郷、湯と鳥兜
西、美濃尾張方面
西北西、科
北西、毛・総社、越・魚沼
途中までなのが、宇都宮城・小田城・丹沢ヒルズの3方向
「影響圏の端までの転送陣は15本あるけど、使うのは6本か。」
「はい。ですが、無人の荒野に行っても仕方ないですからね。無人と言うことを確認するためには転送陣が必要でしたが。」
「あと、甲には行けないんだな。」
「影響圏が広がっていませんからね。かといって武蔵は友好国ですから、村を弱らせる工作はできません。どっちみち甲は餓鬼が威張っている国ですから、あまり良い関係は結べないでしょう。」




