280:増築限界
【第三層群屋上展望台】
「気球もドローンも見張り台も五位鷺も、今ひとつ決め手に欠けますね。」
マリーは世界樹の下に立ち、右手を幹に当てながら言う。
「偵察衛星、偵察機。あるいは逆にダンジョン影響圏外でも飛行可能な鳥人。」
「鳥は体重20kg程度に制約されますからね。ただ、飛行能力と大きな脳の両立はいろいろと無理があるのか、そういう鳥人はごく少数です。普通のカラスだって頭は良いのですがダンジョンの住民にはなりません。」
「ただの動物は住民でも侵入者でもダンジョンエネルギーは得られない。だったな。」
「はい。そこが畜生道のうちで、獣人と普通の動物の区別となります。法律的なことを言えば、殺人罪や傷害罪となるか、鳥獣保護法違反となるか。ですが、法律は人為的に決めるものですから、畜生は動物扱いの国もあるようです。」
「制約は多いな。」
「確実に外側を調査するなら、もっと図書館を探してきて、ダンジョン影響圏自体を広げると早いのですが、それも問題はあります。」
「まず左遷城、さらにその向こう、となると、際限なく図書館が必要になるか。」
「広げたダンジョン影響圏を守るために、さらにダンジョン影響圏を広げ、となると際限がありません。しかも日本語圏以外の図書館は召喚コストが高くなります。何十万人・何百万人もの生贄を捧げるか、先日のゾンビダンジョンみたいにコアに大量にダンジョンエネルギーを溜め込んだダンジョンを倒す必要が出てきます。」
「日本語圏以外、になってくるか。」
「転送陣の制約による、縦横約30m以上ある公共図書館。は、あらかた召喚済みです。公民館図書室や大学図書館の分室は、まだいくらかは未召喚のものがありますが、大幅に影響圏を広げるだけの数は無さそうです。そして、いわゆる図書館類縁機関、例えば博物館の図書室や県庁の図書室ですね。先日の暴走ではなぜか召喚されていますが、通常のダンジョンの機能としては、本体には組み込むことが出来ません。」
「大学って確か召喚可能なのは全国で20くらいだったか。」
「容易に召喚可能な『大抵の世界にある大学』が、帝大8校・官立大12校・国立女子大2校・公立大2校の24校です。わたし達と繋がりが深い異世界では大阪帝大と神戸商大が統合し阪神大になっていますから23校。それ以外、例えば埼玉県立女子大は召喚にダンジョンエネルギーを多く使います。」
台湾が日本領の世界は多々あるが、国力の制約や地政学的問題や民族性の違いもあり、朝鮮を長期的に領有するのは困難。そもそも、大陸国家でも海洋国家でも無い日本が、大陸領土を持ったり、海上交易路の掌握を図るのは破滅の元である。
「設定上の経歴だけで、実際に大学へ通ったことは無いから、大学のことは分からないな。」
「別に異世界転生者では無いですし、このダンジョンでは全員そうです。」
「それで、1つ目の問題ですが、際限なく図書館を多数召喚すると、転送陣ですら地上まで時間がかかりすぎるようになります。」
「産業基盤は全部地上だからなぁ。」
「転送陣の正体は魔法では無くリニアモーター式エレベーターですので、速度無尽蔵とは行きません。ちなみに、ドイツが存続した異世界で、リニアモーターをエレベーターでは無く地上走行に応用した例がありますが、その最高速度は430km/hです。」
「飛行機の半分か。」
「飛行機の代わりにはなりません。東京から大阪なら飛行機の方が早いですからね。で、その世界は空港アクセス、日本で言うなら東京市飛行場では無く、少し離れた羽田や戸田に行く用途に使ったのですが、通勤電車と所要時間は大差無いのに高く付くため、無様な失敗に終わりました。」
「もっと遠い空港なら……。」
「成田……あれは空港では無く飛行場で伊藤飛行機の飛行士養成学校ですから、使うのは馬くらいです。」
工業化により津田沼から移転。周辺に御料牧場やサラブレッド生産牧場があるため、競走馬の輸送にも使われる。
「もう一つの問題は、やたら影響圏を広げすぎると、必要な生贄が増えすぎる危険性です。正確なことは不明ですが、概ね影響圏の半径の3乗に比例すると言われ、既に毎年千人単位の生贄が必要となっています。」
「生贄と言えば石の神殿アスカだったか。」
「明日香がアステカに影響され、『鬼の俎』で黒曜石のナイフを使って生きたまま心臓を取り出して、血を『酒船石』の水路に流す。とのことです。影響圏が巨大なのか、単にそういう趣味なのかは分かりませんが。」
「生贄が万を超えかねないか。」
「はい。現在人口は30万、人間は寿命50歳程度、修羅や畜生は種類により異なりますが平均すると似たようなものでしょう。今後かなり寿命が延びることを考慮すると、一時的に資金ショートを起こす可能性もあります。」
「去年みたいには行かないだろうな。」
「さすがに、もう攻めてくる者は居ないでしょうね。」




