255:御田植祭
【第三層群屋上展望台】
第三層群玄関前広場には0.3反ほどの浅い池があり水田になっている。マリーが田植えをするのが恒例行事(となる予定)だが、今年は出来そうにないため、屋上展望台でバケツに田植えし、その後は屋上庭園で栽培する予定。
「それでは皆さん、第二回の御田植祭を始めます。」
マリーが映像にて挨拶する。ダンジョンは影響圏内を映像で見ることは出来るが、逆に映像を投影することは出来ないので、各村にテレビを持ち込み、塔から無線で映像と音声を流す。
神社が無い図書館都市ダンジョンでは祭礼を行うのは僧侶だが、既に500を越える全村に配属するだけの僧侶は居ないので、祭礼は省略し休憩とする村も多い。
簡単な祭礼を行い、巫女舞の代わりに小坊主が舞を披露した後、マリーがバケツ(図書館の備品)に苗を植えるのに合わせて、各村で田に張ったロープを目印に木枠を動かしながら田男や早乙女などが縦横1尺の等間隔で苗を植えてゆく。これを「尺角植え」と言い20世紀前半の方式で、道具を使った除草に適する。
田んぼ1枚を植え終わると、当然のように宴会となる。本格的な田植えは明日から。
マリーが世界樹に背を預けて目を閉じ、世界樹経由で各村の映像を見ていると、ダンジョンマスターが屋上へ登ってきた。
「マリーさん、『尺角植え』の徹底はどういう理由なのか。」
「このダンジョンでは、遺伝子組み換えした除草剤耐性の稲を直播きして農薬と除草剤を散布する。という方法は使えません。除草剤が修羅にどういう悪影響があるか、異世界の本では全く分かりませんから。ですから、道具による物理的な除草が容易な『尺角植え』にしています。」
「確かに修羅は植物の要素があるからなぁ。思わぬ事態にならないとも限らない。」
「畜生は動物ですが、昆虫系の畜生は特殊なダンジョンにしか居ませんから、生産出来るなら昆虫用の殺虫剤は使用可能とは思います。もちろん化学工場がありませんが。」
知能を持つだけの脳容量を確保出来るほど大型化すると、対応した固有法則がない限り気門では呼吸できなくなる。
「マリーさん、去年の田植えは1,000町歩(10k㎡)だったけど、今年の予定は?」
「まず米野菜二毛作の田植えを行います。予定では10万町歩(1,000k㎡)。終わったら昨年植えた5万町歩(500k㎡)の麦刈りを行い、さらに米麦二毛作用の田植えを10万町歩。合計20万町歩で収穫目標は300万石といったところです。」
「人口はどの程度だったか。」
「現在、このダンジョンの人口は約30万、紫蘇(修羅)数千を含め修羅がおよそ7万・人間が20万弱・畜生や河童などは2万を越える程度です。」
大量流入により大幅に増えている修羅。
「人口30万で20万町歩に田植え。ということは100万町歩には人口150万程度で十分ということか。」
「おそらく農業人口は100万人程度でしょうね。田植えや稲刈りは応援が必要でしょうが。ですが、産業基盤確立のために製造業にも力を入れないといけませんし、社会が高度化するとサービス業も増えます。将来的に異世界と同程度、あるいはさらに先へ進むには……。」
「本の内容を越えるとなると大変だな。」
「雑な計算ですが、当初、水田70万町歩で1,000万石・麦畑50万町歩で500万石。1人分を米なら1石・麦で1.5石として生産力は1,300万人分。近隣諸国への輸出を400万人分として900万人分。将来的には米1,400万石・麦750万石で1,900万人分。おそらく人口1,500万人。もちろん修羅や畜生の食事に関しては単純に米麦へ換算は出来ませんが。」
「要するに、人口1,500万人を維持可能な社会システムが必要と。」
「さらに、筑波山より東の無人地帯にも田畑を作ることも可能でしょう。水を引くのが大変ですが。」
「東か。秩序が失われて相当荒れているそうだが。」
「ただ、東の涸れ川沿い、織田城と結城城の間に2つ邪魔な村がありダンジョン影響圏に隙間が出来ています。このため、転送陣を設置して旅人を誘導し、経済的に疲弊させて廃村になるよう促します。また、涸れ川、太日川の伏流水もダンジョン側へ引き込みます。」
「前にもあったな。谷越を越ヶ谷へ移転させたときに。」
「既に途中の村がいくつも廃村になり、何泊か野宿が必要な街道ですから、最期の2村が消えても構わないでしょう。これが武蔵方面みたいに多数の町や村が並んでいるなら、無人化させるのは大変ですし、そもそもの問題として、まともな統治が行われている地域に工作をするのは侵略です。」
「東なら構わないと?」
「国としてのまとまりは失われ、郡の範囲すら不明な状況です。織田城の勢力圏みたいに一応安定している地域以外は生き残りの住民のためにも根こそぎにした方がましです。なお、佐竹氏や菊科などは織田城や他のダンジョンの裏側に位置するので、これらは関係ありません。」
「それにしても、なぜ関八州で東だけが失敗国家なんだろうか。」
粟も崩壊しつつある。対して、武蔵・総・相撲は安定。毛はそれなり。
「異世界で郡の範囲が不明になるほど常陸が混乱したのは、おそらく、親王任国で国守が現地に居ないからでは無いかと思います。上野介と上総介には下野守と下総守が居ますが、常陸介だけではまとまらなかったのでしょう。ですが、この世界の事情は分かりませんね。異世界の影響を受けただけかもしれませんが。」




