254:騒乱罪
【図書館都市ダンジョン・塔の外】
「吉野様、それで、肝心な時に何も出来ずに逃げ出してきアルか。この王八蛋、毛虫に頭を囓られて禿になってしまえ。あ、言い過ぎたアル。」
李桜桃が言う。いくら口が悪くても、さすがに吉野の親を侮辱して「家具にでもされてしまえ」などとは言わない。(親を呪うのは最低の悪口となる)
「直訴状は護衛に押しつけてきたので、見るとは思う。」
「甘すぎるアル。せっかく混乱していたのなら、紫蘇図書頭を捕まえて人質にして要求すれば良いアル。」
「護衛に斬られて終わりです。ああいうダンジョンの名前付きモンスターは殺したって死にませんから、人質ごと切り刻まれて終わりです。」
「その場に留まっていればそうアル。でも、ダンジョンの力は『影響圏』内にしか及ばないから、誘拐して逃げれば良いアル。」
そんな事件が起きたら、岸播磨介と仙波左馬允次郎は切腹、護衛達は切腹かギロチン。吉野さくらの要求を検討するどころでは無くなってしまう。
「逃げると言っても、隣の武蔵はこのダンジョンの味方だし、他国は遠すぎます。李桜桃、まさか、このダンジョンの転送陣を使うなんてバカなことは考えていないでしょうね。」
春になり移住希望の修羅が集中したため急遽各方面へ設置された(ということになっている)転送陣は、当然常時監視されている。それどころか、ダンジョン全域で無道が「誰も見ていないから」と泥棒をしてもダンジョンには記録が残る。管制室が気付いて武士団を差し向けてくるかはさておき。
「あ、……。」
「管理者がいるダンジョンの内部は、全て監視されていると考えなければなりません。もちろんダンジョンと言えども何でも出来るわけではありませんが、このダンジョンは侵入者の足元に落とし穴を作ることで有名です。」
ダンジョンは侵入者がいる場所にいきなり罠を作ったりは出来ない。しかし、図書館都市ダンジョンは地下や天井裏に細工してから地面や天井を「ダンジョン構造物から解放」している。要は勇者が伝説の剣で斬りつけると、壊れないはずのダンジョンの壁に穴が開き奥に宝物庫がある。というあの演出の悪用である。
【第三層群屋上展望台】
「騒ぎを起こした者は拘束しました。転送陣でダンジョン外に追放しましょうか。」
アンが報告・提案する。
「ダンジョン外……相撲の南の砂漠に捨てるとか……?」
「砂漠だと実質的に死刑ですが、首謀者が居るならともかく、さすがに突発的な騒ぎで死刑はやりすぎでしょう。」
「え~と、ラージャが作った法規だと、単に騒いだだけなら叱りつけた上で罰金ですから、移住は認めず罰金を取った上で、それぞれ来た方向に近い場所へ追放。でしょうね。せっかく裁判制度作ったのですから、ここは町奉行達に任せましょう。わたしが決めることではありません。」
「あと、危険性を考え、田植え式は参列せず遠隔でお願いします。また、今後人前に出るなら、ある程度の護身術も必要かもしれません。」
「わたしは筋力は人並み以下ですから、武道とか言われても困ります。魔法も全く使えませんし。もっとも、この世界にダンジョンの機能以外で魔法なんてあるのでしょうか。」
「それで、あえて言うなら騒ぎの原因となった陳情者ですが……。」
「サクラソウと言う名前は桜と紛らわしいから改名させろ。ですか。あれって勝手にそう呼んでいるだけで、学問的根拠は無いはずです。公文書では Primula sieboldii E.Morren(斜体表記)と表記しますから、そう伝えれば良いでしょう。」
修羅の種類が厳密に問題になるような公文書などそうそう無いが。
「それで納得するでしょうか。」
「しなくても、わたしに権限はありませんからね。陳情者の居場所はダンジョンの機能で分かりますから、わたしがここから随時居場所を伝えれば良いでしょう。追跡は情報量が多いので頭が痛くなりますが。」
マリーがRosmarinus officinalis L.(斜体表記)という半世紀前の学名を平然と使っていたり、ダンジョンの書類に査読は無いので必ずしも原則通りではない。
「それで、混同に対しては?」
「異世界の鴨川(埼玉)は桜の名所として外国人にも人気の観光地ですが、これも誤解が元です。実際に桜も植えてしまえば問題ありません。」




