246:中津村開村
【丹沢・中津村】
冒険者一行が何度もバスを乗り継いで到着する。
「お~、これが中津の町か。何もかも真新しいな。誰も居ないが。」
「そりゃ右馬太夫、一番乗りだからな。それにしても、春の田植えまでのんびりできそうな家だ。」
「右馬太夫、兵衞次郎、ここに居れば安全だが、それでは商売にならない。危険を冒すのが冒険者だ。」
左衛門太郎が続ける。彼らを含め何組かの冒険者が丹沢ヒルズを調査するために来た。
「とりあえず調査は最長で春までだったな。」
「春になると、田植えだ麦刈りだと皆忙しい。一方、丹沢ではヒルどころか熊まで目を覚ます。生きて帰ってこそ冒険者で、熊の餌になるために来たわけでは無い。」
左衛門太郎が言うように、現状では丹沢ヒルズの調査は春までの限定。このベースキャンプに留まる荷役人足達が荷物を降ろし、ダンジョンへ乗り込む歩荷達の背負子に積んでいく。この世界、「アイテムバッグ」はただの鞄で、重量軽減などの特殊効果は限られたダンジョンの中でしか機能しない。
「書記長さん、いや、図書頭様だったな。その図書頭様の力が及ぶのはここまでだからな。ここから先は丹沢ヒルズ。で、ヒルは分かるが、ズって何なんだよ。左衛門太郎、分かるか。」
「右馬太夫、悪いけど分からぬ。おおかた、ヒルと並ぶこのダンジョンの厄介な怪物じゃないか。」
「左衛門太郎、縁起でもないこと言うんじゃない。そのズとやらは誰も見たこと無い厄介な怪物ってことだろ。」
「ま、用心しすぎるってことは無い。ちょっと荷物も人数も多すぎないか。という気もするが、それだけ厄介な相手ということだろう。」
右馬太夫はそう言うと、荷役人足達が建物へ運び込んでゆく荷物の山を見る。
【第三層群屋上展望台】
「マリーさん、冒険者達が中津村に着いたな。」
「はい。ここからは慎重に行かなければなりません。確かに、丹沢ヒルズの外縁部は普通に山菜採りや渓流釣りが行われています。また、南東部には山寺、確か阿弗利加寺だったかそういう名前の寺がありますし、山伏、つまり天狗がダンジョンのかなり深くまで潜っているのは間違いありません。……この世界では山オランダ人では無いのですね。」
「技術的には江戸時代程度だし、世界大戦まで行っていないんだろう。それで、天狗もおそらく、河童や鬼同様の特殊な外道種族だろうから、普通の冒険者と一緒には出来ないと思う。」
外道とは単に仏教徒では無い。という意味。対して無道とは無神論者。この地域では人としての基本道徳が無いと見なされる。
「そして、安全に見えたとしても、ダンジョンというのはいつ牙を剥くか分かりません。あの規模のダンジョンが存続している以上、遭難か生贄か分かりませんが、おそらく毎年5人か10人程度は犠牲者が出ていると思われます。」
敵とみるや皆殺しにしようとする図書館都市ダンジョン、というかマリーは修羅としても好戦的な部類だろう。
「確かに、害虫ダンジョンで冬に虫が居ないのなら、どうやって守っているのか。という疑問があるな。」
「冒険者が普通に中心の蛭ヶ岳まで歩いて行ける。なんてことはあり得ませんからね。山に『部外者立入禁止』なんて固有法則は無いでしょうし。」
「無名ダンジョンならともかく、コアは必ず『守られて』いるはずだからな。」
「この付近では那須塩原に次いで2番目に大きいと思われるダンジョンですからね。でも、那須塩原なら窓口もありますし書状は送っているのですが、丹沢ヒルズはマスターの居るダンジョンかどうかも不明です。」




