234:思考入力の致命的な罠
【第三層群屋上展望台】
翌日、ダンジョンマスターとアンが展望台に登ってきたのは朝。
「おそらく、世界樹に直接触れている面積が広いほど、通信が安定する。ということだよな。」
ただ、世界樹はさほど大きくは無いため、枝の上に寝かせる。などは不可能。
「マリーさん、起きてください。」
(まだ眠い。)
アンが体を支え、マスターが不味い液肥を飲ませる。修羅はこれと水と日光だけで生きていける。日光が必要なためニート化しても昼夜逆転生活にはなりにくい。逆に、餓鬼は基本夜行性。
「メードさん、昨日は世界樹に背中を預けたが、今日は逆に世界樹を抱きかかえる姿勢を試してみよう。」
「ご主人様、アンです。そろそろ名前を覚えていただかないと。このダンジョンに紫蘇(修羅)は21人しか居ないのですから。種族名のラヴァンドラ・アングスティフォリアまでは覚えていただく必要はありませんが。」
そう言いながら、アンは手際よくマリーの服を脱がせ、世界樹の幹を抱きかかえるようにマリーを配置。足は膝を立てるようにして内側を幹に触れさせ、頭はいくらか横を向かせて、姿勢が崩れないよう各所を固定、首から下に布を被せて完了。
(環境保護活動家ですか……。)
「マリーさん、コアとの接続は大丈夫かな。」
視線入力装置を設置していないため、返事は出来ない。
(さて、今日は、この面倒な道具を使わず、直接コア経由で話をすることが可能か試してみます。)
マリーはダンジョンコアに意識を集中。
【コアルーム】
誰も居ないコアルーム。端末の画面に文字が表示される。
「え~と、思ったことを表示させる。というのは可能かな。」
「表示試験。」
「上手く行ったかな。」
【第三層群屋上展望台】
「マリーさん、成功だ。」
ダンジョンマスターは端末の画面をマリーに見せる。
「メード、いや、アンさん、成功だ。マリーさんの服を洗濯してきて。」
「ちゃんと表示されていますね。これで音声を付けられれば良いのですが。」
「ただ、読み上げソフトも限界がありますし、そこは次の課題で……って、あ、あの、表示するつもりのない内容まで文字になっているのですが。あ、接続を切って。って、わたし、体が動かせないから。」
支離滅裂な思考内容までも文章化されてしまう。
「マリーさん、落ち着いて。」
「慣れないと扱いが難しいですね。わたしだって、到底口に出来ないような考えはいろいろあります。」
「立場上、寛大で理性的で善良な統治者を演じないといけませんし。……落ち着いて落ち着いて、心を無にして。」
「マスター、何とかならないでしょうか。わたし、何か致命的な失言をしてしまいそうな気がします。」
「聞かなかったことにする。マスター資格があるのは我輩とマリーさんの他には、ミントさんとキンランさんだけだし、その点は大丈夫だ。」
「キンラン……一番口が軽くて信用できないのが混じっていますね。名前付きモンスターは自由意志があるので命令はできませんし、契約魔術なんて便利な物は存在しませんし。」
「そこは、ゆっくり慣れるしか無いだろうな。思考入力が可能と判明しただけでも成果だ。」
「でも、こんな格好で世界樹にしがみ付かないと駄目なんですよね。どこの出来の悪い蝉かと。」
「ツクツクボウシみたいに、『ギーーン』とか鳴き出したりしませんよね。でも、蝉って鳴くのは雄ですが、わたしは生物学的には性別が無いので、どうなるのでしょう。」
埼玉のツクツクボウシは中国産で、そういう鳴き方をする。




