023:風呂が無いなんて、あり得ない
【コアルーム】
「風呂が無い。」
Dr.サピエンはこのダンジョン都市の問題を断言する。もちろんダンジョンマスターが修士号を持っているけど修士課程は修了していないように、サピエン先生も博士号は持っているが博士論文は書いていない。
「風呂?」
マスターは風呂なんか入らないし、修羅はたまに水シャワーを浴びれば十分なので、風呂は必要ない。
「人間は毎日風呂に入るもの。もちろん蛮族や山賊は風呂には入らないが。」
「そうなのか。」
「ダンジョンはゴミは吸収するので、室内が不潔になることは無い。しかし、人間の体はどうだ。風呂がないので不潔になり、疫病の原因になりかねない。」
「で、風呂を召喚すると。」
「……難しい問題がありますね。このダンジョンは図書館しか召喚出来ませんし、本は湿気を嫌いますから風呂と図書館は相性が悪いのです。さらに、火気厳禁なので、銭湯にあるようなボイラーは仮に召喚したところで稼働させられません。」
マリーがダメ出しする。
「ダンジョン外のダンジョン敷地に風呂を物理的に建てて、新聞薪で湯を沸かすのは?」
「燃やすのはエネルギー効率が悪いですからね。むしろ、ヒートポンプ式電気給湯器を持ってきて、小さい図書館を召喚して別棟で置いて、風呂専用に改造するのが一番効率的でしょう。第四層群の召喚にはエネルギーが足りませんが。」
「無理して第三層群を召喚したのが悪かったか。」
マスターは反省すべき。
「第二層群の地下書庫が空いていたはずだ。第一層群に保存すべき本は無いから最悪湯が溢れても問題無いし、元が地下室だから一定の止水性はあるはずだ。」
「蔵書を第三層群に移動させた『空けた』わけですが。でも、窓も無いですし、風呂に転用するには良いでしょうね。で、給湯器の移設とかミントに出来るのかしら?」
「そこに風呂を作るのか。」
「入植者の住居は第二層群ですから、平屋の第一層群が入り口、実質2階に風呂、3~6階が住居で動線は理にかなっていますね。」
「マリーさんは入植者の要望を確認して欲しい。」
【第二層群地下】
第一層群は平屋なので実質2階。既に住民や冒険者が出入りしているフロアにダンジョンマスターが行くのは危険なので、入植者との打ち合わせはマリーが行う。ネームドモンスターは死亡しても復活可能。
「岡田太郎左衛門殿、風呂を作る。と言う話になったのですが。」
「個人的には、あの不味い飲み物をなんとかして欲しいのですが、書記長殿が仰るのなら。」
「元の村には風呂はあったのですか?」
「代官、吉田西市佑様の屋敷の近くに1箇所。ただ、燃料が貴重なので開いている時間は限られています。」
「どうやら、サピエン先生が言うように、人間社会では風呂は一般的なようね。」
入植者は畑に行き、マリーとミントが風呂を準備する。
「まず、浴槽ですね。ヒノキ風呂は材料自体を召喚出来ませんから、チーク製の本棚をダンジョン家具の再配置機能で分解・再構成します。」
「手作業じゃないだけマシだが、こんなの間違い無く水漏れするぞ。」
「ダンジョン構造物に組み込んだら大丈夫です。」
「なんで追加召喚する木製品は全部チーク材になるんだ?」
「おそらく、ダンジョンモンスターが牛頭馬頭を無理矢理紫蘇に置き換えた副作用でしょうね。シソ科で木材と言えばチーク材ですから。仮に将来梅干しを召喚出来るようになったら、梅は無くて赤紫蘇だけになるのかもしれませんね。」
「梅とか昆布とか手に入るルートあるのかね。」
「思いつきませんね。続いて、図書館の付属機器としてヒートポンプ式給湯器を召喚。」
「召喚可否の基準がよく分からないんだよな。」
「ミント、出番です。電線と水道管を世界コアからの供給に接続してください。」
「これ、電気工事と水道工事だから資格必要だぞ。電気工事士は持っているから問題無いが、給水装置工事主任技術者とか管工事施工管理技士とか居ないぞ。」
【コアルーム】
「と、いうわけで、風呂は作れません。」
「マリーさん、思わぬ落とし穴だな。……まてよ、配管を設置するのではなくて、ダンジョン機能で蛇口を生成して、その蛇口にホースを繋げば法的問題はヨシ!」
「……ヨシなんですか? そういえば、このダンジョン、明らかに高さ13m以上ありますけど、マスター、一級建築士なんか持っていないでしょう。」
「確かに、我輩は書類上は工学部建築学科卒ということになっているが、建築士は持っていない。でも、図書館を新規に設計するなら一級建築士が必要だけど、召喚してきた図書館を改造するだけなら、我輩でも持っている建築施工管理技士で十分だ。」
どこで実務経験積んだのやら?
「……でも、考えて見れば、図書館も本も異世界の産物とは言え、わたし達が異世界の法令を遵守する必要もなさそうですね。……無いのかな? 異世界召喚者なら守る必要はあるでしょうけど。」
「資格では無く官位なんだろうか。あの代官も官位持っていたな。」
「西市佑ですね。となると、いずれ、わたしもきちんと図書頭あたりに任命されないといけませんが、この世界、官位は誰が任命しているのでしょうか? 幕府とか朝廷とか機能しているようには見えないのですが。」
もちろん、知性を持たず本能で動いている大抵のダンジョンマスターは、資格も官位も無い。
【第二層群地下】
あれこれあって風呂は開業
「マリーさん、これ混浴になっているぞ。」
「この世界の……世界全体かは不明ですが、状態から見て、十分予想の範囲でしょう。」
ダンジョンマスターも紫蘇(修羅)達も人間の裸などどうでも良いので、これ以下の描写は省略。




