229:お見舞いには白菊の鉢植えを
この世界には月が無い(衛星はあるが「月」に相当する存在は無い)ため暦は太陽暦だが、大昔に異世界かどこかから持ち込まれた太陰太陽暦を参考に、八節の立春を新年としている。つまり冬至の数日後ではなく、立春の日が新年であり春の始まり。ただし立春を過ぎても寒波が押し寄せることはある。
【第三層群屋上庭園】
冬至が過ぎ、下界の人間達は忙しく新年の準備をしている。
「マリーさん、筑波経由で、茨城郡の修羅から鉢植えの白い寒菊が届きました。」
「おた て ない の」
「筑波です。こちらには被害は無かったので、使者まで拒む理由は無いため通しました。」
前の筑波のトノサマは図書館都市ダンジョンに攻撃を仕掛けたが、軍まるごと皆殺しにされている。
「いはらき しゅら とれ」
「筑波山の反対側、『磁気異常ダンジョン』の北の方にいる菊ファミリーとのことです。」
(磁気異常といっても、岩石の地磁気が逆転したところで、この世界で何か意味があるようにも思えませんし、よく分からないダンジョンですね。)
固有法則は「ダンジョン影響圏内では電車が使えない」なのであるが、そもそも鉄道自体存在しないこの地域では無意味であり、マリー達も知らない。
「きく か な」
(菊ファミリーは、『最も進化し、最も分化している』と自称する尊大な修羅ですが、その割には、贈り物とは随分と丁寧ですね。やはりダンジョン住みでないと水の問題があるのでしょうか。とはいえ、さすがに水を供給するには遠すぎますし、こちらに利点もありません。)
図書館都市ダンジョンの無秩序な膨張に脅威を感じた菊達の、寝付くように、いっそ葬式でもすれば良いのに。という意味は今のマリーには通じなかった。
「このダンジョンは異世界の農業知識を得られるので、害虫対策の方法でも知りたいのでしょう。」
(植物から修羅へ単純には適用できないでしょうし、農薬の量産はまだまだ工業力が足りませんが。でも、進むしかありませんね。)
「それで、マリーさん、これまでの経緯から見て、何か手がかりはありそうです?」」
(手がかりと言われても困ります。頭を使いすぎると危険。ってだけですよね。結局。わたしは不用心だったとは思いますが、何か間違っていたとは思いません。)
「まちかい ない と おもう」
(未来と自分は変えられませんが、過去と他人は変えられる。です。過去は過去。記憶と記録に過ぎないのですから。)
修羅とは本来、傲岸不遜な存在。特にマリーは気温変動の激しい半乾燥地産で、比較的ストレス耐性が高い種族である。
「すすむ しか ない」
(落ち込んでいる暇はありません。ダンジョンが広がったということは、しなければならないことも増えましたが、出来ることも増えたはずです。)




