216:二虎競食の計・駆虎呑狼の計
【毛の国・総社】
「相手は大規模ダンジョンですから、もし直接戦うなら毛にも大損害が予想されます。死傷の危険を犯してまで死闘を繰り広げるのは『けだもの的』ではありません。」
古狸の群馬郡司、高橋対馬守が言うように、低いリスクで相手の息の根を止められる。という場合以外、動物は死闘を避けるものが多い。
「まず、毛にとって最善の状態。を定義します。山向こうの科や越、那須塩原の向こうの奥州は脅威ではありません。近隣の武蔵・総・東と極端な国力差がなく安定した状態が『平和』です。つまり、攻められる危険が少なく、攻める必要も無い状態です。」
攻められるのは論外。逆に、攻めたところで畜生が人間を大量に統治するとなると不平不満の元。図書館都市ダンジョンのような、かなり「甘い」統治をしたところで限界はあるし、普通はそんなことが可能な余裕など無い。
「もちろん、無理して図書館都市ダンジョンを完全に滅ぼす必要はありません。今後あのダンジョンが供給する食糧は、地域の安定に役立ちます。『必要なのは均衡であり、極端な力を持つ勢力が現れないようにすることである。』……と、奥州の犬畜生が言っていました。」
那須塩原より向こう、奥州の地には、人間・畜生・餓鬼が混在している。
「次に、今後予想される事態ですが、当面は図書館都市ダンジョンが意図的に攻めてくることは無いでしょう。先に約定を破棄するのは政治的な危険がある行為です。」
「時間は相手を利するだけだが。」
「最初に手掛けるのは二虎競食の計。」
高橋対馬守は二虎競食と書かれた紙を広げる。
「ダンジョンとダンジョンを衝突させ、双方が疲弊するのを待ちます。東にある那須塩原は強力なダンジョンであり、修羅の那須一族が君臨してます。修羅はだいたい尊大で傲慢ですから、衝突させるのにちょうど良いでしょう。むしろ、何もしなくても勝手に衝突すると思われます。」
「戦場は宇都宮城にならないか。」
「宇都宮城は人が住んでいますから、おそらく戦場は河内の東と思われます。その場合、芳賀が孤立する危険があります。また、近隣の小規模ダンジョン『大谷地下迷宮』や『河内スッポン池』が巻き込まれる可能性もあります。その場合、河内も孤立しかねません。しかし、表面的には図書館都市ダンジョンと良好な関係を保っていれば、その影響圏内を通行できます。」
「2つめが駆虎呑狼の計。図書館都市ダンジョンに、他の大規模ダンジョン、例えば貴重な木材を産する丹沢ヒルズを狙わせ、そこに那須塩原を嗾けて消耗させる。というものす。ダンジョンの人口が増えたら木材需要も増えますから、これも何もしなくても勝手に戦いになる可能性は高いと思われます。」
「最期に、図書館都市ダンジョンは支配者が修羅、民衆は多くが人間です。不平不満が溜まれば、一揆とまでは行かなくても力を削ぐことができます。」
「結局、全部『待ち』じゃねーか。」
郡司ではない随員の誰かがぼそっと口を滑らせる。
「これ、失礼だろ。」
郡司がその男をたしなめる。
「かまいません。思うところがあるなら話しなさい。」
国主の上野介が発言を促す。
「俺は、新田郡太田の新井、見ての通りの新井熊だ。何でもトラッシュパンダとかいう種族らしいけど意味は知らねぇ。お偉いさんの思惑とかはわかんねーけどよ、そんな、じーっと待っているだけで良いのかよ。相手の修羅って100も居ないんだろ。この板東には畜生だけで無く、人間なども含めたら何百万人居るんだよ。」




