212:状況確認
【第三層群・1階ホール】
異変を知り駆けつけた入間代官、吉田西市佑は、図書館都市ダンジョンの中枢に近い第三層群1階に案内された。
「仙波の者から急報を聞いたときは驚いた。」
「意識があるのか無いのか、こういう状態ですから、あいにく下まで迎えに行くことは出来ません。」
無人搬送車に乗せられたマリーと、主治医のサピエン先生が出迎える。いつも通りダンジョンマスターは安全上の問題により不在。
「回復の見込みはあるのか。」
「残念ながら、断言は出来ません。ですが、幸い修羅はある意味、雑に出来ていますから、人間の患者よりは扱いやすいでしょう。」
「状況としては、豊島代官所平塚近郊に発生した小塚原刑場ダンジョンから首無し亡者が関所まで押し寄せ、これを撃退、冒険者によるダンジョン攻略は困難と思われるため、ダンジョン同士で直接戦闘を行い、相手ダンジョンコアを制圧したものの、小塚原刑場ダンジョンが暴走を起こした。何とか被害は最小限に抑え込んだものの、いろいろと余波が生じた。ということでよろしいかな。」
「いかにも。幸い、暴走はダンジョン的なもので済んだため、物理的に周囲が吹き飛ぶような惨事は避けられた。ただ、あまりにも過剰な力がダンジョンに流れ込んだため、その力が暴走。代官殿も気付かれたかも仕入れないが、青い光が広がった範囲、この部分をダンジョンの影響圏に呑み込んでしまった。」
「ダンジョンの過剰な力により、影響圏が広がったと。」
「ダンジョンだけではなく、町や村も『影響圏』みたいなものがあり、これが人が住んでいる土地がダンジョンに呑み込まれない理由だが、平塚付近は住民が避難していたこともあり、小塚原刑場ダンジョン崩壊の余波で影響圏が解除された状態でこちらのダンジョンが暴走したため、ダンジョン影響圏に呑み込まれた。もちろん、住む分には問題は無い。他の場所は、誰も住んでいない場所だけが呑まれているが、街道の一部はダンジョン影響圏に入ってしまっている。」
「図書頭どのの政治力が必要な時に、これは面倒だな。平塚はダンジョンに呑まれたか。これが霞ヶ関なら、水田を作ることも出来ただろうが。」
「水はコアでのみ産するが、確かに霞ヶ関がダンジョン影響圏なら距離的にも地形的にも水を引くことは可能だろう。ただ、今回同様のことが霞ヶ関で起きたなら、距離的に仙波村が崩壊してしまうため、マリー書記が意図的に行うことは無いだろう。」
「ああ、それは図書頭どのなら絶対にやらないな。」
「それで、またダンジョンの背が高くなっているが。」
入間代官の仕事の1つは、毎朝図書館都市ダンジョンの高さを測り、異常があれば確認すること。
「第一層群の大きさに合わせて、だいたい十丈四方より大きい図書館は概ね全て召喚された。本に関しては、大学図書館の第三層群、大型の自治体図書館の第五・第六層群、そして何より帝国図書館の全蔵書が召喚されている。」
仮に1日10冊読んだとしても軽く1万年は必要になる。もちろん、訓練された何百人もの人間と多数のスキャナーを使い人海戦術で読み取って電子化し、世界樹に流し込む。という手段は可能。人間でも修羅でも脳は忘れてしまうが、世界樹は忘れない。
「何かよく分からないが、多数と言うことだな。とにかく多数、多数の本を召喚したと。」
「ただ、さすがに既に住宅に使われている図書館で本が召喚されてしまうと、住民が本に潰されてしまうから、ダンジョンエネルギー大量入手時の挙動は側近書記殿があらかじめ設定していた。今回は量では無く速度が限界を超えていたのが悪い。」
「量は問題無いと。」
「量なら、アメリカ議会図書館が設定されているから少々の事があっても大丈夫だ。ただ、文化圏が全く異なるため本体に組み込むことは出来ない模様で、また何もかも本体に組み込むと背が高くなりすぎて地上との行き来が困難になるので、別に土地は用意してある。」
「何か、ものすごい。ということしか分からないな。」
「ただ、マリー書記が復帰しないことには、何とも。ダンジョンの通常運営は、あえて属人化を避けているので問題無いが、新しいことはなかなか出来ない。」
「それで、武蔵の府中、総の国府台、毛の総社までの新しい道を街道として開放する予定はあるのかな。」
「国府台方面は、戸田から平塚まで道路を再建、さらに総の国府台手前「市川橋」まで延伸。途中に2つの宿場町を設置する。だが、他は街道への転用には現状問題があるので、府中や総社へは当面は霞ヶ関を経由して貰うことになる。」
「ふむ。やはり無理矢理一直線だと問題が生じるか。先のことはともかく、今すぐ霞ヶ関で閑古鳥が鳴くことは無さそうだな。」
「府中方面は見沼を長大な橋で越えるため、馬や徒歩での移動には向かない。総社方面は距離が長く、途中に多数の宿場町や武士団が必要になり現状では手が回らない。という所だ。そのあたりを対応できるのが来年か10年後かは分からないが、いずれにせよそれが出来るなら、このダンジョンの経済規模自体が今の何倍にもなっているはず。」




