017:疫病
【コアルーム】
「側近書記殿、ダンジョン内で死者が出た。」
ダンジョン内を監視していたミントが言う。
「冒険者? モンスターは居ないし、罠なんかあったかしら?」
「いえ、一般人、入植者だ。」
「死因は分かるかしら。」
「え~と、おそらく伝染病だ。入植者と冒険者がそれぞれ数人寝込んでいる。症状は発熱・咳・鼻水。」
「医者……は当然このダンジョンには居ないよね。仮に医者を呼んだとしても、この世界の技術水準では、おそらく……。まずは応急処置ね。修羅は人間の病気に感染しないからアンに看病をお願いして、ついでにマスター呼んできます。メード・オブ・オール・ワークにナースの職務は含まれていたよね? たぶん?」
その「ナース」は、看護師ではなく乳母であるが、たぶん含まれない。
【コアルーム】
「マリーさん、ペストか、コレラか、それとも……」
「たぶん風邪でしょうけど、これがこの地方に元からある伝染病なら、安静にして栄養補給すれば最悪の事態にはなりません。ですが、どこか遠く、例えば別の大陸……大陸ってあるんでしょうか? あるいは異世界などの産物なら、免疫が無いので致命的な事態に陥りかねません。」
「それこそ本に付いてきたとか?」
「伝染病の原因は細菌やウイルスですが、本の付録にそんなものは……意図せず付いてきたなんてことは無いと思いますが……。いずれにせよ、医者が必要ですね。
孤立したダンジョンは大海原の海賊船と同じです。海賊船にダーウィン、あるいは創作のガリバーやドーリットル先生みたいな船医が必要なように、ダンジョンにも医者が必要です。」
イギリスは海賊島であり、イギリス船は全部海賊船。よってビーグル号は海賊船。なお、ドーリットル先生は日本が大嫌いで日本語だけは覚えない。
「医者なんて本読んですぐなれる物でも無いだろう。医者と医学書をセットで召喚する必要があるな。」
「始皇帝すら焼かなかった、医学・農学・占い。農学に加え医学も早速必要ですね。召喚出来る本は召喚済み図書館の蔵書に限られますから、医学書や農学書が今後大量に必要になるなら、次は医学部と農学部がある大学図書館を召喚しましょう。」
占いが仲間はずれにされて、寂しそうに見てるかもしれない。
「冷凍庫……あったよね。氷を量産して、当座の栄養補給は修羅用で時間稼ぎして……。家庭用医学書では……。」
マリーは看病用品を手配していくが、あの泥水のように不味い修羅の餌を飲まされる入植者は悲惨。
【コアルーム】
ダンジョンは冒険者等の死体を即座に吸収しても良いが、葬式すら許さないというのも問題なので、侵入者以外は遺体を焼くくらいの猶予は持たせている。燃料本で焼かれた不幸な入植者は、遺族の悲しみとともにダンジョンエネルギーへと転換されていった。
入植者の葬儀から戻ってきたマリーは、ダンジョンマスターと今後の方針を協議する。
「マスター、まず、現有戦力ですが、施設が平凡な公共図書館2つ。モンスターが、秘書・ハッカー・メードの3名です。」
「今後必要なのが……。」
「医者と農学者。あと医学書と農学書……大学図書館ですね。大学図書館は専門書に加え論文や雑誌も召喚可能です。」
「雑誌は今でも入手しているだろう。」
「今後召喚するのは学術雑誌です。そんなに発行部数多くないですし大抵英語なのでコストは高くなりますが、今後のためには必要です。
そして、例えば医科大学と農業大学の図書館をそれぞれ召喚するのでは無く、1棟で済ませたいですね。」
「イカ大学? 函館?」
「それは別の大学の水産学部です。確かに一部の医科大学はイカの養殖をしていますが、神経の研究用です。」
「方針として、まず医学部と農学部を持つ大学の大学図書館を召喚、続いて医者と農学者の能力を持つ『修羅』を順次召喚。だな。」
「それで問題ありませんね。ただ、大学図書館の召喚にはダンジョンエネルギーが到底足りませんから、『すぐに』とは行きません。召喚までに、どの大学の図書館を召喚するか決めておきましょう。」
チュートリアルに従っていれば大学図書館も召喚できた。なんてことは誰も知らない。




