109:ただのアオダイショウ
【西門外、鴨川西岸】
人口が3,000人足らずと決して多くない図書館都市ダンジョンは、冒険者まで雇って田植えを行っていた。大豆や玉蜀黍の種まきもあり、作業は多忙を極めるそんなある日、西の入間方面から、初老の尼さんと護衛の侍女2人、お付きの婆さんからなる一行がやってきた。
「あの、足立のダンジョンの代表の方にお取り次ぎ願いたいのですが。」
「ダンジョン自体の代表と言う訳では無いですが、わたしが側近書記で対外的な代表のマリーこと紫蘇図書頭です。」
「わたくし、息子が結婚し跡継ぎも生まれ、夫も亡くなったので、出家して観音様を祀るお堂を建てて余生を過ごそうと旅をしていたのですが、実は、旅の途中で、妙な者を拾いまして。人語を話す蛇なのですが、龍を自称しております。その者が、ぜひこちらへ来るべきだと言いまして。」
そう言うと尼さんは、袋からくすんだ緑色の大きな蛇を取り出す。
「そこな比丘尼、蛇とは失礼だぞ。私はヴァサンティ・シャルミシュタ、つまりシャルミシュターの娘ヴァサンティ。水を司る翠の龍。この地に豊かな水があると知り来た。」
獣人には通常ある程度の大きさの脳が必要なので、1kgほどの蛇というのは珍しい。
「へぇ、蛇獣人ですか。どう見ても普通のアオダイショウですね……。」
「だから龍だって。龍。」
「龍なら、空が飛べたり?」
「空は飛べません。羽は無いですから。」
「火を吐いたり?」
「無理ですって。火傷します。」
「大酒飲んだり?」
「お酒は大好きです。お酒。このアマ、酒呑まないから……。」
動物の蛇は酒を飲まない。
「これ、姫様に何てことを。」
婆さんがたしなめる。尼さんが嫁に来た時に付いてきた侍女で、古い付き合い。
「出家の身で飲酒が許される宗派は限られます。それに、わたくしは元より酒は嗜みません。」
尼さんが言うように、この世界、僧侶の飲酒は限られる。
「財宝ため込んだり?」
「貯めたってしょうがないですよ。使い道の無い財宝なんて。」
「生贄の乙女を貪り喰ったり?」
「しませんよ。食べるのは卵か小鳥か鼠です。そもそも生贄なんて私の口に入りませんって。龍は丸呑みしか出来ないんですから。」
「ごめん、ちょっとからかいすぎた。で、ヴァサンティさんは、何が出来ます?」
「雨を降らせることが出来ます。」
「それは役に立ちますね。早速試してくれますか。」
「あの、ダンジョンコアからの水の供給が得られれば……。」
「コアから?」
「龍と言えども、無から有を生み出すことは出来ませんので、雨を降らせるには水が必要です。」
「要は生きた如雨露ってことね。……でも、森や牧草地に水を撒くのには使えそうね。」
「……如雨露……。」
ヴァサンティは、そこの女(ただし生物学的には性別は無いが)に胴を掴まれ、尻(総排泄口)に竹筒を突っ込まれて水を流し込まれ、口からマーライオンのように水を吐く自身の姿を想像してしまい、頭を振って不快な想像を振り払う。(もちろんヴァサンティはマーライオンを知らないが)
「え~と、和尚さん、と呼ぶのは気が早いか。これから村をいくつも作っていきますから、お寺は絶対に必要になります。ある意味早い者順ということで、このダンジョンの影響圏で一番気に入られた場所を選んでいただいたら、土地は用意させていただきます。建物の方はちょっとことらでは寺院に相応しい物は用意できないので、とりあえず仮の物を用意させていただいて、後日建てさせて戴くということで。」
「土地選びは任せるが良い。」
妙に偉そうな蛇。




