010:接触
【図書館開架書庫兼閲覧室】
「はじめまして。わたしはダンジョンマスターの側近書記でマリーと申します。」
コアルームから出てきたマリーが挨拶する。
「せれくた?」
代官には分からない単語のようだ。
「『書記長』と言ったら分かりやすいでしょうか。ダンジョンの事務処理一般を担っています。」
「書記長どのがこの燃料庫ダンジョンを管理されておるということか。」
「まぁ、実質的には、そんなところですね。そして、このダンジョンは燃料庫ではなく図書館、つまり本、すなわち知識を産するダンジョンです。」
「そう言われてもな、本では腹は膨れぬ。とにかく食糧が足りぬ。何はさておき食糧だ。」
「煙肉……おそらく豚獣人でしょうが『知識は力なり』と言いました。異世界の知識を本として召喚し、実験によりこの世界に適合させることで……。」
「お言葉ですが、明日より今日が大切。人間に知識は要らぬ。」
「ならば、少々お待ちください。お口に合うかは分かりませんが。」
そう言ってマリーはコアルームへ入り、鉢植えを持って出てきた。
なお、「関係者以外立入禁止」という表示は燃料商と代官しか読めないが、図書館の事務所は通常立入禁止なので、このダンジョンは固有法則でコアルームを立入禁止に出来る。これが海賊船ダンジョンだと「船長室は海軍または反逆者が突入するもの」なので、立入禁止には出来ない。
「菜っ葉か?」
「ハツカダイコンです。生でも食べられますし、炒め物や汁物にも出来ます。」
「小さいカブだな。だが、これを持ってきたと言うことは、量産出来ると言いたいのであろう。」
「この付近で作物が育たないのは、土が死んでいて水が無いからです。でも、わたしは、量に制約はありますが、水と肥料を提供することが出来ます。ただし、肥料はこのダンジョンの敷地のみで使用してください。」
肥料が不毛の大地に吸い取られて消えてしまうことと、ダンジョン範囲外で作物を収穫されても感情をダンジョンエネルギーに転換できないため。
「まず、移住希望者を何人か募って農業を始めないといけないな。」
「少量ですが種の提供も可能です。ですが、種は貴重ですから、野菜は全部収穫せず一部を残してください。」
もちろん、交配種の野菜だと種を採って播いても性質はバラバラになり商業価値も無くなるが(現実世界だと種苗法で禁止)、在来品種など別に種を採っても問題無い(遺伝的性質でも法的にも)ものもある。
【コアルーム】
「雑誌の付録の種は問題無く種で、修羅が主系列なら『名前付きモンスターの餌』ということで肥料を召喚出来る。か。」
「種はそれなりにコストがかかりますが(そこまで部数多くないので)、肥料は比較的安上がりですからね。新聞や『焼くための本』よりは割高ですが。……コストを数字化できないのが問題ですね。」
「もはや図書館である必要は無いか。」
「ダンジョンの本質が図書館である以上、図書館として運用するのが一番効率が良いはずなのですが、ほんと、この世界は本に価値はありませんね。始皇帝すら医学・農業・占いの本は焼かなかったのに。
最初の設定通り馬獣人の司書を召喚していたら、『焼くための本』って訳にも行きませんし、食料庫には牧草があったでしょうね。」
「え~と、中山グランプリ勝ったシルクワームだったか、コウベトムキャットだったか……」
「以前聞いたときは違う名前で、ベトナムキャットではありませんでしたが。」
「既に召喚出来ないんだし、どうでもヨシ!」
「……海賊船ダンジョンみたいに、主系列モンスターが人間のダンジョンがあったなら、直接食糧を召喚可能ですよね。これ。肥料よりコストは不利になりますけど手間は省けます。」
ただし、腐った塩漬け肉や干し肉、蛆の湧いたビスケット、大量の傷んだビール。むしろ、当初の図書館ダンジョンこそ健康的な食材を供給できたはずなのであるが、ダンジョンマスターがそのことに気付くことは無かった。




