第59話 お見合い
色々あったが国内の大掃除を終えて余裕ができ、今まで諸外国の立ち入りを禁止していた鎖国令を緩和することになった。
ただし、完全に開国するわけではない。
ほんの少しだけ受け入れる幅を広くするだけなので、今まで門前払いだった人たちも玄関口である交易都市の立ち入りは許可し、物資の売り買いが本格的に始まる。
ただしマジックアイテムは対象外だが、人や物の動きが活発になるのは良いことだ。
そしてこの二年間は、今は時期が悪いと一貫して断ってきた。
しかし情勢が落ち着いて国内の不穏分子も出し切り、未来を予測すると諸外国が痺れを切らして強引な手段に出る可能性が高まったのだ。
これ以上動きがないと何をされるかわからない以上、そろそろ外交を先に進めたほうが良いだろう。
ちなみに、国内だけでも十分に管理運営できている。
他国と関係を持つのは、人類と友好関係を築く以外の利点はない。
最終目的としては設定しているが、急いで進めるメリットは特にないのだった。
それはそれとして今日の私は、謁見の間の玉座にクッションを敷いて腰を下ろしている。
正面の絨毯の上に片膝をついて頭を下げているのは帝国の外交官で、恭しい態度で挨拶を行う。
「お初にお目にかかります。ノゾミ女王陛下。
私は帝国使節団の代表、ボビーと申します。以後、お見知りおきを」
ボビーの他にも数名の外交官が彼の後ろに控えており、彼らも私に向かって深々と頭を下げた。
そして自分の前には蓋の開いた大きな箱がいくつも置かれ、中には帝国から遥々運んできた豪華な献上品が収められている。
入国審査所で一通りの確認はされているし、王城に運び込む前にも済ませていた。
「使節団の方々、面を上げて構いません。
献上品も確かに受け取りました」
最近はますます綺麗になったジェニファーが、外交官から目録を受け取る。
そして周りの兵士が献上品を調べて、記されている情報と相違ないかを確かめていた。
昔から行われている儀礼的なやり取りだが、品目が多くて長くなりそうだ。
なので私はそちらは秘書に任せ、話を先に進めることにする。
帝国使節団にノゾミ女王国に来た目的を率直に尋ねると、彼らの代表としてボビーが口を開く。
「皇帝陛下は我々に祝いの品々を持たせ、ノゾミ女王国に派遣したのでございます。
ぜひとも良好な関係を築きたいと」
私は玉座に座ったまま、表情は変えずに思考加速を行う。
言葉通りに受け取ればノゾミ女王国と良好な関係を築いて、利益を引き出したいのだろう。
決して油断はできないけれど、いきなり帝国と全面戦争になることはなさそうだ。
ちなみに聖国の関係は最悪で、今は交易都市さえ入国拒否する有様であった。
だがまあそのような事情はともかく、私は内心で安堵の息を吐いて現状を整理する。
具体的にはボビーの祖国を、データベースで検索をかけた。
簡単にまとめると、帝国はアトラス大陸の三大国家の一つだ。
地理的には、ノゾミ女王国の北に位置している。
そしてEUのように多数の国々が皇帝によって支配や統治をされ、獣人やエルフを従えていた。
大半の国々は人間以外の種族が自治権を持つことは認めておらず、放浪するか小規模な集落を築いて身を寄せ合い、隠れてひっそり暮らしているのが普通である。
そういう点では、国家を認めている帝国は寛大だ。
しかし独立が認められていても基本的には従属だし、奴隷扱いはされなくても差別や迫害の対象になっている。
ちなみに聖国はもっと種族差別が酷く、人間は光の女神様に選ばれた種族で、それ以外は下等で支配される側だという考えが浸透していた。
なので異種族の奴隷は当たり前で、暴力や殺害も許可されている。
なお、ノゾミ女王国の最高統治者は幼女の姿をしたゴーレムだ。
人間以外のエルフや獣人も身分差なく普通に暮らしていて、本来なら種族間の溝や価値観、常識などはそう簡単には変わらない。
けれど復興初期は生きるか死ぬかの状況で、私がより良い方向に持っていけるように未来を予測しつつ調整したのもあるが、自然な流れで各種族が協力し合うようになった。
それに最高統治者は、人間もエルフも獣人もゴーレムも別け隔てなく気軽に接する。
国民はそういうものだと受け入れるしかないし、もしこの環境に適応できなければ他国でお幸せにと追放されるのだ。
私からすれば、どんな種族にも良い奴や悪い奴がいる。
ノゾミ女王国民も二年の間に認識を改めつつあり、相変わらず諍いは起きるが頻度は多くなく小さいものだ。
それに扇動する者たちを追放して以降は殆ど起きず、少しずつ平和に暮らせるようになっていったのだった。
なお、思考加速中は時間が停止する。
私の人格や性格は大樹のようにどっしりと根を張って揺るがないが、時間の感覚が常人とズレる一方なのだ。
けれどおかげで情報の整理は終わり、私は使節団の代表であるボビーの言葉に耳を傾ける。
「帝国とノゾミ女王国は必ず友好関係を築けると、我々は信じております」
確かに帝国の人種差別は、諸外国と比べればマシなほうだ。
だがノゾミ女王国とは思想が異なるため、一朝一夕にはいかないだろう。
何にせよ最終目標である人類との友好を達成するには、避けては通れない。
玉座に深くもたれた私は、ボビーに尋ねる。
「具体的には、どのように関係を深めるつもりなのですか?」
手応えありとわかったのか、外交官は嬉しそうに返答する。
「皇帝陛下は御子息をノゾミ女王様の婿にすることで、両国の友好関係を築くおつもりです」
「……ふむ」
血縁関係で絆を強めるのは、前世でも昔から行われていたことだ。
ただし皇帝の息子が嫁いできても大人しく言うことを聞く保証はないし、政府機関を乗っ取ったりスパイ行為をするかも知れない。
不安要素はあるけれど、帝国との同盟が魅力的だ。
亀の歩みでも構わないし焦る必要はないが、今は時期が悪いと断るのは惜しいように感じる。
私は玉座から一歩も動かずに思考加速を行い結論を出すと、世話係兼秘書のジェニファーの名前を呼ぶ。
「ジェニファー」
「はっ、はい!」
彼女は帝国からの贈り物の確認を終えて元の位置に戻ったばかりだが、急に名前を呼ばれて驚いていた。
続いて緊張しながらこちらを見つめてくるので、率直に理由を説明する。
「貴女はもうすぐ二十歳ですし、皇帝陛下の息子とお見合いしなさい」
「……えっ? えええ~っ!?」
彼女はあと数年で二十歳だし、皇帝の息子は複数いるので年齢的にピッタリな人もいるだろう。
だがまさか、ジェニファーの結婚話が出るとは思わなかったようだ。
とても驚いているのは周囲も同じだが、私は平然とした態度で構わず続きを話していく。
「貴女に意中の人が居るなら別ですが──」
いくらノゾミ女王国と帝国が同盟を結ぶためとはいえ、想い人との仲を引き裂いてまで婿を取れとは言う気はない。
なので、ジェニファーにその辺りはどうなのかと率直に尋ねる。
「わっ、私は! 女王陛下に身も心も捧げております!」
ジェニファーの好意は嬉しいが、私にそっちの趣味はない。
それに身も心も捧げて欲しいとは、微塵も思っていなかった。
だが彼女は何故か恥ずかしそうに赤面しており、父母は娘の心境を知らなかったようだ。
外交使節団の前だというのに大いに驚いていて、私は大きな溜息を吐く。
(こういう時は、逆に考えよう)
ジェニファーの決心が変わらないのなら、彼女が幸せと国益の両方を達成できるプランを探すのだ。
そういうわけで少しズルいが、私は世話係に微笑みかける。
「私のためを思うなら、お見合いを受けてくれますね?」
彼女は珍しくかなり迷ったようで、渋々といった表情で口を開く。
「女王陛下の御命令とあらば、受けないわけにはいきません」
何はともあれジェニファーが承諾してくれたので、私はそのことを改めて帝国使節団に伝えようとする。
だがその前に、代表であるボビーが大きな声を出した。
「皇帝陛下はノゾミ女王様との縁談をまとめるようにと、仰せつかったのです!
そちらのお嬢様がどのような身分かは存じませんが、納得はできません!」
他の外交官も同意見のようで、謁見の間の空気が重くなってしまう。
だが確かに大国のトップ同士が手を結ぶのは重要であり、世話係と見合いさせるとは皇帝も思わないはずだ。
しかし自分は色々複雑なので、その辺りに関してボビーに説明する。
「ですが私は不老で、子供はできません。
結婚願望もありませんし、婿をもらっても困ります」
半永久的に活動可能なゴーレムで、転生してから何年も経っているのに姿は全く変わらない。
三大欲求も趣味のレベルではあるが、幸い前世の人間性は大樹のように揺るがず不変だ。
おかげで表面上は年相応の少女のように振る舞えていると、私はそう思ってはいる。
ボビーたちへの対応も問題はないようで、彼ははっきりと意見を口にした。
「女王陛下はエルフではありませんか!」
「いいえ、私はゴーレムですよ」
この場で証拠を見せるのは難しいし、自らの正体を無闇に広める気もない。
なので、今でもエルフや聖女だと誤認している者は多いのだ。
けれど私自身はゴーレムと人間の中間だと自覚はあるし、今も元女子中学生のつもりのため、間違ってくれて実は少し嬉しかった。
だがそれはそれとして、帝国使節団の面々は揃って私に訝しげな視線を向けている。
取りあえず玉座にもたれて静かに息を吐き、どう答えたものかと少しだけ考える。
思考加速を使ってしばらく悩み、やがて結論が出た。
私は椅子から下りて地面に足をつけ、大きな声で発言する。
「わかりました! 私自ら帝国に出向き、皇帝陛下を説得しましょう!」
そう堂々と言い放つと、謁見の間に集まった者たちが大きくどよめく。
「ジェニファーに見合いを提案したのは、この国の女王です!
外交使節団が困るのでしたら、皇帝陛下を私自ら説得すれば良いのです!」
説得できるかは不明だが、私は元々行き当たりばったりで行動する。
帝国の出方を予測しても、情報が不足していて精度はかなり低い。
ならば思い切って飛び込んで、今後の方針を現地で決めたほうがまだマシだ。
「これから帝国に向かいますので、道案内の方をお願いできますか?」
「そっ、それは! 帝国とノゾミ女王国の友好のためには、良いことでしょうが!
本当によろしいのですか!?」
帝国使節団は戸惑っているが、謁見の間に集まっている他の面々はすぐに平静を取り戻した。
自己中心的な女王に無茶振りされるのには、慣れているようだ。
「私が王都に居なくても政務に支障はないので、大丈夫です」
「そうなのですか?」
「はい、留守の間は分身体に任せます」
今さら分身体が一人や二人増えたところで、どうってことない。
政務はリアルタイム通信でも行えるし、困るのは帰国するまで魔石の供給が止まるぐらいだ。
だがマジックアイテムに加工する前の石の在庫は十分にあるため、一年ほどは今の生産ラインを維持できる。
「思い立ったが吉日と言いますし、準備ができたら出発しましょう」
「いっ、いえ、女王陛下! お気持ちは大変ありがたいのですが、帝国にも準備というものがですね!」
代表であるボビーが何とか答えを返しているが、他の外交使節団の人たちは言葉を失ったようだ。
確かに帝国にも受け入れ準備が必要だろうし、定例通りの手紙を出して皇帝が許可したら、女王自ら乗り込むことに決めたのだった。




