第57話 籠の中の鳥
ゴーレムは作業や仕事の耐性があるが、自分は人間の心を持っている。
たとえ自己中心的な性格や行き当たりばったりで賢さが全然上がらなくても、完全な機械になるつもりはない。
なので久しぶりに本体に意識を戻して王都を散策し、仮想空間で百年以上仕事を続けたストレスを発散するのは大切だ。
だがそれはそれとして国内の情勢が落ち着いて精神的に余裕ができた今、外に目を向けるときがやってきた。
けれどその前に今まで放置していたことを、片付けておく必要がある。
彼らは孤児院の事件にも関わっており、最近は水面下の動きが活発化してきた。
近いうちに何か大きなことをやらかすのは明らかで、これ以上は見て見ぬ振りはできないし、先手を打って潰すことに決める。
私はデータベースに記録されている容疑者リストから、各関係者を王都に招集した。
任意同行ではなく強制で、指定した日時に国立公園に来るようにである。
面倒なことは一回だけで終わらせたいし、そのための仕込みも事前にきっちり済ませておくのだった。
それからは表から見る分には平穏な日々だが、両陣営の水面下はかなり活発に動いている。
おまけにテレビとラジオ局の報道陣も呼び集めて、生中継を行うようにとあらかじめ指示を出しておいた。
やがて約束の日時になり、王都の国立公園に各関係者が勢ぞろいする。
本日は天候に恵まれて何よりであり、私はわざわざ特設舞台の上に椅子を置いて座っていた。
気分は裁判長ではあるが女王のドレスを身にまとい、しかも見た目は幼女エルフだ。
多分だが威厳とかそういうのはあんまり感じずに、容姿が優れているので可愛いだけである。
周りに世話係や護衛が控えているので辛うじてそういう雰囲気を保てているが、きっと自分だけだとお遊戯会だろう。
何にせよ一堂に会した各方面の貴族や有力者、またはノゾミ女王国に反旗を翻そうとしている者たちを堂々と見下ろすと、彼らの中の代表である公爵家の中年男性が大声を出す。
「女王陛下! これは一体何事でございますか!」
ちなみに国立公園は広大な敷地なので、容疑者団体や報道陣以外にも大勢の人々が集まっている。
今の発言も全国生中継であり、私も言葉に気をつけないといけない。
そんなことを考えながら、真面目な顔をして答えを返す。
「貴方たちが犯した罪を裁くために、裁判を行うのです」
「わっ、我々の罪ですと!?」
各界の有力者が動揺して顔を見合わせているが、中には察しの良い人物もいる。
そういう者は明らかに顔色が悪くなり、ガタガタと震え始めた。
「女王陛下! 我々は皆潔白で、悪事を働いてはおりません!」
このままでは不味いと思ったのか、公爵が大声で無実を訴えた。
しかし私は、すぐに首を振る。
「ええ、確かに今はまだ大きな悪事にはなっていません。
……ブライアン、証拠品を提出しなさい」
「はい、女王陛下」
宰相に命じると、彼らが隠していた機密書類、または不正や反乱の証拠品が次々と提出される。
ブライアンは表情一つ変えることなく、裁判の様子を見ている国民が理解できるように要点を絞り、簡単に説明していく。
すると舞台の下に集められている者たちの顔色が、ますます悪くなる。
けれどここでリーダーの公爵が一歩前に出て、慌てながらも大きな声を出した。
「女王陛下! お待ちください!」
周囲の者が証拠品の説明に割り込んできた公爵を黙らせようとするが、私はそれを止める。
そして彼に続きを話すように促すと、冷や汗をかきながらも大げさに振る舞いながら訴えてくる。
「確かに我々が不正を働いていたのは、事実でございます!
しかし全てはノゾミ女王国を、より良い国にせんがため!
いわば! 正義の行いなのです!」
証拠品が揃いすぎて言い逃れはできないと認めたのか、不正をしていたことは認めるようだ。
だが後半がどうにも引っかかったので、私は呆れた表情で静かに息を吐いた。
「正義ときましたか」
私の呟きにリーダー格の公爵は良い笑顔を浮かべて、堂々と続きを話していく。
「女王陛下の御力で見事に復興し、この国はさらなる発展を遂げました!
それはとても素晴らしいことでございます!」
次に公爵は大げさに胸を押さえて苦しそうな顔になり、私だけでなく民衆にも訴えかけていく。
「しかし全ては女王陛下が管理運営し、国民は決して自由は得られません!
これでは本当の意味で生きているとは言えず、ただ命令に従うだけのゴーレムではありませんか!」
公爵の発言には、仲間たちも同意を示している。
最初からこれが目的だったのかも知れないと理解するが、私はそれでも彼を止めずに自由に喋らせていた。
「ゆえに女王陛下は玉座から退き、我々人間に管理運営を委ねるべきなのです!」
彼の主張を簡単にまとめれば、玉座を明け渡して公爵が次の国王になるだ。
確かにディストピア的な管理運営を行ってはいるが、完全に雁字搦めというわけではない。
私が望めば公爵や彼らを喋らせることなく罰を与えることも可能ではあるけれど、それはしなかった。
しかし、とても良い笑顔で民衆を前に堂々と語って見せている。
確かに周囲の反応は戸惑いもあるが、彼の言葉に耳を傾ける者もちらほらいた。
あまり長々と演説されるとそっちに傾く人も出るかも知れないけれど、現政権が揺らぐほどではない。
だが問題はないとはいえ、放置はできない。
なのでこの機会に全国民に自覚してもらうべく、私は真面目な顔で公爵に話しかけた。
「貴方たちの発言を許すのは、基本的人権を配慮しているからです。
前政権では私に会うことも叶わず、民を扇動した時点で捕まって殺されていますよ」
そもそも彼らは国家転覆を画策している大罪人なので、前政権ならば私が会うのは公爵たちの死体、もしくは縄で縛られて自由を奪われた状態だ。
五体満足で堂々と不平不満を訴えられる状況では、決してない。
「けれど現政権になって特権階級が消滅し、奴隷制度も廃止された。
それらを使って好き放題にやっていた人々は、自由が奪われたと感じてもおかしくはありません」
特権階級は女王である私以外は存在しないため、過去の栄光をもう一度と考える者たちが出てもおかしくはなかった。
昔は良かったと思い出に耽るのは別に良いが、クーデターを起こそうと画策するのはよろしくない。
なので私は、公爵たちの意見を聞くのはこの辺りにしておこうと、見切りをつけた。
そして彼らを真っ直ぐに見つめて、大きな声で叫んだ。
「貴方たちには、国外追放処分を言い渡します!
今後ノゾミ女王国への入国を全面的に拒否し、もし国内で発見した場合はただちに殺処分とします!」
この発言を聞いたリーダー格の公爵の顔が明らかにひきつり、彼の仲間たちも動揺して混乱が広がる。
「何故ですか! 全てはこの国と、女王陛下のためにやったこと!
民衆も自由を望んでいるのですよ!」
必死に訴えても全く心に響かない私は、その理由をはっきりと告げる。
「籠の中の鳥が、大空に憧れを抱くのは当然です。
しかし外は過酷な環境で、飛び立てば数日も生きられないと知ればどうですか?
それでも自由を求めますか?」
今のノゾミ女王国は、管理運営だけでなくマジックアイテムも私頼みだ。
もし自分が消えれば、その瞬間に滅亡しかねない。
なので彼らだけで国家運営を行うのは実質不可能だし、私を隠居に追い込んで私利私欲を満たそうとしている輩に手を貸す気もなかった。
「貴方たちに管理運営を任せれば、待っているのは破滅です。
これは、わざわざ未来を予測するまでもありませんね」
最終目標であるゴーレムと人間の友好も遠ざかるようでは、何のために女王を退位したやらだ。
せっかく転生したのに、こっちでも我が人生に悔いありで生涯を終えるのは、マジで勘弁してもらいたいのだった。




