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第56話 監視

 孤児院に到着した私は大扉の前のインターホンを押し、院長に中から開けてもらう。

 この辺りは慣れたもので、何度も様子を見に来ているのですぐに大勢の子供たちが出迎えてくれた。


 まずは護衛とお世話係、そして宰相に持ってもらっていたお菓子を渡す。

 一段落したら私は近くの椅子に腰を下ろして、脳内データベースを検索する。

 そして該当の人物を探すために、周囲を良く観察した。


(やはり姿が見えないね)


 できれば誤情報であって欲しかったが、孤児院に来て居るはずの人がいない。

 未来予測で外れる可能性が極めて低確率という時点で、殆ど諦めてはいた。

 それでも大きな溜息を吐いてしまう。


『警察隊が現場に到着しました』


 現場に向かった警察隊からネットワークを通じて連絡が入ったので、私は新しい指示を出す。


『では準備が整い次第、突入して容疑者逮捕と被害者の保護をお願いします』

『了解致しました』


 一連のやり取りを済ませた私は、大広間の奥に飾られている世界樹をモチーフにした立派なステンドグラスを眺める。

 私はこの世界の神様に詳しくないし、あまり興味もなかった。


 なのでノゾミ女王国の御神木を国旗にも取り入れたのだが、特に反対意見もでなくてすんなり決まる。

 まさに独裁政権や今やっていることもディストピアっぽいと思いつつ、院長に声をかけた。


「そう言えば、サムとハンの姿が見えませんね」

「あの二人には、買い物を頼んで外出中です」


 院長は穏やかな表情で、平然と答えている。

 しかし他の職員は反応は様々であり、露骨に視線をそらしたり冷や汗をかいていた。


「なるほど、買い物ですか」

「はい、じきに帰ってくるので心配はいりません」


 全く動じることなく答えるので大したものだと思いつつ、ここで私ははっきりと告げる。


「ところで二人を貴族の屋敷に向かわせて、何を買うつもりですか?」


 私の発言を聞いて院長は驚きの表情で固まり、周りの職員たちは困惑したり顔を青くする。

 けれど子供たちや一部の職員は良くわかっていないようで、ざわついていた。


 そして護衛や世話係や宰相は荒事に備えて身構え、私を守るような位置に移動する。


「貴方たちが貴族相手に取引をしているのは知っています。

 何も知らない二人を売り払い、大金を手に入れたこともです」


 院長の表情が崩れて、慌てて一歩退いた。

 そして周りの職員と共に、両手を床につけて深々と頭を下げる。


「どっ、どうかお許しください!」

「国外追放だけは! この通りでございます!」


 個人的にしらばっくれたり言い訳をすると思っていたのに、あっさり罪を認めたのが意外だった。

 けれどそのことは顔には出さず、哀れみにも似た視線を向けながら続きを話す。


「犯罪だとわかっていながら二人を売り払い、今度は命乞いですか?

 経費や物資の一部を横領するだけで満足していれば良かったのに、欲をかくからこのような目に遭うのです」


 横領も含めて図星だったようで、彼らの顔色がますます悪くなる。

 ちなみに軽犯罪は訴えがあれば動くが、一定のラインを越えるまでは見逃していた。

 それでもデータベースにはこまめに記録はつけているので、逮捕した後に損害賠償や罪をまとめて償ってもらう。


 小さなことまでいちいち対処していたら時間がいくらあっても足りないし、面倒なことはまとめて処理したいのだ。


 そのような事情はともかく、今は目の前の犯罪のほうが大事である。


「ノゾミ女王国では奴隷制度は廃止され、孤児の売り買いも犯罪です。

 それでも行う場合は、然るべき手続きを行ってください」


 二年が過ぎて情勢が落ち着き、国民にも心の余裕というものができてきた。

 今はもう貴族という階級は私以外は存在しないし、奴隷制度も廃止されたがわかっていない者もいる。


 もしくは旧時代と同じように自分たちは特別だと信じて疑わないのか、法律で禁止されていることを平気でする者がいるのだ。


「そして貴方たちには罰金、もしくは懲役刑が課せられます」


 あくまで現時点での裁きで重いか軽いかは被害者の保護と犯人逮捕、あとは法律関係の人たちがどのように見るかによって違ってくる。


「あっ、あの!」


 院長が恐怖で震えながら尋ねてきたので、私は発言を禁じずに続きを促す。


「国外追放では、……ないのでしょうか?」

「反省が見られず、何度も罪を重ねれば国外追放もありえます。

 しかし貴方たちの犯罪記録は、まだその域には達していません」


 ノゾミ女王国に反抗的な態度を取り続けていると、国外に追放するのも止むなしだ。

 過去に行った犯罪は全てデータベースに記録されているが、この場に居る者たちはまだ誰も限界ラインを越えていない。


 なのでホッと安堵の息を吐き、全員が揃って頭を床に擦りつける。


「ははー! 海よりも深く反省しております!」

「今後は二度と悪事は行いません!」

「寛大な処置に感謝致します!」


 その様子があまりにも鬼気迫って必死だったので、私は少しだけ考えて口を開く。


「貴方たちは普段の勤務態度は真面目で、孤児たちにも好かれています。

 しかし今回は貴族からの誘いで魔が差したのもありますが、軽犯罪を重ねるのは感心しませんね」


 続けて脳内データベースを参照して、各々の罪を口に出していく。

 犯罪行為を許す訳ではないが、一度道を踏み外したら再起ができないわけではない。

 罰金や懲役によって更生のチャンスは与えられているし、私もできる限りのサポートを行っていた。


 そんなことを考えていると、ネットワークを通じて連絡が入る。


『女王陛下、警察隊がサムとハンを保護し、容疑者を全員逮捕しました』

『そうですか。報告してくださり、ありがとうございます』


 容疑者の監視は続けていたので、状況は知っている。

 警察署からメール連絡で報告を受け、私は静かに息を吐いた。


 報告書を読む限りでは、サムとハンは地下室で襲われる直前に助け出された。

 マジックアイテムを誤作動させ、地下室の明かりを消して時間を稼いだのが良かったようだ。

 おかげで傷つけられる前に、二人を救出できた。


 犯人は現行犯逮捕で証拠も揃えているので、もはや言い逃れはできないだろう。

 そんな旧貴族と関係者に比べれば、院長や職員たちの罪はまだ軽いほうだ。


 私は彼らを真っ直ぐに見つめて、堂々と声をかける。


「自首しなさい。己が犯した罪を償うために、法廷で罰を受けるのです」


 すると院長たちは何度も私に感謝して、再び頭を床に擦りつける。

 ちなみにここには犯罪に加担していない職員も。多く務めていた。

 彼らは戸惑いの表情で私を見ていたので、おもむろに話題を変える。


「貴方たちには業務の引き継ぎをお願いします。

 新たな職員は急ぎ募集しますが、少し時間がかかるかも知れません」

「わっ、わかりました! お任せください!」


 既に院長たちが抜けた穴を塞ぐために、ネットワーク上に職員募集の告知は出した。

 だがそんな都合の良い人材が、そう簡単に見つかるとは思えない。


「当面の孤児院の事務処理は私、……ではなく、女王陛下が行ってくれるそうです」

「ありがとうございます! 助かります!」


 先程からただ者ではない感じで接しているが、今の私は女王ではなく普通の町娘だ。

 なのでコホンと咳払いをして誤魔化すと、何とか正体がバレずに済んだようだ。


 今も本体を動かしつつ、百以上の分身体や無人の重機や乗物を遠隔操作したり、ノゾミ女王国の政務を処理し、全てのマジックアイテムを通じて国民の監視や管理を行っているのだ。

 事務処理が一つ増えても、大した負担にはならない。


 それに経営者にはノートパソコンが無料配布されているので、孤児院のデータを直接打ち込んだり計算すれば済むので楽なものだ。


(二人も無事だし、取りあえず一件落着かな)


 保護されたサムとハンも飛行パトカーに乗せられて、今は孤児院に向かっている。

 旧貴族と犯人グループは逮捕され、院長たちも罪を認めて自首してくれるようだ。

 どのぐらいの罪の重さになるかはまだ不明瞭ながら、事件が解決して良かったと私は安堵の息を吐くのだった。







 孤児院の事件を片付けた私は、職員と今後の仕事の段取りを行った。

 そして子供たちと少し遊んで、保護されたサムとハンの無事を確認したあとは他に用があるのでと、その場を去った。


 次に向かったのは近くの国立公園だ。

 ちょうど移動式のソフトクリーム屋が出ていたので、ここは定番のバニラ味を購入する。

 ベンチに座って目の前の噴水を眺めながら、美味しくいただく。


 空は何処までも青く澄んでおり、私たちの他にも多くの人が集まって和やかに談笑している。

 そんな平和な様子とは違い、ふと疑問に思ったことを口に出す。


「しかし、国外追放は重い罰です。

 それでも何故、そこまで嫌がるのでしょうか?」


 罰金や懲役は軽い罰で、もっとも重いのが死刑だ。

 だが現時点では、一度も実行されていない。

 理由は、その前に国外追放が課せられるからだ。


 追放されても無理やり戻ろうとしたり、最後通告後にも私やノゾミ女王国に逆らおうとすれば殺害もやむなしで、それこそが真の意味での死刑であった。




 そんなことを考えているとチョコソフトを舐めている宰相のブライアンが、頭がキンキンするのか手で押さえながら口を開く。


「ところで女王陛下は、他国の現状をご存知でしょうか?」


 どうだったかなと脳内データベースを検索すると、他国の情報は殆どないことに気づく。


「復興に尽力するために鎖国した影響で、他国のことは殆ど知りませんね」


 とにかく復興の邪魔をされたくはなかったので国境に結界を張り、交易都市の正門からしか周辺諸国は入れないようにしたのだ。


 侵入者や異常を感知したときのみ展開する術式を組んであるので、パッと見は結界が張られているとは気づかず、景観を損ねることもない。


 そして交易都市の正門には入国審査所があり、都市内からは出られないし、審査員を買収しようとしても厳しい監視の目がある。


(そう言えば、アレもそろそろ片付けないとなぁ)


 宰相の発言で、ある事情からわざと見逃していた間者や他国の者もいることを思い出した。

 本国に届けられるはずの手紙や物資は全て奪っているので、問題はない。

 けれど私も外に目を向けるだけの余裕ができたので、そろそろ頃合いかも知れない。




 だがまあ、それはそれとしてこの二年は外からの情報は殆ど入って来ていない。

 自国の改革を進めるのに全力だったし、そもそも自分さえ良ければそれでヨシな性格だ。

 他国の事情にはあまり興味もなく、詳しくはなかった。


 するとブライアンが少し照れながら、続きを口にする。


「私も恥ずかしながら、女王陛下と同じです。

 ですが最近は親しい外交官と情報交換をするようになり、少しなら知っております」


 入国審査所に務めている人たちが、もっとも他国の事情に詳しいのは間違いない。

 そして宰相であるブライアンは交流があったようで、現在の状況を丁寧に教えてくれた。


「現在は諸外国も、魔物の被害は落ち着いています」

「それは良かったですね」


 一番深刻だったノゾミ女王国は、完全に沈静化している。

 周辺諸国も被害は受けたが、何とか持ち直せたようで何よりだ。


「しかし依然として厳しい状況で、ノゾミ女王国ほど豊かではないようです」

「それは、そうでしょうね」


 私は新技術を用いたマジックアイテムを量産し、各地に配布している。

 便利で快適なだけでなく、安全安心な生活基盤を整えることに努めているのだ。


 もちろん容易い道のりではなく、二年という歳月を費やした結果である。

 それだけの時間をかけてようやく管理運営が安定して、処理能力にも余裕ができて仮想空間に引き籠もらなくても良くなったのだ。


 そしてブライアンは真面目な顔になり、説明の続きをする。


「つまりノゾミ女王国はこの世の楽園で、そこから追放されるのは死よりも辛いことなのです」

「そんなにですか?」

「はい、それ程までに重い罰なのです」


 ちなみに宰相は溶けかけのチョコソフトを食べながらなので、真面目な顔つきでもいまいちシリアスになりきれない。


 けれど、理屈としてはわかる。

 現代日本並に快適なディストピアと、中世ヨーロッパ風の貴族社会のどちらがマシかと言えば、言葉の上では甲乙つけがたいがやっぱり便利なほうを選ぶだろう。

 たとえ籠の中の鳥になるとしても、死にたくはないのだ。


「そして各国の情勢が落ち着いた今、我が国に仕掛けてくる可能性は高いと思われます」


 確かに最近は入国審査所に他国の外交官が訪れることが多いし、水面下で泳がせている者たちも活発化している。

 ここまで聞いた私は、率直な意見を口に出す。


「今なら外に目を向けられますが、迷いますね」


 痺れを切らして、強引な手段を取られると面倒だ。

 ならば他国の外交官と会談し、少しでも友好的な関係を築いておくべきだろう。


「では、国交を開かれますか?」

「……う~ん」


 国交を開くのは別に構わないが、せっかく処理能力に余裕ができたのだ。

 もしここで諸外国から人々が殺到する事態になれば、十中八九で仮想空間に逆戻りである。


 たったの一日で当分戻らないはずの実家に帰宅など、冗談ではない。

 何とか避けたい私は、取りあえずの案を口にする。


「国交は開きますが、鎖国は維持します」


 入れても国境沿いの交易都市までなのは変わらない。

 けれどマジックアイテムを除く、商取引を始めるのが良いだろう。

 あとは各国の外交官と謁見し、亀の歩みでも友好条約を結んでいくのも良さそうだ。


 するとブライアンが静かに頷き、意見を言う。


「確かに、うちが国交を開く利点は殆どありませんね」


 ノゾミ女王国の管理や運営だけでなく、自給自足も余裕を持って行えている。

 つまり人類と仲良くする以外で、国交を開く利点は現時点ではないのだ。


 最終目的に設定されているが、そこまで急いで進める必要はない。

 けれど今後の方針は定まった。


 取りあえずソフトクリームを食べ終わった私はベンチから立ち上がり、引き続き王都の散策を続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] また、サンドウのような王様が出てくるのか…
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