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第55話 歴史の裏側

 少しゴタゴタしたが、吟遊詩人は小さな舞台の上でコホンと咳払いをして気を取り直す。

 そのまま竪琴を奏で、美しい音色と共に伝説の勇者の物語を客に聞かせ始めた。


 私も二年前から気になっており、個人的に色々調べていたのだ。

 ちょうど良い機会だと、頭の中で順番に整理していくことにした。


「遥か遠い昔、邪悪な魔王が支配する魔物たちの国がありました」


 魔王が支配する国とは、古代魔法王国のことだ。今は滅亡してウルズ大森林になっている。


 すると、ちょうどウェイトレスが皆の注文した料理を持ってきてくれた。

 お礼を言って受け取り私たちは食事を始めたが、その間にも吟遊詩人の演奏は続いている。


「魔王は、無数の意思なき人形たちを操る能力を持っていました。

 彼は生きとし生けるもの全てを奴隷のように虐げ、世界を征服しようとしたのです」


 千年ほど前は魔法王国の全盛期で、労働力として人造ゴーレムを使っていた。

 ちなみに周辺諸国や人類を支配したり奴隷として扱っていないので、後世に邪悪な魔王として脚色されたようだ。


 取りあえず、いただきますをして煮込みハンバーグ定食に口をつけながら、彼の演奏に耳を傾ける。


「魔王の野望は留まるところを知らず、創造神様から授かった世界樹を手中に収めようとしました」


 当時の魔法王国はゴーレムの他に、世界樹の研究をしていたらしい。

 それを使って何をしようとしていたのかは不明だが、間違ってはいなかった。


 ついでに彼の竪琴の演奏はなかなかのもので、美しいメロディは聞く者の想像力を掻き立てる。


「人々は嘆き悲しみ、光の女神様に願いました。

 どうか邪悪な魔王を倒して、この世界を救ってくださいと」


 召喚魔法陣は王城にあって、光の女神様に世界の危機以外には使うなと固く禁じられていた。

 吟遊詩人の物語が全て事実なら、別に使っても問題はないが事実は違う。


 だがまあ物語の導入として良くあるし、王道展開であった。


「すると奇跡が起きて、祈りを捧げる人々の前に光の女神様が降臨したのです。

 彼女が地面に魔法陣を描くと真昼のように眩く輝き、そこから一人の少年が現れました」


 世界で最初に呼び出された勇者だ。

 他にも二つの召喚魔法陣が存在すると元国王から聞き出しているし、書物で調べていた。


「彼こそが光の女神様に選ばれし勇者。サンドウ様だったのです」


 サンドウ王国の名前の元になった人物の登場だ。

 竪琴の音色が変化して、物語は一層の盛り上がりを見せる。


「サンドウ様は光の女神様に選ばれし他の仲間を集め、世界各国と力を合わせて邪悪な魔王と配下の魔物たちに、戦いを挑みました」


 こうして当時のアトラス大陸の覇権国家と周辺諸国の、長きに渡る世界大戦が始まった。


 昔は魔物は少数しか存在せずに穏やかな気性だったが、光の魔法陣を三つ同時に作動させたことで魔素濃度が急低下する。

 そして世界の自浄作用によって活性化し、数を増やし始めたのだ。


 私は数多の中で真実の歴史をなぞりながら、現実では煮込みハンバーグを切り分けてフォークで刺し、小さな口に運ぶ。


「光の闇の戦いはとても長く続き、多くの犠牲が出ました。

 しかしやがて勇者サンドウ様の剣が邪悪な魔王を刺し貫き、長きに渡る大戦は終結したのです」


 物語では正義は勝つなので、邪悪な魔王は滅びてめでたしめでたしだ。

 現実に古代魔法王国は滅亡しているため、ある意味では正しいと言える。


「しかし魔王は死に際に、呪いを世界にばら撒きました。

 そのせいで世界樹は枯れ、邪悪な魔物たちが次々と湧き出したのです」


 世界樹が焼けたのは、人類同士の戦争が激化したからだ。

 そして二本では魔力滓まりょくかすの浄化がますます遅れ、世界中の魔物が活性化して人々を襲い始めた。

 おまけに過ごしやすい環境になったことで、世界中で大繁殖が始まる。


 もはや人類は、とにかく日々生き残るのに精一杯にまで追い詰められてしまう。


 結果、今まで築き上げてきた叡智の殆どが失われ、文明は大きく後退し、原始的な生活を余儀なくされる。


「ですが勇者様は決して諦めずに、長い年月をかけて魔物たちをウルズ大森林の奥地に封印したのです」


 三英雄と世界各国は滅亡を回避するために力を合わせて、魔物を古代魔法王国に追い詰めた。

 そして聖女が大結界を張り、二度と出てこられないように封印したのだ。


 おかげで人類は束の間の平和を手に入れたが、敗戦国を見捨てたも同然であった。

 取り残された者たちは怯えて死を待つばかりで、やはり誰一人として生き残れずに滅亡する。


「その後、勇者様は想い人と結ばれて子供を残しました」


 敗戦国に魔物の大半を押しつけたあとは、エンディングに入るようだ。


「しかし彼はサンドウ王国を樹立する直前に、魔物を討伐するために旅立つと手紙を残して姿を消します。

 そしてその後、姿を見た者は誰もいませんでした」


 吟遊詩人の語りを聞き終えた私は、大きな溜息を吐く。

 すると宰相のブライアンは心配そうな顔で尋ねてきたので、理由を説明する。


 取りあえずコップを手に持ち、気持ちを落ち着けるために冷たい水を一口飲む。


「先程の場面は、権力者の娘が勇者の子供を身籠ったので強制的に送還したのです」


 勇者召喚の魔法陣は一度起動すると、常に大魔法を発動し続ける。

 用が済んだらお帰りいただくのが、世界のバランスを保つためには重要なことだ。


 そして歴史的な事実を隠して、サンドウ王家にとって都合の良い物語を捏造して広めていた。


「歴史は勝者によって作られるのでしょうね」

「ええ、その通りでございます」


 勝った者が正義で、歴史は時の権力者によって築かれていく。

 勇者の子供が国王となって、アトラス大陸でもっとも歴史のある大国を作り上げたのだ。


「傀儡政権ですね」

「赤ん坊に政治は無理なので、仕方のないことかと」


 それに物語ではたった一人と結ばれた美談であるが、実は勇者の子孫は大勢居る。

 しかし彼の力は一代限りのようで、子孫には全く受け継がれなかったのであてが外れたと恨み言が書かれていた。


 ついでに千年も続けば血縁が途切れるか、異民族も何度も混じる。

 今の王家に日本人らしい黒髪の面影は、何処にも見られなかった。


「それで公表はされるのですか?」


 煮込みハンバーグ定食を食べ終わった私は、腕を組んで考えた。


「娯楽性はありませんが、千年前の貴重な情報です。

 失うには惜しいのでネットワーク上で公開しましょう」


 さらに貴重な資料や文献を失わないよう、複製やデータベースへの登録も進めておく。

 すると早速ブライアンがノートパソコンを起動して、早速ネットワークにアクセスしている。


「ブライアン、考古学に興味があるのですか?」

「はい、少し興味があります」


 そう言えば彼は、コッポラ領主の使節団として魔都を目指すリーダー的存在だった。

 考古学に興味があるなら、ウルズ大森林の奥地に存在したと言われる古代都市に飛びつくのもわかる。


 私も古代ロマンは嫌いではない。

 しかし、やはりサブカルチャーのほうが好きだ。

 けれど一人でも興味を持ってくれる人が居るならと、ネットワークのトップページに新しい項目を追加するのだった。







 食事を終えた私は、若い吟遊詩人にとても良かったと素直にお礼を言う。

 店主にも美味しかったとコメントを残して、ポケベルで勘定を支払った。


 そのまま外に出た私だが、今日は自由行動だ。

 政務を行いながらではあるものの、片手間で済むので気楽である。


 少しだけ次は何処に行こうかと考えて、やがて結論を出す。


(頃合いかな)


 王都でトラブルが起きているので、私はすぐにネットワークを通じて警察に出動命令を出し、直接現場に向かわせる。


 そのような処理をこなしていても、表情は一切変えないし歩みを止めることもなかった。


 いつも通りに呑気に辺りを見回しながら、途中でお菓子を買って護衛や世話係、そして宰相にも持ってもらう。

 そして目的地を目指して、最短ルートで進んでいく。


「ここは?」

「王都にある孤児院の一つですね」


 宰相のブライアンが目の前の大きな施設について尋ねてきたので、私は正直に答えた。


 見た目は立派な教会だが、アトラス大陸の多数派の光の女神様ではない。

 国営なのでステンドグラスは、うちのシンボルである世界樹を刻んである。


「ここでは百人以上の子供たちの面倒を見ていますね」

「それは、……かなり多いですね」


 普通なら十や二十、多くても五十人程度だ。

 しかし二年前の魔物の襲撃で、各地から難民が集まってきている。


 貧しい者が多くて子育てが難しく、中央だけでなく地方も似たようなものだ。

 なので一つの施設で百人以上の子供の面倒を見ることも、現在では良くあることだった。


 それはともかく、私は大扉に移動して少し背伸びしてインターホンを鳴らす。


「どなたですか?」

「ノゾミです」


 聞き覚えのある院長の声が、インターホンを通じて流れてきた。

 昔はノゾミという名は滅多に居なかったが、今は赤ん坊に付ける人が増えたので珍しくはない。


 しかし、院長はすぐに私だとわかったようだ。


「どうぞお入りください」


 中から扉を開けて、私たちを招き入れてくれたのだった。

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[一言] 王様は、「ここ」から知られるのを恐れた?
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