第54話 食事
うちの国の企業は全て私がトップに立って管理運営しており、飲食店も例外ではない。
なお、流石に全ての料理を一店舗で提供するには、技術面だけでなく素材的にも難しいため、前世の日本のように無理のない範囲で和洋中などに分かれている。
だがいくら交易都市までしか入国できないとはいえ、遅かれ早かれ真似されるのは避けられない。
しかし素材の安定供給はノゾミ女王国でないと難しく、たとえできても本家よりも品質が落ちてコストも上がる。
ただしそれは今だけで、いずれは差が縮まって追い抜かれるので、知識や技術は停滞や慢心せずに進歩させ続けるのだ。
さらに重要人物を他国に奪われないように大事に扱うが、一生ノゾミ女王国から出さないし監視対象である。
今の私は王都を散策することで、久しぶりの現実世界を楽しんでいた。
片手間で事務処理を行っているが、本体の動作に支障はない。
やがて目的のノゾミ食堂の加盟店に到着すると、営業中の札がかかっていた。
「良かった。営業しているようですね」
見た目は普通の木造家屋で大きな看板が出ているわけではないので、飲食店だとは気づかずに逃す人も多い。
なお、家を建てるのは多額のお金がかかるが、ノゾミ女王国民は大きな被害を受けたばかりだ。
誰も彼も先立つものが足りてないため、希望者には無利子無担保の援助を行っている。
家屋やマジックアイテムを提供したり、知識やノウハウを教えたりと色々だ。
まあそのような事情はあるが、今は昼頃で他の飲食店なら大変混雑している時間帯である。
しかしここは穴場スポットで、自分もたまにくつろぎに来ていた。
前に来たときには混雑はしていなかったし、心配無用だ。
「では、入りましょうか」
私は扉に手をかけて開くと、店内は珍しく大勢の客でごった返していた。
王都の殆どは前世の日本風な建築物で、ここも例に漏れずに居酒屋風な佇まいである。
入り口が開いたので客の視線が一斉にこちらに向けられるが、すぐに興味を失ったのか各々が食事に戻った。
「いらっしゃいませー!」
忙しそうに配膳していた店員が、配り終えてすぐに駆け寄ってくる。
この店は家族で経営しているので、今年二十歳になる看板娘が焦りながら話しかけてきた。
「すみません! お客さん!
今はあいにく満席でございまして!」
確かに店内を軽く見回しても、何処も空席はない。
私一人なら小柄なので相席で何とかなるかもだが、今日はお供を連れているので無理そうだ。
「そうですか。残念ですが仕方ありません。
またの機会にしましょうか」
飲食店はここだけでなく他にもあるし、連れを待たせるのは悪い。
私は店を出て他に行こうとすると、厨房で忙しく料理していた店主がこちらに視線を向けて、ギョッとした顔になって突然大声をあげる。
「いっ、いえ! ただ今テーブル席が空きましたぁ!」
そう言って彼は、和やかに食事を楽しんでいた冒険者の五人組に声をかける。
「なあ! もう食べ終わるよな!?」
「はっ、はい!」
「もちろんだ!」
「この程度! 秒で足りるぜ!」
忙しく口の中に料理を詰め込み始めたが、それはもう鬼気迫る勢いだ。
何が彼らをそこまで駆り立てるのかはわからないが、とても質問できる状況ではない。
「うっぷ! どっ、どうぞ!」
一人が席から立ち上がって、私たちに笑顔を向けてきた。
「何だかすみません」
「いっ、いえ、お気になさらずに!」
見た目は強面で筋肉質の六人組だ。
しかし快く席を譲ってくれて、凄く紳士的である。
「では、ありがたく座らせてもらいますね」
「お役に立てて、何よりです!」
「では、俺たちはこれで!」
再度お礼を言うと、彼らはとても爽やかな笑顔を浮かべた。
そしてポケベルでお勘定を支払い、店から出ていった。
気のいい人たちで助かった。
ウェイトレスがテーブルを片付けるのを横目で見ながら、私たちは空いた席に座らせてもらう。
「ちょうど空いて良かったですね」
「はっ、はい、では失礼します」
ブライアンは若干緊張しているようだ。
他の四人は付き合いが長いので慣れている。
たまに城下町の散策するときに、護衛してくれるありがたい存在である。
本体だから当たり前だが、分身体は完全な人形タイプで替えが利く。
なので無理に守ってくれなくてもと、思い出した私は何気なく口を開いた。
「地方の護衛は頭が固いのでいけませんね」
「身の安全を思えばこそ、大切なことかと」
付き合いが長いと察しが良くなるので、いちいち詳しく説明しなくても良いので楽だ。
フランクに苦笑気味に意見された私は、大きな溜息を吐く。
「気持ちはわかりますが、もう少し気楽に外出したいものですね」
「確かになぁ。俺も今は宮仕えだが、昔の自由気ままな冒険者生活も捨てがたいぜ」
ロジャーがウェイトレスに出された水の入ったコップを手に取り、遠くを見ながら返事をする。
私の気持ちがわかってくれるようだが、宮仕えも悪くはないようだ。
それはともかく、今はせっかくの外出である。
私はテーブルの上のメニュー表を手に取って、何を頼むかを決めることにした。
「さてと、何を頼みましょうか」
現代日本の居酒屋風な建物だが洋食がメインで、私は順番に目を通していく。
そこである料理を見つけた私は、微笑みながらブライアンに話しかける。
「そう言えば、ブライアンとこうして食事をするのは百年ぶりですね」
「えっ?」
どうやら覚えていないようだ。
あれからかなりの時間が経っているので仕方ないことだが、私は遠い過去の記憶を振り返りながら続きを話す。
「王都に向かう途中の街で、偶然会ったじゃないですか。
そこでトマト煮込みハンバーグを食べたことを、覚えていませんか?」
そこまで聞いた彼は、若干引きつった表情で返答を口にする。
「覚えてはいますが、それは二年前です」
「えっ?」
間の抜けた顔になった私は、彼の言葉を頭の中で反芻して急いで考えをまとめていく。
すると仮想空間の時間と、混同していることに思い至る。
取りあえずメニュー表を他の人に渡し、慌てて謝罪した。
「すみません。うっかりしていました」
仮想空間では時間が停止していても、私の意識体は変わらずに動き続けている。
自分も正確に数えたわけではないし無駄なのでスルーしているが、体感で百年以上は時間が経過していた。
今は本体に意識を移しているので現実とのズレはないけれど、何かのキッカケで仕事が山積みになってあっちに戻れば、当分引き籠もるのは確実である。
「ですが、この二年間で国内情勢も落ち着きました。
私があちらに行くことは、もうないでしょう」
精神耐性があるゴーレムだが、中身は人間なのだ。
仕事漬けの百年に耐えても、ワーカーホリックではないので別にやりたくはない。
そうこうしているうちに全員の注文が決まり、フランクが店員を呼ぶ。
続いて記憶力の良い宰相のブライアンが、きっちりまとめてくれた。
その後はウェイトレスは恭しく一礼して、店主に伝えに去っていく。
彼女を見送ったあとに、私は冷たい水を一口飲んで話題を変えた。
「今なら時期が悪いと断ってきた国外の使者にも、会うことができるでしょう。
……あまり気は進みませんが」
今までは国内の問題だけで手一杯だったのだ。
大切な時期だったので内政の邪魔はされたくないため国外からの使者は玄関口の交易都市で外交官が対応していた。
だが今は時期が悪いのでまた後日と、一貫して断ってきた。
入国審査もかなり厳しいため、この二年間は完全な鎖国状態だ。
そんなことを周囲に聞かれないように気をつけて、適当に駄弁っていた。
すると店内にある小さな舞台の上に一人の若い吟遊詩人が立ち、静かに頭を下げる姿が目に入る。
「今から奏でるのは、サンドウ王国に伝わる偉大なる勇者の物語。
どうか皆様、最後までお付き合いいただければ幸いでございます」
私は監視ならともかく、直接見るのも聞くのも始めてだ。
たちまち拍手が起こったので有名な人なのかもと思いつつ、吟遊詩人をじっと観察する。
ラジオやテレビは、まだ普及したばかりだ。
重要な施設に優先的に提供しているので、個人で所有するにはお金を貯めて購入するしかない。
なので昔と変わらず吟遊詩人が演奏する店も少なくはなく、ここもその一つだ。
「ふむ、サンドウ王国の勇者伝説ですか」
「如何しますか?」
ブライアンは周りに聞こえないように、小声で私に尋ねてきた。
サンドウ王国は過去のもので、今はノゾミ女王国に併合されている。
旧政権を称える物語は今でも人気があるし、反乱の芽が育って私の統治に支障が出る可能性もあった。
「何もしませんよ。伝説の夢物語は、私も好きですしね」
吟遊詩人の話を聞くためか、周りの客も静かになって物音一つしない。
なので私は小声で喋っているつもりでも、店内に良く響いた。
「もし勇者物語を禁止にしたら、大勢の人が悲しみます」
たとえ旧政権の素晴らしさを伝える物語だとしても、これまでずっと国民に愛されてきたのだ。
それを新政府が樹立されたから禁止にするなど、私のようなサブカルチャーが大好きな者としては断じて看過できない。
「それに私は、規制や禁止が大嫌いなんですよね」
宿題が終わるまで漫画やアニメを禁止されたり、新作ゲームの発売日に一日一時間しか遊んでは駄目だと言われた経験がある。
当時にはあまりにも過酷な仕打ちに、この世の終わりだと絶望したものだ。
「それに勇者物語には、犯罪や反乱を促進する効果はありません」
勇者物語を聞いた国民が、犯罪を行うというデータは出ていない。
ノゾミ女王国民は全員監視対象なので、信憑性はバッチリである。
その話を聞いたブライアンは若干引きつった表情のまま、大きく息を吐く。
「実害のないものを禁止するのも、おかしいですね」
「ええ、なので禁止にはしません」
私は前世の誰かが言っていた、何かそういうデータあるんですかという煽りを思い出した。
何にせよ根拠のない妄想に囚われるわけにはいかないし、心なしか周りの客たちや吟遊詩人もホッとしているようだ。
(でも私が与えるのは、箱庭の中の自由だけどね)
ノゾミ女王国の枠組みから外れない自由が大前提なため、何をしても良いというわけではない。
前世以上に厳しい管理運営と監視体制で、反乱や犯罪が起きる前に対処するのだ。
(漫画やアニメだと人類は自由を欲しがるものだし、油断は禁物だね)
機械の支配を打ち破るために人間が反乱を起こすのは、定番の流れである。
そして私が行っているのはディストピアに近く、ある程度の自由は保証しているが、全てが上手くいくとは思っていない。
(世の中は何がおきるかわからないしなぁ)
明るく前向きで自己中心的な元女子中学生は、処理能力が桁違いに上がった。
しかし、頭の良さは昔から全く成長していない。
(神様が何かしたんだろうけど、私としてはありがたいかな)
自分は最善を尽くしているけど、いつか失敗するかもという不安は消せない。
おかげで慢心や増長や、人類に憎しみを抱かなくて済んでいる。
けれど、せめて少しは賢くなりたかったのが正直なところだ。
でも、後ろ向きに考えても状況は好転しない。
今のところはそこそこ上手くやっているし、未来予測を見た限りは問題が起きる気配はなかった。
それにもし失敗したら、その時はその時に対処すればいいやである。
いつのものお気楽な考えで締めくくり、現実に戻ってくるのだった。




