第51話 ブライアン その2
<ブライアン>
私はコッポラ領でノゾミ様の政務を手伝っていた。
しかし女王様に王都に来て欲しいと突然呼び出され、理由を尋ねると向こうでは魔物が大量に発生したことで多くの犠牲者が出ている。
そしてサンドウ王国が滅亡寸前にまでなったようで、危ないところで女王様がお救いになった。
さらには国王様に玉座を譲られ、ノゾミ女王国に併合されたらしい。
私やその場に立ち会った者たちは、そのような説明を聞かされた。
きっと皆が同じ感想だろうが、どうしてこうなったという気持ちでいっぱいだ。
けれどコッポラ領は王都から離れていて統治も軌道に乗り、魔物の被害も殆どない。
しかし他の地域は違って、何処も壊滅寸前だ。
ならば底辺まで落ち込んだ国家を立て直すには、ノゾミ女王様が直接管理運営を行うのがもっとも確実で手っ取り早い。
ここで旧政権を支援しても苦しみが長引くだけだし、責任は取るべきだ。
それに帝国と聖国、もしくは周辺国家諸も自国の版図にしようと狙っている。
時間もあまり残されていない中で、素早く手を打ち復興を進められるのはノゾミ女王様しかいなかった。
実際に本国から派遣されたゴーレム部隊が、昼も夜も魔物を狩り続けることで人的被害を抑えている。
そして厄介な群れや大型種は、ミスリルジャイアントが圧倒的な火力で掃討していた。
さらに入手した魔石を王都に集めて加工し、高性能のマジックアイテムを量産して、無料で各地に提供する。
ダメ押しとばかりに壊滅状態の領地や町村に分身体を送り込み、命令系統を強引にでも一本化することで、新政権の統治を安定させた。
ちなみにその数は百人以上なため、やること成すことが規格外で驚きの連続だ。
しかし全てが国民のためなのは誰の目にも明らかで、各地に届けられた支援物資やマジックアイテム、それに戦闘力の高いゴーレム部隊に何度救われたかわからない。
なので大多数の人々は、ノゾミ女王様の新政権を心の底から歓迎したのだった。
だがそんな事情はともかくとして、今の私は飛行バスに乗って他の臣下と共に王都を目指している。
なお、辺境からは遠く離れているし街道も細くて曲がりくねっているため、すぐに到着とはいかず途中の町村で宿泊したり休憩することも良くあった。
そして今は復興の真っ最中で、何処も宿は満室なうえに誰も彼もが忙しそうに働いている。
しかし皆の顔には焦りや絶望ではなく、活力や喜びが浮かんでいた。
比較的大きな街に通りがかった飛行バスは、昼を少し過ぎた辺りで公園で停車して小休止することになった。
ノゾミ女王国になった今、街道の各所に築かれた関所は全て撤去され、町村の門は魔物以外は素通りである。
なので通行料金も支払うことなく快適に移動できるのだが、今も相変わらず厳戒態勢が敷かれているのは国境沿いの交易都市ぐらいだろう。
そして公園は飛行トラックの支援物資を積み下ろしたり、各地からやって来る荷馬車などの停留所になっている。
将来的にはちゃんとした施設を建てるらしいのだが、復興はまだ始まったばかりでそこまでの余裕がない。
ちなみに私たちのバスも駐車場として使って良いので、しばらく休憩である。
携帯食料には余裕があるが毎日それでは飽きてしまうため、飲食店で済ませたい人は自由にどうぞということになった。
なので、ついでに街を散策させてもらうことにする。
軽く見て回ると町民は誰もが希望の未来に向かって歩んでおり、それだけノゾミ女王様に期待していることがわかった。
実際に危ないところを助けられて、今なお全面的な支援を受けているのだ。
魔物の被害も激減して生活の質も向上しているし、これまでが悪かったのもあるが人生の絶頂期と言っても過言ではない。
明日が楽しみというのは、それだけでも生きていく原動力になるのだ。
そんなことを考えていると、やがて飲食店を見つけて私は躊躇うことなく扉を開けて中に入る。
「ふむ、昼から少し過ぎているのが幸いしたな」
カウンター席が一つだけ空いていたので、誰かに座られる前にと真っ直ぐに近づいていく。
時間は昼を少し過ぎているため、ちょうど空き始めたばかりかも知れない。
私は腰かけて一息つき、壁にかけられたメニューに目を通していく。
「どうぞ」
「ありがとう」
今までは飯屋で出される水には金を払っていたが、ノゾミ女王国から専用のマジックアイテムを提供された。
おかげで綺麗な水を無料で飲めるので、良い時代になったものだと思いながら乾いた喉を潤す。
(しかしやはり、サンドウ王国の料理が多いな)
ノゾミ女王国に併合されてから、まだ日が浅いのだ。
なので飯屋はサンドウ王国の定番料理が殆どだが、その中に珍しい物を見つけた。
興味が出たので、軽く手をあげて店主に声をかける。
「すまないが、じゃがバターというのは何だろうか?」
コッポラ領では別に珍しくないし、私もジャガイモを使った料理なのは知っている。
これは純粋に興味を惹かれたのだ。
「この料理はジャガイモ。……いや、元々は毒芋って呼ばれてたんだがな」
そこからの店主の説明は、私が想像した通りだった。
芋の芽を取り除いたり適切な保存方法を広めることで、瞬く間に主食としての地位を確立したのだ。
しかしジャガイモに合う乳製品の生産が間に合っておらず、少量でも成り立つじゃがバターを売り出した。
「今ではうちの人気料理の一つさ」
何故か誇らし気に胸を張る店主は、棚の上に飾られているノゾミ女王様を模したと思われる木彫りの人形に視線を向ける。
うちの国では名称はフィギュアとして販売されているが、これはそれを似せた劣化版のようで、フェザー兵器を翼のように広げて真摯に祈るポーズが瓜二つだ。
ただしこちらは本物の翼になっており、まるで幼い天使様のように思えた。
「聖女様のおかげで命も助かったし、毎日商売繁盛さ。本当にありがたい限りだよ」
そう言って店主は良い笑顔を浮かべ、両手を合わせて女王様のフィギュアに祈りを捧げる。
さらには聞いてもいないのに、他の料理も説明してくれた。
「こっちのトマト煮込みのハンバーグは、毒草の赤い実を使った料理だ。
下拵えに手間がかかるから、比較的割高だが──」
こちらも女王様が発信元のようで、今まで見向きもしなかった食物や調理方法を広めている。
その結果、今ではこの店の看板メニューになった。
頻繁に聞かれているのか、店主も説明を慣れているようだ。
「おかげで面白い話を聞けた」
「どう致しまして」
私はお礼を言って流れで注文に移ろうとすると、その前に入口の扉が開いて一人の幼子が入ってくる。
「一人なんですが、今空いていますか?」
彼女は町娘の格好をしているが、どう考えても身にまとう優雅さや威厳というものは隠しようがない。
それに自分にとっては、とても見慣れた少女である。
「はっ、はい! もちろんです!」
店主は明らかに正体に気づいているが、客として対応するようだ。
慌てた様子で奥の部屋に向かい、予備の椅子を引っ張り出してくる。
「そうですか。良かった」
彼女はホッと息を吐き、瑞々しい若葉や深緑のような色彩の長髪にそっと指で触れる。
まだ幼い身でありながら息を呑むほどの美しさを放っている女性を、私はこの世で一人しか知らなかった。
やがて店主が椅子を持って来て私の隣に置いて、悪いが少し奥に詰めるようにと促される。
指示に従って彼女のために隙間を開けると、申し訳なさそうな顔でカウンター席に腰かけた。
「お邪魔してしまって、すみません」
「いえ、お気になさらずに」
どう見てもノゾミ女王様だった。
彼女は次に壁のメニューを眺めるが、ここで何かに気づいたようだ。
はてと首を傾げて、私に顔を向ける。
「もしかして、ブライアンですか?」
「はい、そうです」
「では、王都に向かっている途中ですか?」
「その通りです」
女王様は聡明な御方だ。
移動の途中でこの街に立ち寄り、休憩中なことに察しがついたらしい。
彼女がなるほどと静かに頷くと、店主が恐る恐る声をかけてくる。
「あっ、あの、お二人はどのようなご関係でございますか?」
名言はしていないが正体はバレているので、私と彼女の会話に興味を惹かれたのだろう。
なのでどう答えたものかと考えていると、女王様が先に口を開く。
「関係は、知り合いですね」
「はい、その通りです」
女王様ははっきりと告げるが、別に間違ってはいない。
ここで上司と部下だと説明するとややこしくなるので、私が続けて伝える。
「最近になって勤務先が王都になりましたので、転勤するところなのです」
今の説明に彼女も肯定を示すために静かに頷くと、店主も納得してくれたようだ。
「なるほど、そういうことでしたか」
「そういうことなのです」
女王様が微笑みながら告げると、店主はそれ以上は踏み込んでこなかった。
その一方で私は壁のメニューを見て、あまり長話していると休憩時間が終わってしまうと考え、このタイミングで注文を行う。
「店主、トマト煮込みのハンバーグを頼む」
「わかりました。しばらくお待ちください」
彼も承諾して調理場に移動して、早速料理を作り始める。
すると女王様が懐に手を入れて何かを確認したあと、しまったという顔をして尋ねてきた。
「ブライアンは、お金は持って来ましたか?」
「金銀銅の貨幣を一通り所持しているので、大丈夫ですよ」
私は腰に下げている革袋を軽く叩くと、貨幣が擦れる音が微かに響く。
しかしそういう女王様はどうなのかと、気になって尋ねてみる。
「貴女はどうなのですか?」
「……ポケベルなら」
そう言って彼女は持ち歩いている鞄ではなく、小さなポケベルを私に見せる。
嫌な予感がして料理をしている店主に視線を向けると、話を聞いていた彼は何とも困った顔をした。
そして次に首を横に振ったことから、どう考えても駄目だと判断する。
「この料理店は、引き落としには対応していないそうです」
「……ですよね」
うちの女王様は仕事は完璧なのに、こういう変なところで失敗することが多い。
だが全てにおいて隙がない人物より、少し抜けているほうが人間らしくて可愛いと私は思う。
結果、女王様は頭を抱えて考え込むハメになるのだ。
「こんなことなら、お供を連れて来れば良かったです!
しかし私は高級店も良いですが、庶民的な料理店も好きなのですよ!」
それに彼女はどんな人や場所でも良いトコロを見つけるのが上手く、褒められたり好意を持たれて悪い気はしないので、大多数の国民からは人気なのだ。
ついでに見た目の愛らしさもあって、私もつい助けたくなってしまう。
「では、ここは私が立て替えておきましょう」
「ありがとうございます。ブライアン」
別に好感度を稼ぎたいとは思っていないが、困っている女王様を放置して良いわけがない。
「では食事を終えたら、貴方の口座に振り込んでおきますね」
安堵の表情で私を見つめる女王様に、こちらも内心で解決して良かったと静かに息を吐く。
もし店主がお金は取らずに無料で良いとか言い出したら、彼女は素直に受け取らないのでややこしくなるからだ。
何にせよあまり待たせるのは悪いので、女王様に率直に尋ねる。
「ところで、何を注文されるのですか?」
「では、私もブライアンと同じものを」
女王様は私と同じトマト煮込みのハンバーグを頼んだ。
すると店主が景気の良い掛け声を口に出す。
下拵えが必要で手間がかかるため、料理が出てくるまでしばらく待つ必要がある。
彼女はそこであることに気づいたのか、持ち歩いている鞄に手を入れて何かを探していた。
「ちょうど良い機会ですし、ブライアンに渡しておきますね」
鞄の中から出てきたのは綺麗な板で、それはカウンターの上に静かに置かれた。
見た目は薄くて広い、長方形の石版のように思える。
「普段は二つ折りになっているのです」
女王様がそう言って開くと、両面が鏡のようになっていた。
するとすぐに明かりが灯り、下側の板に無数のスイッチが浮かび上がる。
「これはノートパソコンというマジックアイテムです。
ブライアンなら問題なく使いこなせると思いますよ」
何の説明にもなっていない。
だが女王様が下方のスイッチがたくさん並んでいる板に軽く手を触れると、上のガラス板にも明るい光が灯った。
「テレビジョンですか?」
「近いですが、少し違いますね」
表示されているのは日本語のようだ。
様々な項目が並んでいて、女王様は下方のスイッチを操作する。
すると次々と画面が開いたり閉じたりし、とても興味を惹かれた。
「こういう複雑な道具は、習うより慣れろです。
王都に到着したら詳しく説明しますが、バスの移動中は退屈でしょう。
その間に軽く触れて学んでおくといいですよ」
女王様が、ノートパソコンを私の方に移動させた。
自分もおっかなびっくりで軽く触れて色々と試すと、ポケベルを事務仕事用に拡張や改良したマジックアイテムだとわかる。
「一部の機能はまだ使えませんが、情勢が安定したら解除されるでしょう」
使用できないのは、ネットワーク機能というらしい。
私には何のことか良くわからないし、今は基本的な使い方を覚えるので精一杯だ。
しかし最初は驚き戸惑っていたが、好奇心が刺激されて新しい玩具をもらったように夢中になる。
「これはとても軽いですね」
「持ち運びやすいように改良してあります」
確かに便利な道具は常に持ち歩きたくなるので、軽量化魔法がかけられているのはとても助かる。
そのまま女王様と話していると、外から巨大な何かが風を切るような音が聞こえ、あまりにも突然だったので驚いて顔を上げる。
「何の音でしょうか?」
「ミスリルジャイアントが、近くを飛んでいる音ですね」
女王様は特に気にしていないのか平然と答え、トマト煮込みハンバーグを調理している店主が作業を続けながら、私の疑問に答える。
「お客さんは初めてかも知れないが、そこまで珍しくはないぜ!
守護神様が魔物を退治するために、空から見張ってくれてるんだ!」
得意気に説明する店主の回答を聞いた女王様は、少しだけ困った顔をした。
すぐに普段通りに戻って、私に声をかける。
「地方の要請を受けて派遣して、現場の魔物の群れを殲滅し終えたのです。
エネルギー補給のために、王都に帰還する途中のようですね」
「なるほど、把握しました」
コッポラ領からミスリルジャイアントが出撃し、王都を魔物の大軍勢から守ったことは聞いていた。
勇者との試合で空を飛んだり戦ったりしていたが、どうやら今は忙しく各地を飛び回っているようだ。
「しかし、ミスリルジャイアントは無補給でも問題ないのでは?」
「今は無人ですし、魔物が多すぎて回復が間に合わないのです」
確かに今の女王様は多忙極まりなく、魔石の加工もあるし王都からは離れられない。
私を呼び出したのも、その辺りを多少なりとも緩和するためだろう。
「仕事が忙しくても死にはしません。
ですが、今のままだといつ現実に戻れるやらですよ」
女王様は周りに聞こえないように、気をつけて呟く。
そして大きな溜息を吐いた。
仕事が多忙でも心身の負担は殆どないようで、とんでもない御方だと思い知らされる。
私なら過労で倒れてしまうし他の人々も同様なため、唯一の例外は彼女だけだ。
それでもやはり内心では嫌々らしく、少しだけ不満気な顔をしていた。
ちなみに幼い美少女がプンスコしている様子は、外から見ると大変微笑ましく映る。
自分だけでなく周りの人たちも、ホッコリした気分になった。
そんなこんなでトマト煮込みハンバーグが二人分できあがり、目の前に置かれる。
食欲を誘う香りが鼻をくすぐり、美味しい物を食べてすぐに機嫌が治った。
いくら可愛いとはいえ、不機嫌なままでは政務にどんな悪影響がでるかわからないし、女王様には笑顔でいて欲しいので自分も頑張って手伝おうと、内心で気合を入れるのだった。




