第49話 併合
サンドウ国王の呼び出しを受けた私は護衛と秘書、そして勇者パーティーを引き連れて騎士の案内で王城に向かった。
ちなみにミスリルゴーレムは身長が五メートルもあるため、城内には入れずに外で待機だ。
当然のように武器は持ち込み禁止で、キャンピングカーの中に置いておく。
念のために結界を張っておいたので部外者は近寄れないし、非常用の護符などはこっそり隠し持ったので問題はないだろう。
王城だが、外壁はあちこち損傷している。
しかし魔物の侵入は防ぎきったようで、中は比較的綺麗だった。
謁見の間の一番奥にある玉座に座っている中年男性は、豪華な衣服で王冠をかぶっている。
「このたびは魔物を討伐し、よくぞ王都を守ってくれた! 誠に大義である!」
今大きな声で喋っているのが国王なのは、ほぼ間違いないだろう。
周りには同じ王族の者や、他にも大勢の家臣や騎士たちが控えていた。
「のちほど褒美を取らすが、今はそちらの聖女に聞きたいことがある!」
私は国王に平伏すこともない。
勇者と同じで、立ったままで話を聞いていた。
これは今後は天原を統治者に仕立て上げてサンドウ王国を丸ごと乗っ取るため、膝をつけて服従の姿勢を取らなくても良いかなと判断したのだ。
そんな私の心境は知らずに、玉座に座った彼は堂々と質問してくる。
「もしやと思うが聖女は、ノゾミ女王ではあるまいか?」
「その通りですが、それが何か?」
はっきり答えた瞬間、謁見の間がざわめいた。
そして国王は顎髭を弄りながら少し考えて、おもむろに口を開く。
「ならば今後は、魔王ではなく聖女と呼ぼう!
国民に良く言って聞かせようではないか!」
魔王認定が解除されるのは、人間との友好が一歩前進したことを意味する。
だがそれだけで済むとは到底思えないため、私は率直に尋ねた。
「その見返りに、貴方は私に何を望むのですか?」
やはり予想通りだったようで、国王は私を値踏みするように上から下まで見つめる。
そして少しだけ考え、おもむろに口を開く。
「聖女には、儂の息子と結婚してもらおうか」
政略結婚は昔から良く行われているし、家族になれば協力関係を築ける。
ノゾミ女王国とサンドウ王国が、表と裏の両方で手を組むメリットは大きい。
しかし国王が様々な無理難題を押しつけてくるのは目に見えているし、何よりも大きな問題がある。
(私はゴーレムだから子供はできないしなぁ)
自分は幼女の姿をした人形で、エルフそっくりだが中身は完全に別物なのだ。
一応五感はちゃんとあるし、それらしく振る舞っているので周囲の者たちは気づかない。
だが結婚すれば、世継ぎを作ることになる。
国王も私の能力を受け継ぐ子供を産ませて、さらなる繁栄をと考えているのは容易に予想がついた。
そこまで考えた私は、大きな溜息を吐く。
「やはり、人間と仲良くするのは難しいですね」
次に国王をじっと見つめて、言葉を続ける。
「我が国では、女王に従う者は国民として庇護します。
しかし逆らったり罪を犯した者には、厳しい罰を与えるのですよ」
今の発言を受けて国王を含めた周りの者たちは、しばらく唖然としていた。
だがやがて自分たちのことを言っていると気付き、馬鹿にされたと思ったのか、国王はフンと鼻を鳴らす。
「ノゾミ女王よ! ここはお前の国ではない!
最高統治者は儂で、そもそも罪など犯してないわ!」
だが私はこの程度では止まらず、意義ありとばかりにビシッと指を差した。
「勇者を召喚したことで大気中の魔力滓が増加し、全世界の魔物が活性化しました!
この度サンドウ王国に危機を招いたのは、国王と周囲の者たちの責任ですよ!」
私の発言に国王はたじろぐが、次にこちらを威圧するように大声で怒鳴る。
「そっ、そのようなこと! 儂は知らん! 知るものか!」
だが冷や汗をかいているので何か知っているのはバレバレだし、家臣や騎士たちもさり気なく視線をそらす者が居た。
全員ではないが一部の者は、災厄を招くとわかっていて止めずに協力したのだろう。
「今の反応だけで十分ですね」
そこに至った経緯は予測しかできないが、今さら過去を振り返っても多くの国民の命を奪った事実は変わらない。
下手をしたらサンドウ王国が地図から消えていた程のやらかしに、私ははっきりと発言する。
「やはり貴方に、国王を任せてはおけません!」
「なっ、何だと!?」
彼は自分の罪を認めようとしない。
しかし国民がこの事実を知れば、間違いなく吊るし上げられる。
是が非でも隠そうとするのも無理はないが、私は自分と善人には優しく、悪人には厳しかった。
時と場合に応じて方針を変えることもあるが、現時点では国王やその関係者を許すつもりはない。
「犯した罪を認めて、今すぐ国王の座から退きなさい!」
私がさらに一歩進むと、国王はたじろぎつつも青筋を立てて叫ぶ。
「小娘! 誰に向けての発言なのか、わかっておるのか!」
「国王様に、何と無礼な!」
「どうやら殺されたいようだな!」
最高統治者だけでなく周囲の取り巻きも大騒ぎするが、私はもはや何処吹く風である。
今回の魔物の大軍勢により、王都だけでなく進路上にある町村は壊滅的な被害を受けた。
誰が責任を取るかと言えば、やはり召喚の儀式を押し進めた国王や家臣たちだ。
「貴方たちが隠している勇者召喚の事実を、国民に公表しても良いのですよ!」
「やっ、止めろ! そんなことをすれば!」
今の発言で魔素が枯渇するのがわかっていながら、勇者を呼び出したことを理解した。
ついには会話を聞きつつも事情を知らない者たちがざわめき始めて、混乱は広がる一方だ。
すると国王もいよいよ不味いと思ったのか、天原に視線を向けて大声で命令する。
「ええい! 勇者よ! 儂を助けよ! 邪悪な魔王を倒すのだ!」
もはや形振り構っていられないようで、今度は勇者にすがりつく。
しかし、今さらそんなことをしても無駄である。
「悪いが王様。俺たちはノゾミに付くことにしたんだ」
三人娘は国王の威圧に耐えかねて、気まずそうに視線をそらしている。
だが家の事情で私に襲いかかってくることはない。
板挟みであっても、黙って成り行きを見守っているだけだ。
「ええい! 裏切り者どもが! もう良い!
役に立たぬ勇者など! 消えてしまえ!」
怒り心頭の国王が謎の呪文を唱えると、天原の体が透け始める。
彼の言葉はデータベースに登録されていないので、きっと光の女神様独自の術式だろう。
さらに詠唱を詳しく解析すると、送還魔法の術式が組み込まれていることが判明する。
「これは! 体が!?」
天原は取り乱しているが、私は想定したパターンの一つだったので落ち着いていた。
(国王に仕立て上げるプランが駄目になったけど、送り返す手間は省けたね)
彼とはそこまで長い付き合いではなく、知り合い以上で友達未満だ。
なので急なお別れになっても別に寂しくはなく、ここは国王を止めずに成り行きを見守ることにした。
だが三人娘は違ったようで、天原にピッタリくっついている。
「俺に近寄るな! 送還魔法に巻き込まれるぞ!」
「構うものか!」
「私も最後までお付き合いします!」
「以下同文」
様子は常に観察していたが、まさかここまで好感度が上がっていたとは思わなかった。
やはり人の心を完全に見通すのは難しく、自分は恋愛に興味がないので特に鈍い。
「たく! 本当に馬鹿ばっかりだな!」
嬉し涙を流す天原に近づいたからか、送還魔法に巻き込まれて四人の体が透け始める。
それを見た私は、反射的に一歩足を踏み出した。
(三人娘が巻き込まれたってことは、私も便乗すればあっちの日本に戻れるかも)
しかし、ここまで考えたところで足が止まって動けなくなる。
何しろ今の自分は人間ではなく、ゴーレムだ。
さらに同じ世界、同じ時間の日本とも限らないし、運良く家族や友人と会えても誰もノゾミだと信じないだろう。
(もっと言えば、あっちに戻っても実験体になるの確定じゃん)
自分の体が人間だったら多少はマシな扱いかも知れないが、あいにく人形だ。
人類にとってはロボットが心を持って喋って動いてるようなもので、ノゾミ女王国で普通に受け入れられても、地球人類とは相性最悪である。
余計な精神ダメージを受けるだけでなくろくな目に遭わないことが確定し、私は大きな溜息を吐いて天原の言葉を聞く。
「悪いな。国王になる約束は、果たせそうにない」
下半身が殆ど消えている天原が、とても良い笑顔で私に話しかけてきた。
なのでこちらも微笑みかけながら、返事をする。
「構いませんよ。それより無事に生きて送還されるか、私は心配です」
「ははっ、違いない。
けど、たとえ死んでも悔いはないぜ」
天原は平和な日本ではできないことを、数多く実現したのだ。
今がまさに人生の絶頂期と言っても過言ではなく、満足そうに笑っていた。
三人娘も彼と一緒に行けて嬉しそうなので、私からはこれ以上は何も言うことはない。
「わかりました。さようなら、天原光章。向こうでも元気で」
「ああ、色々世話になった。ノゾミ。お前も元気でな」
三人娘も別れの挨拶をしようと口を開きかけたが、ここで送還魔法が完成して完全に消え去ってしまった。
しかしその途中で、装備やマジックアイテムなどは、世界の壁に弾かれたようで、その場に残っていた。
。
なので私はジェニファーとレベッカに顔を向けて、速やかに回収するように指示を出す。
だがここで、今まで沈黙を守っていた国王が大声を出す。
「次は貴様の番だ! 魔王!」
どうやら律儀に待っていてくれたようで、それはありがたいが彼の罪を軽くするつもりはない。
そんな私の心境を知らずに、国王は得意そうにふんぞり返って声を出す。
「これでお前を守る者は、そこの四人だけだ!
もし服従を誓えば、これまでの無礼を許してやらんこともないぞ!」
勇者は居なくなったし、謁見の間には武器を持ち込めない。
いくら護衛が優秀でも素手で多数を相手にするのは無理だと判断し、国王は己の勝ちを確信しているようだ。
「それに謁見の間には、強固な結界が張られている!
外に逃げたり救援を求めるのは無駄だ!」
騎士や家臣の大多数は私と敵対することに納得していないが、国王の命令には逆らえない。
なので彼が目配せすると、すかさず出入り口を塞ぐように動き出した。
しかし私は慌てず騒がずに落ち着いて、目の前の最高統治者にはっきりと告げる。
「確かに強固な結界でしたが、私はそういうのを何とかするのが得意なのですよ」
にっこりと微笑みかけると、国王の表情が明らかに強張った。
「実は私が謁見の間に入ったときから、ここでの会話の一部始終を王都の民衆に聞かせてあげていたのです」
どれだけ強固な結界を張ろうと、術式を丸ごと上書きすれば関係はない。
なのでキャンピングカーやミスリルジャイアントの外部スピーカーを使い、謁見の間での会話を爆音で生放送してやったのだ。
風魔法も併用しているので、王都の隅々まで響き渡っている。
「では、そろそろ結界を解除しますね」
今までは分厚い結界で外と完全に遮断していたので、謁見の間は音や人は入って来られなかった。
なのでこの場に居る者は、扉の外が騒がしくなったと感じただろう。
実際に謁見の間の大扉が外から開けられ、息を切らした何人もの兵士が駆け込んできた。
「大変です! 国王様!」
「至急! 報告したいことが!」
「王都の民衆が暴動を!」
そして謁見の間の公開生放送は、今も続いている。
既に王城の前は大勢の民衆で溢れかえり、聖女を解放しろや国王を許すなと、抗議の声が上がっているのだ。
たとえこれまでの私の推測が間違っていたとしても、一度ついた火は盛大に燃え上がって消すのは難しい。
国王が今さらどう弁明しようと実は彼が無罪であろうと、民衆の怒りは簡単には収まらない。
「さあ! どうしますか!」
「おっ、おのれ! 小娘がぁ!」
ここまで追い詰めれば取るべき選択肢は一つだと思うのだが、国王はまだ諦めていないようだ。
「皆の者! 魔王を斬れ! 殺せ!」
「でっ、ですが!」
「これは王命だ! 従わぬ者は斬首刑だぞ!」
国王も必死だが、もはやどう転んでもろくな結末にならない。
そして家臣や騎士たちは、王命や斬首と言われても動けなかった。
もはや何が正しいのかわからずに、混乱するばかりのようだ。
ならばと、私は国王を真っ直ぐに見つめて大きな声を出す。
「愚かな国王ですね! 貴方に統治される国民が哀れでなりません!」
そう言って私はドレスの隙間に隠し持っていたソードフェザーを展開して、青白い刃を国王の喉元に突きつける。
彼や家臣たちはあまりの急展開に息を呑むが、ただ驚くばかりで言葉もない。
「今後はサンドウ王国はノゾミ女王国に併合し、貴方は国王を退位してもらいます!」
「なっ、何を勝手なことを!」
辛うじて喋れたのはそれだけで、青白い刃をさらに近づけるとすぐに押し黙る。
「私が勝手なのは、自分が一番良くわかっていますよ」
やはりもっとも大事なのは自分である。
なのでサンドウ王国は地図から消えてもらい、今後はノゾミ女王国が吸収することにした。
最初は勇者を国王にして全面支援を行う予定だったが、元の世界に帰ってしまったので仕方ない。
おかげで召喚魔法陣も停止したし、終わり良ければ全て良しだろう。
それはともかく私は国王に向かって、堂々と発言する。
「今のサンドウ王国は魔物が溢れかえり、国土の殆どが壊滅状態です。
ここから立て直すのは、容易なことではないでしょう」
直接確認したのは、王都や通り道にあった町村ぐらいだ。
けれど酷い有様には違いなく、魔物の大軍勢には勝利しても国は疲弊しきっている。
しかもいつまた襲われるかわからないため、油断ならない状況だ。
私はそのことを国王に伝えて、大きな声で尋ねる。
「貴方には、それができるのですか?」
「あっ、当たり前だ! 儂は国王だぞ!」
その自信が何処から来るのかはわからないが、ぶっちゃけ何の根拠にもならない。
とは言え、肩書や成り行きで女王をやっている自分も似たようなもので、人のことを言えなかった。
なので今までのことを振り返りながら、息を吐いて正直に告白する。
「私は女王ですが、貴方ほど自信満々にはなれませんね。
いつも失敗に怯えながら政務をしていますよ」
だが実際のところはマイペースで深く考えずに、明るく前向きが取り柄だ。
失敗したらその時はその時だと開き直り、不安や怯えはあっても身を震わせて顔を青くするほどではない。
しかしサンドウ国王は違うようで、少しだけ自信を取り戻したようだ。
「やはりお前より儂のほうが、統治者としての格が上のようだな!」
「ええ、そうかも知れませんね」
謎の統治者マウントを取ってくるが、私は大人の対応で適当に流す。
それでも彼を真っ直ぐに見つめて、堂々と発言する。
「ですが私は! 政務に失敗しても、国民に隠したり言い訳はしません!」
「……ぐっ!」
国王が言葉に詰まる。
見通しの甘さで魔物を王都に呼び込み、国家を危機に晒したことを思い出したのだろう。
ちなみに自分は、そこまで大きな失敗はまだしていない。
転びそうになっても未来予測で回避して、上手く受け身を取っているので実質ノーダメージである。
なので本当に失敗したら悪くないもんとすっとぼけるかも知れないが、その時はその時だと先のことは考えないようにした。
あくまで現在の心境としては、そんな感じである。
いつもの自己中心的でマイペースさを発揮して、国王に続きを話していく。
「もし王位を明け渡さなければ、無理やりにでも引きずり下ろします!
貴方のような愚か者よりは、まだ私が統治したほうがマシだからです!」
真剣な表情で国王を見つめると、彼は冷や汗をかいて恐怖に顔を歪める。
見た目は幼女なので、睨まれても可愛いだけなのだ。
しかし言葉の槍がグサグサ刺さるし、先程から青白い刃も突きつけている。
やがてもはや逃げ場なしと悟ったのか、彼は深く項垂れて震えながら口を動かす。
「……わかった。ノゾミ女王の言う通りにしよう」
この発言をした国王は、一気に老け込んだ。
心身共に疲れきっているようで、今の彼からは覇気を感じない。
「理解していただけたようで、何よりです」
決して穏便とは言わないが、戦わずに話し合いで解決できたのは良いことだ。
そして勇者とは急な別れになったので少しだけ残念だけど、別にそんなに深い仲ではない。
ならば彼は三人娘と仲良くやっていると信じておけば、それで十分だろう。
とにかくサンドウ国王には玉座から退いてもらい、幼女なので床に足がつかずに何とも不格好ではあるが、私はこの国の新しい女王になったのだった。




