第48話 戦いを終えて
ミスリルジャイアントと勇者が参戦したことで、魔物の大軍勢を退けることができた。
完全に殲滅できたわけではないものの、フルバーストの一斉射撃を受けて、どう足掻いても勝ち目がないことを本能的に理解したらしい。
まるで波が引くように、全ての魔物が慌てて逃げ出したのだ。
天原は追撃したがっていたが、人類側の疲労はほぼ限界に達している。
これ以上の戦闘続行は、不可能だった。
勝利の興奮で感覚が麻痺しているが、気分が落ち着けば疲れがドッと押し寄せて、立っていることさえ辛くなるはずだ。
私はミスリルジャイアントを操作して、夕焼け空をバックに難民キャンプとなった広範囲結界に近づく。
そしてキャンピングカーの近くの人たちに退いてもらい、ゆっくりと降下させる。
着陸したあとは片膝をついてコックピットを開け、大きな手に乗って本体も地面に足をつけた。
「女王様! お怪我はございませんか!」
「私は大丈夫です」
にっこりと微笑みながら返事をすると、駆け寄ってきたレベッカとジェニファーがホッと息を吐く。
「それと、今回は女王なのですね」
「あっ、あれは! 聖女様と呼んだほうが求心力を得られると思いまして!」
確かに何も知らない人に女王だと言っても、自称がつくだけで終わる可能性が高い。
しかし実際にマジックアイテムで奇跡を起こせば、聖女のほうが求心力を得られるだろう。
そのことを理解した私は、慌てて謝ろうとした二人に気にしていないからと答えを返す。
次にうちの国民だけでなく難民も続々と集まって何やら祈りを捧げる中で、周りを見回してある人物を探した。
するとすぐに見つかったので、今度はそちらに歩いて行く。
「勇者」
「ああ、お前か」
天原は木箱に腰かけて、干し肉を齧っていた。
怪我一つなく元気なのには違いないが、いつもと違ってやけに落ち着いて見える。
「普段と雰囲気が違いますが、何かあったのですか?」
ちなみに三人娘は、相変わらず勇者にくっついている。
いつ死んでもおかしくない激戦を生き延びられて嬉しいのか、連帯感が強化された以外は疲れて座り込んでいた。
それは置いておいて、今は勇者の様子がおかしいことが気になる。
「まあ、何と言うかな」
彼は少しだけ何かを考えるように夕日を眺めていたが、やがて私に顔を向けて口を開いた。
「願いが叶ったんだ」
とても真面目な顔つきで、明らかにいつもの天原ではない。
ジェニファーが椅子を持ってきてくれて、私はお礼を言って静かに腰を下ろす。
そのまま話の続きを黙って聞く。
「俺は勇者として、この世界に召喚された。
そういう展開に憧れてたし、後悔はしてない。
実際に楽しかったが、そろそろ頃合いだと思ってな」
「ふむ、頃合いとは?」
私は彼が何を言いたいのかがわからなかった。
だから率直に尋ねると、すぐに答えが返ってくる、
「召喚魔法陣を封印すれば、恐らく俺は死ぬだろう」
まだ詳しく調べていないし、封印しても天原が死なないと断言できずに私は言葉を詰まらせる。
しかしそのことについて彼が知りたいと言うのなら、現状でわかっていることを伝えていく。
「召喚魔法陣は勇者のスキルや肉体の維持に使われているのは、ほぼ間違いありません。
それが今も発動し続けている以上、その可能性はゼロとは言い切れないでしょう」
魔物の軍勢を倒したあとも、相変わらず召喚魔法陣は動き続けていた。
王都の魔素が低いのも変わらないし、やはり目の前の勇者と関係しているのは間違いないだろう。
「これは推測ですが、召喚魔法陣は別世界から勇者の魂を呼び出します。
そしてこちらの世界で、仮初の肉体と能力を与える術式が組まれているのでしょう」
今までに得た情報から予測したものだが、このような結論が出ている。
それを聞いた彼は何とも困った顔になり、やがて大きな溜息を吐いて項垂れた。
「魔物に王都が攻められたのは、俺が原因だ。だから悪いのは──」
「貴方は悪くはありませんよ」
はっきりと否定した私は、すぐに続きを話す。
「貴方はただ、勇者としてこの世界に呼び出されただけです。
魔物を活性化させた責任を問うなら、サンドウ国王やその家臣たちが妥当でしょう」
天原に罪もないとは言えないが、一番悪いのは勇者召喚の儀式を行った上層部である。
つまりサンドウ国王と計画を推し進めた家臣たちこそ、真に責められるべきなのだ。
色々やらかしている私も無罪放免とは言えないかも知れないが、それはそれこれはこれである。
ここに棚を作って一旦お預けしていると、勇者が顔をあげておもむろに口を開く。
「ありがとな。ノゾミ。
やっぱりお前は、良い奴だわ」
初めて名前を呼ばれたので、少しだけ驚いた。
そのまましばらく目を白黒させていたが、やがてコホンと咳払いをする。
「私が良い奴かはともかくとして、先程の発言は憶測で確証はありません」
つまり実際に召喚魔法陣をこの目で確認し、詳しく調べてみるまで断言はできないのだ。
「それに勇者が世に留まれば魔素濃度が低下するなら、召喚魔法陣を停止させるか送り返す方法がきっと残されているはずです」
勇者はただ存在しているだけで、日夜膨大な魔力滓を生み出すのだ。
いくら世界のバランスが崩れた際の備えだとしても、神様がそんな欠陥システムを作るはずがない。
少なくとも私は、そう信じている。
なので、ちゃんと勇者の送還魔法も存在するはずだ。
「それは本当か?」
「さっきも言ったように、実際に調べてみないとわかりません」
だが送還魔法が存在する可能性は高く、魂を元の肉体に戻すかその体のまま送り返すのかは不明だ。
とにかく王城に行ってみないことには始まらないけれど、天原は少しだが希望を持ったようだ。
何にせよ、ここから良い方向に進んでいくと良いなと思っていると、突然大声が響き渡り、私たちは条件反射でそちらに顔を向けた。
「突然失礼する! こちらに勇者と聖女がおられると聞いたのだが!」
何やらゴテゴテとした鎧を着用して、馬まで豪華な十名の騎士たちが難民を散らしながら大声をあげていた。
「国王様がお呼びである! 今すぐに王城に参られよ!」
ちなみに私がここに来た目的は、勇者を国王に祭り上げて人間たちと仲良くする。
さらには、召喚魔法陣を封印することだ。
図らずとも謁見の機会が巡ってきたと考えていると、天原が大きな声を出す。
「俺ならここだぜ!」
「おお! 勇者殿! 国王様がお呼びです!
お疲れでしょうが、今すぐ王城に向かっていただきたい!」
私は椅子に座ったままで、騎士たちの様子を観察する。
十人とも若いイケメン男性であり、体つきも別にそこまでガッチリしていない。
装備の性能は一般兵よりも高そうだが、魔物と戦えるのかと不安になる。
(もしかして、聖女の印象を良くするため?)
次に彼らは、勇者の近くに居る私の存在に気づく。
慌てた様子で馬を降りて、片膝をついた。
「国王様より聖女様をお守りするようにと、命じられております!」
「必要ありません」
「えっ?」
リーダーらしき騎士が驚きの声を口に出したので、私はフランクとロジャーを左右に立たせ、さらに五メートルもあるミスリルゴーレムに背中を守ってもらう。
さらには花がないと寂しいので、ジェニファーとレベッカにも付き添いを頼む。
「皆、私の信頼できる仲間たちです」
ちなみに聖女ではなくノゾミ女王だが、ここで訂正すると面倒なことになる。
取りあえず謁見が叶うまでは、黙っておくことにした。
「なっ、何という!?」
彼らはフランクとロジャーの装備に目を奪われ、次にミスリルゴーレムの白銀色の全身鎧やマジックアイテムに圧倒される。
騎士たちも、サンドウ王国からすればかなり質の良い物を取り揃えられていた。
しかし、ノゾミ女王国は遥か上をいく。
「とにかく護衛はこちらで用意するので、貴方たちは国王の元まで案内を頼みます」
「わかりました! ただちにご案内致します!」
そう言って彼らはひらりと馬に乗った。
ちなみに王城に向かう際にキャンピングカーを置いていくのは不用心なため、結界を解除して普通に乗っていくことに決める。
まだ生き残りの魔物が隠れ潜んでいるかも知れないが、あとはサンドウ王国に任せれば良い。
何でもかんでも、外から来た私が処理する必要はない。
しかし念には念を入れるということで、ミスリルジャイアントも王城付近に降下させる。
直接武力に訴えるつもりはないが、万が一に備えておくのだった。




