第38話 封印
色々あって勇者を倒した私は、ミスリルジャイアントを舞台の上に着地させる。
そのまま片膝をついて、胸部コックピットを開けた。
シートベルトを解除した私は外に出て、遠隔操作で大きな手を近くに持ってきて小さな足を乗せた。
「よいしょっ……と」
うっかり落っことさないように、慎重に動かす。
やがて地面の間際まで来たので、思い切って飛び降りた。
続いて仲間に回復魔法をかけられている天原の元に、真っ直ぐに歩いて行く。
「俺は、負け、……たのか?」
「そうです。貴方が負けて、私が勝ちました」
かなりの大怪我だったので、今は傷を癒やしている最中だ。
しかし勇者は相当頑丈なようで命に別状はなく、気絶から復帰して私に問いかけてくる。
仲間に支えられている彼はこちらを見つめて口を閉ざしているので、私は続きを話す。
「部下になってくれるんですよね?」
「ああ、そういう約束だからな」
てっきり反対すると思ったのだが、意外とすんなり部下になってくれるようだ。
しかし私は、すぐ信用することはできない。
天原は野心を持っているし、心の裏まで見通すことなどできないからだ。
「まあ、急に信用しろというのは無理か」
彼は肩をすくめて見せるが、向こうも私のことを簡単には信用しないだろう。
従順に従っているように見えても、見ていないところで何をやらかすやらだ。
なので私は真剣な表情で彼を見つめて、はっきりと声をかける。
「私と契約してください」
「いいぜ。本来ならこの場で殺されても、文句は言えないからな」
彼の思惑はわからないが、言質は取った。
私は表情を変えずに意識下でデータベースに接続し、領内に入ったときから仕掛けておいた封印を起動する。
見た目に変化はなく外から見ただけでは気づかないが、天原はあからさまに動揺した。
そして驚愕の顔をこちらに向け、大声で叫ぶ。
「お前! 俺に何をした!」
「勇者の力を封印させてもらいました」
「何だと!?」
まだ怪我が完全には治っていなかったが、彼は慌てて起き上がる。
続いて怒りのままに、私を魔法で攻撃しようとした。
しかし天原には残念だが、何も起きない。
けれど諦めずに様々な魔法を唱えたし、何とか発動させようとしたがやはり反応はなく、さらにステータスウインドウさえ開けず、明らかに絶望の表情に変わる。
「元に戻しやがれ!」
「いいですよ」
私が封印を解除すると、すぐに彼の右手から火球が出現する。
それは空中に留まり、天原は驚いたあとにそれを右へ左へと動かした。
ここまでして、ようやく安堵の息を吐く。
「一体どういう魔法だ!」
「秘密です」
こっちの手の内を、仮想敵にバラす趣味はない。
なので、適当に誤魔化しておく。
ちなみにカラクリを説明すると、勇者はこの世界に召喚される際に、光の女神様から御加護を受ける。
だが現実は神々が残した魔法陣の効果で強力なスキルが付与されるため、魔力的な何かが作用しているため干渉できる。
(封印できたってことは、創造神様の加護よりは数段劣るね)
なお、勇者召喚は過去に一度しか行われていないが、頻繁に現れたり消えたりする所属不明の謎の冒険者が世界中に大勢居たらしい。
そこで私は前者は光の女神様が残した召喚魔法陣を使って現地人が呼び出し、後者は創造神や他の神様が自らこの世界に招き入れたと予測した。
後半に関しては、そうじゃないと別次元を頻繁に行き来するなど不可能だろうし、多分そこまで的外れではない。
ただ各々の神様が降臨しなくなるのと比例して、謎の冒険者たちも段々と姿を見せなくなっていく。
彼らは最近どころか遥か昔の伝承にしか残っていないため、洒落た言い方をすれば随分前からここは閉じられた世界と言っても過言ではないだろう。
そう思っていたのだが、今回は何故か勇者が呼び出された。
(光の女神様の置き土産は、普通に使えるんだね)
神様が招き入れるのではなく、現地人の意思で別世界から人を呼び出したらしい。
多分だが謎の冒険者とは違う場所から、異なる方法で強制的に引き入れたのだろうが、そういうのもあるのかと少し驚いた。
(恐らくは正規の方法じゃなくて、緊急事態の備えかな)
多分だが世界の危機などのいざという時に備えて、現地人のために残しておいてくれたのだろう。
おかげで神様ではないが、権限を譲渡されただけの私でも問題なく干渉することができる。
まあとにかく彼には、領地に入ってから密かに魔力を送り続けていた。
おかげで試合を行う前に、かなりの割合を上書きすることができた。
しかし創造主様よりは劣るとはいえ、流石は光の女神様の御力だけはある。
結局、厳重に封印できたのは勇者のスキルのみだ。
そしてそのような事情があったことは秘密にしつつ、コホンと咳払いをして口を開く。
「私の能力は教えませんが、これ以上追求すればまた封印しますよ?」
「うぐっ!」
天原を黙らせた私は、落ち着いて続きを話していく。
「それで貴方は私の部下になったわけですが。
こちらから要求することは、そう多くはありません」
渋々ながら聞く姿勢になったようで、三人の仲間と一緒に私の話に耳を傾けている。
ここで暴れられたら取り押さえるのが面倒なため、良いことだ。
「貴方がサンドウ国王になったら、ノゾミ女王国と末永く仲良くすることです」
「「「……はっ?」」」
彼だけでなく仲間の女性たちも、揃って唖然とした表情を浮かべている。
けれど私は気にせずに、続きを話していく。
「私は貴方に特に思うところはありませんし、仲良くできるならそれで良いのです」
むしろ勇者のネームバリューは大きく、彼がサンドウ王国の支配階級になってうちと友好国になれば、周辺諸国もおいそれとは手出しできなくなる。
「ですが、召喚魔法陣はとても危険です。
放置はできません」
人類の滅亡を回避するために強力な存在を呼び出す魔法陣は、便利ではあるが同時に危険でもあった。
現に彼は並々ならぬ野心を持っているし、たとえ強制送還魔法が存在するとしても放置はできない。
さらには続けて第二、第三の勇者が呼び出されないとも限らない。
今回は意外と話が通じたし、試合で勝てて事なきを得たが、次はどんな勇者が呼び出されるのか全くわからないのだ。
試しに私は天原の仲間に顔を向けて、率直に質問してみる。
「サンドウ国王や家臣たちも、勇者を手懐けるのは苦労したのでは?」
今の発言を聞いた天原は、明らかに不機嫌そうな顔になる。
だが三人娘は別で、揃って冷や汗をかいて視線をそらした。
どうやら私の予想は当たっているようで、やっぱりかと溜息を吐く。
そのまま少しだけ考えて、発言をする。
「勇者にとって魔物は敵ですし、ノゾミ女王国を滅ぼすことに躊躇いはないでしょう」
きっと勇者のスキルの影響で、魔物を殺すことに抵抗がなくなっているのだろう。
さらに天原は世界征服を企んでいるため、人間の味方とも言い切れない。
本当に頭が痛い問題で、私が彼のスキルを封じなければ別の意味で人類の危機になってもおかしくなかったのだ。
「本当に勇者とは、厄介な存在ですね」
もっと言えば召喚には大量の魔力を使うため、一時的に魔物の活性化も起きてしまう。
だから光の女神様は人類がヤバくなるまでは絶対に使うなと、念押ししたのだろう。
勇者パーティーの三人娘は小さく縮こまっていたが、ただ巻き込まれただけの彼女たちを責めても意味はない。
なので私は場を仕切り直すために、軽く咳払いをして話題を変える。
「私は、勇者の召喚魔法陣を封印します」
「「「えっ!?」」」
この場で私やゴーレムを除く全ての者が、驚きの声を出した。
「もし封印しなければ、彼らは再び勇者を呼び出す危険性があるからです」
いくら再召喚は時間がかかるとはいえ、あれは彼らにとっての希望だ。
諦めずに挑戦し続ければ、いつか魔王認定された私を倒せると思っているだろう。
だがそのたびに大気中の魔素濃度が低下して、魔物が急増するのは非常に困る。
しかしサンドウ王国の切り札を封印などさせてくれるはずがないし、当然激しい抵抗が予想された。
そこで私は真面目な顔で天原を見つめて、堂々と声をかける。
「彼らが二度と愚かな過ちを繰り返さないためには、現体制を一度解体して国家の膿を取り除く必要があります」
すると彼は私の目的から自分の役割を察したのか、不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「風通しを良くしたあとに、俺にサンドウ国王を継がせるのか?」
「そうです。性格や能力はともかく、知名度だけなら国王として相応しいでしょう」
足りないところは私がフォローすれば多分何とかなるが、問題は天原が指示通りに動いてくれるかだ。
その辺りのことが気になっていることに気づいたようで、彼はすぐに返事をする。
「構わねえぜ。俺はお前の部下だし、国王の椅子に座ってふんぞり返ってるだけで済むなら、気楽なもんだ」
しかし彼の発言を聞いた私は、引きつった表情を浮かべた。
「何でもかんでも丸投げされては困るのですが」
「言われた通りに、国王になってやるんだぜ?
それとも俺に、統治能力があると思うか?」
私は彼のことはまだあまり知らないが、見たところ自分と同じ行き当たりばったりの脳筋タイプだ。
自分だって水面下ではヒーヒー言いながら統治しているので、天原の能力的にはかなり不安である。
(私なら未来予測で適時修正が可能だし、今は良しとしておこう)
仕事を全部こっちにぶん投げてうまい汁だけ吸おうとしているが、勇者が大人しく国王をやってくれるのだ。
今はそれで良しにしておき、あとで少しずつ修正していけばいい。
なので私は釈然としないものを感じはしても、取りあえず大人しく指示に従ってくれるだけマシだと割り切る。
そしてサンドウ王国に今回の件を誠に遺憾であると抗議し、再び和平交渉を行うために準備を進めるのだった。




