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第28話 フランク その3

<フランク>

 ノゾミ女王国はコッポラ領に食糧支援を行うと約束し、使節団の半数は辺境伯に報告するために帰国することになった。


 既に第一陣として十トン飛行トラックも三台同行して、代表であるブライアンは領主を説得するために一緒に戻るらしい。


 それは別に構わないのだが、不安がないわけではない。

 コッポラ辺境伯は野心家で、激情にかられると聞く耳を持たない。

 だが戦闘や兵を率いる能力は高いので、魔物の被害が多発する辺境を治めているのは有名だ。


 なので護衛として同行する俺たちとしては、一悶着ある予感がしたのだった。




 大型バスと三台の十トン飛行トラックは開拓村を通過して、食料と使節団を乗せてコッポラの街へと向かう。


 事前に連絡を出しているので、領主が寄越した大勢の護衛が厳重に周囲を守っている。

 しかし明らかにこちらを警戒しており、魔物からではなく俺たちを逃さないためなのはバレバレであった。


 女王様も事前に未来を予測して警告していたので、飛行トラックや大型バスを操縦したり護衛する者たちは、戦闘能力が高く完全装備の精鋭揃いだ。


「予想はしてたが、まさかここまであからさまとはな」


 俺は助手席から外の景色を見ながら呟くが。運転手も同意なのかハンドルを操作しながら苦笑している。


 ちなみに今回は、ゴーレムは同行していない。

 ウルズ大森林では彼らが頼りになる仲間なのは当たり前だが、外の世界では青だろうが赤だろうが関係なく攻撃されるからだ。


 巨大なマジックアイテムにも驚き警戒しているが、取り囲むだけで襲ってこない。

 もしゴーレムが乗っていれば、問答無用なのだろう。




 辺境伯の兵士に歩調を合わせていたので、魔物や野盗の襲撃はないがかなり時間がかかる。

 それでも何とか無事に、コッポラの街に到着した。

 領内で一番栄えているので多くの人が集まっていて、正門付近はとても混雑しているのがわかる。


「わかってはいたが、城壁を越えられそうにはないな」


 大型飛行トラックは車高が高いので、正門の扉を通れないのだ。

 なので俺は無線を使い、ブライアンに連絡を取る。


「仕方ありません。街の外で下ろしましょう」

「了解だ」


 俺たちは周囲の人たちから興味深そうに見られながら、街の近くまで寄ってゆっくりと停車する。

 そして扉を開けて外に出て、トラックから支援物資を下ろしていく。

 途中で兵士たちも手伝ってくれたので、領主の命令で見張っているだけで根は良い奴らなのかも知れない。




 やがてもう少しで下ろし終わる頃になると、噂のマジックアイテムを一目見ようと辺境伯が側近たちを連れて、街の入り口までやってきていた。

 普段は屋敷から滅多に出てこないのに、珍しいこともあるものだ。


「ほう! これが飛行トラックか!」


 ここまで来るまでかなり目立っていたし、今も人々の注目を集めている。

 これほど巨大なマジックアイテムはノゾミ女王国にしかないので、興味を持つのも当然だ。

 すると慌てた様子でブライアンや他の使節団が、彼の前に進み出て頭を下げる。


「領主様、ただ今戻りました!」


 片膝をついて報告書を渡すと、辺境伯は満足そうな顔で頷いて手早く目を通していく。


「少し多いな。報告書はのちほど読ませてもらう」


 実際にかなりの厚さだったので、断念する気持ちもわかる。

 そう言って彼は報告書を隣の側近に渡すと、十トントラックに視線を向けた。


「ここまで巨大なマジックアイテムは初めて見たぞ!

 コッポラの街に持ち帰っただけでも、お前たちを派遣したかいがあるというものだ!」


 領主のこの発言を聞いたブライアンたちの顔が、一斉に強張る。


(食糧支援の約束はしたが、飛行トラックはノゾミ女王国の物なんだがな)


 使節団の報告に不備があるとは思えないので、辺境伯が勝手にそう思い込んでいるだけだろう。


「あっ、あの、領主様!」

「何だ?」

「ノゾミ女王国との関係構築は、私たちの手に余ります!

 ゆえにサンドウ国王様にご報告をして、判断を仰ぐべきかと存じます!」


 ブライアンが言うことはもっともだ。

 ノゾミ女王国は一領主の手に余るし、世界の命運を左右すると言っても過言ではない。

 野心家の辺境伯が独断で事を進めれば火傷では済まないだろう。


「領内に新しくできた、魔物の巣を滅ぼすだけだ。

 サンドウ国王様に、お伺いを立てる必要などあるまい」


 これには荷物をおろしていた俺たちも唖然とし、思わず動きを止めてしまう。


「ノゾミ女王国は! 魔物の巣ではありませぬ!」


 女王様に味方をしているブライアンは、我慢できなかったようだ。

 領主に向けて、大きな声で反対意見を口にした。


「確かに女王はエルフだが、土人形共の傀儡に成り果てているのだ!

 奴らの支配から解放し、我々が救ってやるのだぞ!

 正義を成すのに、意見を仰ぐ必要はないわ!」


 辺境伯は野心家だと聞いていたが、危険を冒してでも手柄や利益が欲しいようだ。

 戦闘能力が高いと聞いているので、自分の強さに余程自信があるのかも知れない。


 だが女王様に恩義がある俺たちは違い、さっきからかなり鬱憤を溜まってきている。


(十トン飛行トラックが、黄金の塊に見えているんじゃないか?)


 そう考えるのも無理のない話で、世界でノゾミ女王国のみが保有している超高性能の大型マジックアイテムだ。

 原理を解明して量産できればサンドウ王国は、大陸の覇権国家になる。

 その立役者となった辺境伯の地位も上がり、莫大な利益を得られるだろう。


(しかし一度はマジックアイテムを壊されたのに、懲りない奴だな)


 ノゾミ女王様が嘘を言うわけがないので、マジックアイテムは確実に壊れたはずだ。

 だが今回は、自分たちが居る。

 帰りの足を壊すことはないと考えているのかも知れない。


(こうなることは女王様も予測されていたが、どうしたものかな)


 俺たちは辺境伯には興味はない。

 女王様に命じられた食糧支援を終わらせたら、さっさと帰国するつもりだ。


 しかしブライアンの必死の訴えも、辺境伯には通じないようである。


「領主様! どうかお考え直しを!」

「もう良い! 魔物の巣の探索任務! ご苦労だった!

 長旅で疲れただろう! 使節団は帰って体を休めることだ!」


 彼は荷物を下ろしていた兵士たちに指示を出し、ブライアンを含めた使節団を強引に連行していった。


 どうやら今のコッポラ辺境伯は、眼の前の利益しか見えていないようだ。


「さて、魔物の代表よ。名乗るがいい」


 完全に魔物と決めつけられて、もう呆れるしかない。

 しかし本当は答えたくないが、口を開かないと襲いかかってきそうだ。

 なので渋々ながら隊長である自分が一歩前に出て、辺境伯に向かって発言する。


「魔物ではないが、俺はノゾミ女王国の護衛隊長! フランクだ!」


 堂々と名乗りをあげると、他の者たちも荷降ろしを中断して前に出てくる。

 するとコッポラ辺境伯は興味深そうな表情を浮かべて、次に値踏みをするように観察してきた。


「では! コッポラ辺境伯に仕えよ!

 さもなくば他の仲間共々、この場で死ぬことになるぞ!」


 何とも滅茶苦茶な要求をするものだと困った表情を浮かべ、仲間と顔を見合わせた。

 そして彼には聞かれないように、小声でやり取りを行う。


「荷降ろしは?」

「完了しました!」

「いつでも出せます!」


 次に運転手を横目で見て、先に車に乗っているようにとこっそり指示を出す。

 けれど辺境伯や他の兵士にバレたら面倒なので、困った顔をしてわざとらしく肩をすくめる。


「そいつは困ったな! 俺はまだ死にたくはない!」

「ああ、まだやりたいこともあるしな!」

「こんなところで人生を終えたくないぜ!」


 相談しているフリをして、トラックの様子を伺う。

 運んできた食料は全て下ろしたようで、運転手がこっそりと乗り込んだ。


 だが辺境伯も命令を出していたらしく、大勢の兵士がトラックを取り囲んで少しずつ距離を詰めてくる。

 もうあまり、時間は残されていないようだ。


「ふん、選択の余地などあるまい!」

「確かに、考えるまでもないな!」


 とうとう辺境伯のタイムリミットもなくなったようだ。

 嫌らしい笑みを浮かべて顎髭を弄っているので、俺は不敵に笑いながら答える。


「せっかくの提案だが、断らせてもらう!」

「何故だ」

「アンタかうちの女王様!

 命を賭けて仕えるならどっちが良いかなんて、今さら考えるまでもないんでな!」


 即決でノゾミ女王様を選ぶのが、うちの国民である。本当に、今さら聞かれるまでもなかった。

 ちなみに迷ったり辺境伯に付く者は国外追放されているので、自国には一人も居ない。


「ああ、とても残念だ!

 できれば無傷で手に入れたかったが、仕方ない!

 貴様ら全員! ここで死ぬがいい!」


 周りを取り囲んでいる兵士たちが、一斉に剣を抜いた。

 ならばと、こちらも戦闘態勢に入って女王様から授かった魔剣を抜く。


「炎よ!」


 引き抜いた柄から炎が伸びて、魔法の刃が形成される。

 するとそれを見た辺境伯が、まるで子供のように瞳を輝かせた。


「素晴らしい! まさに我が振るうのに相応しき魔剣だ!」


 他には風や氷など、各々の個別な刃を形成している。

 柄に組み込む魔石によって属性を変えることができるが、今回は火を選んだ。


 だがそんなことをコッポラ辺境伯に説明してやる義理はなく、彼に向ける視線は冷たい。

 皆も同じ気持ちのようで、誰がお前ごときに渡すものかよと無言で主張していた。


「かかれ! 奴らを殺せ!

 そして英雄の装備を、魔物から取り戻すのだ!」


 取り囲む兵士たちに命令を出すと、俺たちに向かって一斉に襲いかかってくる。


「プランBで行くぞ!」

「「「了解!!!」」」


 辺境伯の兵士に襲われるのは、想定の範囲内だ。

 当然のように女王様は作戦を考え、いざという時の備えをしていた。


 なので俺たちは、そのうちの一つを実行に移す。

 まずは襲ってくる者たちを、手加減して叩きのめしていく。


「ぎゃあっ!」

「ぐわっ!」

「武器が! 溶けて!?」


 魔法というのは便利なもので、高温の火は相手の装備を溶かしてしまう。

 ただしやり過ぎると体まで焼いたり大火傷であり、武器だけを狙うのは相当な訓練が必要になる。


「守護騎士との戦闘訓練が役に立ったな!」

「そりゃ守護騎士に比べたら、こいつらは雑魚も同然だからな!」


 大きな巨人が人間以上のリーチとスピードで、疲れ知らずで攻めてくるのだ。

 競技大会では種族の垣根を越えて全員が力を合わせ、やっと勝てるレベルに手加減してくれていた。

 本気でやれば俺たちを捻り潰すなど容易いからこそ、良い訓練になるのだ。


 ロジャーが目を凝らさないと見えない風の刃で、次々と兵士を斬りつけている。

 他の仲間も氷刃に触れた物体を氷漬けにして無力化したりと、相手の戦力を次々と削っていた。


「ええい! 矢だ! 矢の雨を降らせろ!」


 接近戦は不利と判断したのか、今度は距離を取って無数の矢が放たれた。

 同士討ちを嫌って、俺たちを囲んでいた兵士は急いで退避したようだ。


 次の瞬間、雨のように矢が降り注いできた。

 しかし、この程度では俺たちは倒せない。

 鎧の魔石が飛び道具を感知して、風の結界が形成される。

 自分たちを狙った矢は当たる前に軌道がそれて、一本残らず目の前の地面に落ちた。


「今がチャンスだ! 行くぞ!」


 矢の雨を降らせるために兵士たちを下がらせたので、俺たちが自由に動ける機会が巡ってきた。


「おうよ!」

「遅れるなよ!」


 包囲が遠ざかった隙を突き、俺たちは一斉に飛行トラックに向かって走り出す。

 そして運転手が助手席の扉を開けてくれたので、作戦通りに素早く飛び乗った。


 既にマジックアイテムは起動状態に入っており、いつでも出発できる。


「すぐ出してくれ!」

「了解!」


 運転手がアクセルをベタ踏みし、瞬く間に最大加速に到達する。

 途端に圧迫されるような感覚を味わうが、これも想定の範囲内だ。


「フランク隊長! 安全のために、シートベルトをお願いします!」

「乗り込んだばかりで、無茶を言うな!」


 荒い運転で揺れるなか、何とか顔を動かしてミラーに視線を向ける。

 他の二台と大型バスもちゃんと付いてきてくれていた。


 なのでプランBは成功と言えるが、今は不安定な姿勢で少し苦しい。

 だがうちの飛行型のマジックアイテムは、馬よりもずっと速いのだ。


 あっという間に敵を振り切って、周りは仲間だけになって少しずつ速度を落としていく。

 その頃になると俺はようやく身を起こすことができ、安堵の息を吐いてシートベルトを締めた。


「隊長、ポケベルが」

「ん? ああ、そうだな」


 ポケベルはゴーレムと話せるだけでなく、財布の代わりになる。

 それ以外にも、たまに政府からの緊急連絡などが入るのだ。


 微かに振動することで着信を教えるので、俺は持ち上げて表示を確認する。


「お仕事お疲れ様です。お早い帰還をお待ちしています。……だとさ」

「やっぱり、見られてたんですかね」

「かもな」


 任された仕事を終えて一息ついた俺は、窓の外を流れる景色を眺める。

 そして、ノゾミ女王様について考えた。


 彼女は自国民に慈愛の聖女と呼ばれる、謎多きエルフの幼女である。

 犯罪が起きたら即警察が駆けつけて逮捕し、怪我人や病人がいれば医者に連絡が入るのだ。

 ノゾミ女王国は彼女によって管理運営されているのは間違いなく、原理はわからないが独自の監視システムからは、誰であっても逃れることはできない。


 なのでもし他国の者がこのことを知れば恐怖で震えるだろうが、うちの国民にとっては慣れたものだ。


「困るのは悪人だけだし、別にいいですけどね」

「そうだな。プライベートには干渉しないし、軽犯罪は温情があるからな」


 代わりに重犯罪は即逮捕だが、俺たちは全く困っていない。

 むしろ治安が良くなって大助かりであった。


「あんまり女王様に迷惑をかけるなよ」

「あははっ、肝に銘じておきます」


 だが逆に言えば、女王様に負担を強いているようなものだ。

 ゴーレムや俺たちも手伝ってはいるが、相変わらず多忙極まる仕事量である。

 しかし処理能力が高いのであっという間に片付けてしまい、そこは流石は女王様だと誰もが尊敬の念を抱く。


 それでも正直なことを言えば、ノゾミ女王国は彼女が居るから運営できているようなものだ。

 もし過労で倒れたら。国家存亡の危機と言っても過言ではない。


 本人はゴーレムなので平気と言っているが、どう見てもエルフの幼い少女だ。

 危なっかしくて目が離せずに、多くの国民が心配している。


 とにかくそんな風変わりな最高統治者が、俺たちの国の女王様なのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんじゃろ。なぜ取引ではなく支援を選択したのだろう……
[良い点] プランB、実在していたのか!
[良い点] これは当然、食料支援も打ち切りでしょう。 食料も辺境伯のポッケナイナイで終わりそうですしね。
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