惑星
水・金・地・火・木・土・天・海という覚え方が一番メジャーなものだ。近年では科学技術の進歩でこれらの惑星についての研究が進んでいるが、まだまだ謎に包まれていることが多い、だから現在の我々からしたら魅惑の存在に留まっている。
教師から発せられた言葉達を机に頬杖を付きながら聞き流し、そのまま視界を右に移す。それは謎に包まれた魅惑の存在というレッテルには先客がいたからだ。
僕の知る彼女は、山川彩李と言う名前と端正な見た目という情報だけに留まっていた。しかし、彼女の美しい佇まいと、光が反射するくらいの潤いを携えている長い黒髪は僕を魅了させるには十分すぎるものであった。だからこそ、僕にとって惑星という謎に包まれた魅惑の存在は彼女以外にいなかった。そして彼女のことを知るためには、勇気という技術の進歩が必要であった。
そんなことを考えていたせいで、今日習った惑星のうちの一つを選んで、小レポートを書くという先生からの課題を聞き逃してしまいそうだった。
授業を終えて帰りの支度をしているときに、小レポートのために学校近くにある図書館へ寄ることに決め、図書館へ向かった。その道中でも僕は度々彼女の面影を描いていた。
休み時間にはいつも本に視線を向け、誰かと必要なこと以外で会話していることは見たことがない。そのおかげで、僕含め多くの男子は彼女に近づくことはできなかった。だけど僕はそんな彼女だからこそ余計に引き込まれてしまっている。
図書館に到着し、そのまま惑星に関する書籍が置いてある場所を探す。少し歩くと、自然科学と書かれた棚を見つけたがそれと同時に僕の心臓は大きく揺れた。
何度も眺めた黒髪とそこから覗く白い肌。滑らかに描かれた鼻筋に、どんな色を混ぜても表現できないような鮮やかな唇。それらは彼女しか持っていないものだった。
僕はそれらを見た瞬間に思考を巡らせる。声をかけろと神経の隅にまで言い聞かせるも不安、羞恥といった思考が邪魔をして、僕の命令と衝突した。
暑くもないのに背中に汗が滴り、身体の輪郭をゆっくりと舐める。それをただ動かずに感じることしかできない。
そして彼女が本を閉じ、そのまま受付の方へ歩き始めた瞬間。僕の命令は反射的に発せられ、邪魔が来る隙を与えなかった。
少し驚いたような彼女は足を止め、こちらを振り向く。長い睫毛と大きく澄んだ目が僕の目と合い、それに耐えられなくなって視線を本に移した。
「惑星のやつ金星にしたの?」とできる限り字数の少ない言葉で問うことが精一杯であった。
すると彼女は、大きく澄んだ目を細めて、「だって金星って、縁起良さそうじゃん!」と言った。
その時、どんな顔をすればいいのかとか、どう返せばいいのかとか、全く気にすることはなかった。ただその瞬間、僕は勇気という技術を進歩させて、彼女という惑星の笑顔を知ることに成功したのだ。