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7話

なんということでしょう。

伯爵家は連日の大慌てである。


あの侯爵様がまたもやハーパー家に来ることが決まってしまった。


ロイ・ブリザード侯爵。

その天才的な氷魔法で戦場を蹂躙し、侯爵の地位にまで上り詰めたお方。

『氷の魔神』の異名となる氷魔法をの一端を先日味わったばかりだ。

その端正な顔立ちも合わさって、女性からのひっきりなしに声がかかっている彼が狙いを定めたのがハーパー家の二人の令嬢のどちらか。


二人とも天才的な回復魔法の使い手で、性格は両極端。

彼女たちが天才的な回復魔法の使い手と見抜き、心奪われ夢中になっているのかもしれない。


性格が違いすぎる二人なので、どちらが本命かはわからない。

圧倒的な美しさを持つイザベルか、可愛らしいことこの上ないレンちゃんか。

レンちゃんだったらいいなーと贔屓目に見ておく。


ちなみに、侯爵が来るのに先立って、なんとプレゼントがハーパー家に届いた。

それも三つ。


イザベル様とレンちゃんは当然として、あと一つは私へのものだった。

なんという幸運。

先日席に長い時間を共にした侍女は私だけだ。お金になるものだといいな。お金だったらなおのこといいな。


二人の令嬢への贈り物はブレスレットだった。

流行りの品でなかなか手に入らないものらしく、イザベル様は大層喜んでいた。

レンちゃんは当然流行りに敏感なタイプなはずはなく、クローゼットに仕舞っていた。


二人は客観的に見ても良いものを貰ったみたいだ。

肝心の私はというと。


一輪の花。

「花……」

絶句である。けちくさ!

私も流行りのブレスレットが欲しかった。差別しやがって!

侯爵のくせになんとケチくさい。こういう羽振りの悪い男性はモテませんよ!


私が立場ある女性なら説教してやるところだった。

ちなみに、貰った真っ赤な花の花言葉を調べたところ、『散って尚美しい』だった。私にババアと言いたいらしい。

確かに30歳で行き遅れて入るが、これでも若く見えるってよく言われるのに。泣いちゃいそうだ。


先日の頼りない感じに追加して、侯爵はケチくさく、無礼だということも判明した。

やれやれ、侯爵になって日が浅いとはいえ、もう少し人として成長して欲しいものだ。


レンちゃんの家庭教師をしながら、屋敷の慌ただしさを感じていた。

侯爵様がまたハーパー家に来るとのことで、イザベル様が張り切っている。

化粧も力を入れ、ドレスも着飾り、用意する料理は有名なコックを招いて作らせていた。

使用人の負担が減るのはなんともありがたいが、この家の出費の多さはちょっとだけ不安になるレベルだ。

侯爵の存在がより近くに感んじられて、一層本気になったのだろうけど、それにしても侍女してんでもこの家の財政がまずいことになっているのは肌で感じていた。


「侯爵、目的不明」

家庭教師の最中、勉強外のことを話し始めた。

「急にどうしたの?」

レンちゃんはおっとりしたようで、感の鋭い子だ。

何か、彼女にしか見抜けていないことがあるのかもしれない。


「イザベルと私が目的じゃない気がする」

「じゃあ何しに来るの?」

「不明」

まだ詳しくはわからないが、違和感はあるということだろう。


目的か。

「伯爵様の武器コレクションに気に入ったものがあるのかも」

「んー、可能性あり」

それならば色々と納得がいく。


レンちゃんに断られた後に、イザベル様にアタックするあたりなんて不自然極まりない。

女性にとことん縁のない人ならとにかく、絶対に困っているような人ではないし。


「それならすぐに騒がしいのは過ぎ去りそうね」

「そうだといいけど、波乱の予感」

「レンちゃんの予感は当たるから、ちょっと怖いね」

「うむ」

武器コレクションを求めて伯爵と揉める侯爵なんて見たくない。

すでに評価は駄々下がりなのだ。これ以上の欲に塗れた醜態は晒さないで欲しいわ。



侯爵が屋敷に来たとき、私は料理の給仕を担当していた。


なんとも豪勢な数多くの料理に涎が垂れてしまいそうだ。漂ってくる芳しい匂いで気を失ってしまいそうなくらいうまそう。

こんなご馳走はもう何日も食べていない。

使用人たち用の御馳走ではないが、今夜もおこぼれに預かれそうで何よりだ。


侯爵様が屋敷にいらした時、チラリと覗いてみたら不意に視線があった。

相変わらず端正な顔立ちで、眼福である。

目にも優しく、料理も豪華なものが並ぶ。余ればそれは侍女たちの夜食となる。つまりは私のお腹に入る。

イザベル様に意地悪されてガリガリに痩せて仕舞った私には、鶏肉の良質なタンパク質が必要なのだった。

侯爵様が来ることは、基本的に良いことばかりだ。


伯爵様と奥様、それにイザベル様、レンちゃん、客人の侯爵を加えての夕食会が始まった。

私は給仕係として壁の側に立っている。

心を無にするのよ、アルカ。今鶏肉を見過ぎると夜まで持たないわよ。お腹の音、耐えて!


「またもこんなにご馳走を用意して貰い、光栄だ。伯爵の武器コレクションを眺めながら食べる夕食は最高ですね」

やはり目的はそれだったか。

褒められた伯爵様が嬉しそうに答える。


相手がいくら若者とはいえ、国の英雄であるロイ・ブリザード侯爵だ。

実際の地位以上に差があることを感じ取っているのか、伯爵はどこまでも遜る。

普段は結構尊大な態度をとるタイプだが、奥様と侯爵様の前では小動物のようになる伯爵だった。


「侯爵様、いただいたブレスレットを早速身につけましたのよ。センスが素晴らしくて、私の美しさをより一層引き立ててくれますわ」

イザベル様が会話に乗り込んできた。今日とて精力的だ。


「そうか。喜んで貰えて何より」

侯爵様はとても落ち着いていた。


プレゼントは残念だったが、今日はなんだか出来が良い。

初めてみたときの印象みたく、凜とした様子で、静かに食事を摂り、さりげなく会話を盛り上げる。

貴族らしい振る舞いもできるんだなと、ちょっと感心した。


「レンカ殿、贈り物は気に入っていただけたか?」

侯爵がレンちゃんに話しかけると、あからさまに機嫌の悪くなるイザベル様。

「普通」

「ふっ、そうか。君らしいな。ところで――」

侯爵が視線を大きく動かし、私に視線を向ける。


「侍女の、アルカさんと言ったな」

名乗った覚えはないけど。まあいいわ。

「はい」

「花はどうだった?」

ケチくさくて、ババアと罵られたあのプレゼントね。


どうやらみんなの前で私はおもちゃにされているようだ。

こうやって間接的に攻撃して楽しむサディスティックな人なのかもしれない。


「大変美しい花でしたので、花瓶に入れて屋敷の窓辺に飾っております」

「あれはあなたに送ったものだ。あなたの部屋に飾るといい」

ババアと罵られているものなんてずっと見たたくないけど、逆らえるはずもなく。


「そうさせていただきます」

「よし。あともう一つ」

侯爵の視線がずっとこちらを向いたままだ。

どういう意図があるか知らないが、そろそろやめていただきたい。何せイザベル様の不機嫌がピークに達しそうだからだ。


この後無理難題を押し付けられて、残ったご馳走にありつけなかったらどうしてくれる。

一生恨むレベルですよ。食べ物の恨みは恐ろしいんですから。


「アルカ殿は……」

「もう、伯爵様。いつまでもあんなおばさんと話していては、美味しいお酒も不味くなってしまいますわ。おばさん、早く新しいワインでもとってきてよね。目障りだから、この場から消えてちょうだい」

なんとも屈辱的な命令だが、家の主人に逆らえる身分でもない。


大人しく従ってワインを取りに行こうとしたところで、パリンと何かが割れた音が室内に響いた。

どうやら、侯爵様の手にしていたワイングラスが床に落ちて割れてしまったらしい。


大変だ。早く片付けねば。


「すぐに箒をとって参ります。そのままでいてください」

「女。貴様今なんと言った」

先日味わった凍えるような魔力があたりを包み込んだ。

侯爵様がまた心を乱しているようだ。


「おばさん、今すぐその臭い口を塞ぎなさい!恐れ多くも侯爵様の前で勝手に発言して!一体どんな罰を与えてやろうかしら」

まずい。

そういえば、発言を許されていないのに、私は勝手にワイングラスの破片に近づき、侯爵様に話しかけていた。

人によっては気にしない方も多いが、中には平民と一切口をきかない部類の貴族もいる。

やってしまったかもしれない。


「黙るのは貴様だ、女!それ以上アルカ殿を侮辱してみろ、その舌凍らせて粉々に打ち砕いてやる」

「え?私?」

え?そっち?っていうのは私も思った。


てっきりイザベル様の認識と同じで、貴族たちの前で勝手に発言した私に怒っているものと勘違いしてしまった。


「そ、そんな。ご冗談ですよね?この私、イザベル・ハーパーよりもあのおばさんの味方をするつもりですの?」

返事はなかった。代わりに部屋の空気が固まる。

全員が殺気というものをまじかで感じたのは初めてだろう。


あののんびり屋のレンちゃんまでギョッとしていた。

私なんて蛇に睨まれたカエルのように体が固まってしまった。


その殺意を向けられたイザベル様はどんな気持ちだったのだろうか。

侯爵の体から漏れ出た魔力が氷へと変じて、氷柱の形を型作っていく。

その氷柱が、次の瞬間にはイザベル様の顔の前に突きつけられいた。


「次に侮辱したら、許さないと言ったはずだ」

本当に殺してしまいそうなほどの怒りを感じた。

庇ってくれて嬉しいという気持ちよりも、やはり恐怖が圧倒的に強い。


先日感じた頼りなさも、今日感じたケチ臭さ無礼さも、そんなものを全て吹き飛ばす圧倒的なオーラ。

ああ、この人は本当に噂通りの豪傑なのだなと痛感した。


「ひっ!?」

イザベル様が椅子から転げ落ちた。

奥様が急いで侯爵様へと謝罪をし、なんとか氷の氷柱は収められた。

それでも室内はまだ真冬のように寒い。


侯爵様の怒りはまだ鎮められていないみたいだ。


「パ、パパに言いつけてやるんだから!」

イザベル様のこのセリフにはちょっとだけ感心した。

こんな目に遭ってでも、まだ反抗の意思があるらしい。

しかし、侯爵様の怒りに触れて、頼る相手が伯爵の父とは。それはちょっと無理があるんじゃなかろうか。


「わし!?無理無理!!」

ほら、奥様にも頭の上がらない人ですよ。

先の大戦を生き抜いた猛者である侯爵様を前に何かを言えるはずもない。実力も、地位も、はるか格上の人に立ち向かってくれる人ではない。


「伯爵」

「いえ、何もありませんよ。何も文句なんて!」

情けない。レンちゃんの父親でなければ、匿名の手紙を送って説教してやりたいほどに。


「部屋を汚してしまって申し訳ない。修理等必要なら我が家に請求していただいて結構」

「は、はいぃ」

「しかし、イザベル殿への謝罪はしない。俺の大事な人を侮辱した罪だ。謝罪どころか、俺はまだそいつを許していない」

「は、はいぃ」


大事な人!?

だれ?

私?

なんで?

限りない程多くの疑問が頭をよぎった。


「それと、どうやらあなたは奥様のために毎月かなりの浪費をしているようだな」

屋敷内でも噂になっていることだ。

奥様にいれあげている伯爵が借金をしてまで奥様とイザベル様に貢いでいるという話。


「債権のいくつかは俺が買い上げた。そのうちの一つに、アルカ殿の債権もある。彼女の身柄は侯爵家で引き取ることにした。彼女がこんな扱いを受ける場所に、1秒もいさせたくない。構わないな?」

「はっはい。おっしゃる通りに!」

債権者であり、格上の侯爵様の要求だ。断れるはずもないし、断る理由もない。

差し出すのは侍女の私一人なのだから。


「え?」

私、侯爵家へ行くの?


「アルカ殿、共に行こう。もうこんな辛い場所には居させられない」

ええ?えええええ。私、なんか侯爵に目をつけられたんですけど。

何?どういう展開!?

ちょっとだけ、頭が混乱してきた。


残りもののご馳走ばかりを考えていた私に、なぜだか急に人生の転機がやってきたみたいだった。

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