6話
ロイは王都に用意された別邸に戻っても、顔が真っ赤なままだった。
真面目な仕事人の彼が、一向に仕事に取り掛かれない。
友人が執務室に入ると、その異常な事態を直ぐに見抜いた。
「おいおい、どうしたんだ。顔が真っ赤じゃないか?熱でもあるのか?」
ロイが首を横に振った。
体調はどこも悪くない。
むしろ体調はいい方だ。
「それにしても、お前のそんな動揺した顔を見るのはいつ以来か」
二人は友人であり、戦地を共に走った戦友でもある。
そんな彼でさえ、ロイのこんな顔を見たことがない。
100人を超す敵に囲まれてたときも、ロイは常に冷静だった。
いつだって頭を働かせ、感情は内面にひそめ、そうやってあの厳しい戦地を乗り越えて戦功を立てたのだ。
その冷静さに助けられて生きて帰れた者たちは、未だにロイのことを軍神のごとく扱うものがいる。
そんな彼が見せたことのない表情を見せている。
「あの人がいた」
「誰だよ……ってまさか。お前の運命の人か?」
そっと頷く。
友人まで興奮してきた。
10年間聞かされてきた運命の人とやらにようやく会えるかもしれない。
そう思うと、他人事として適当に流せる話ではなかった。
「どういう事情か知らないが、ハーパー伯爵家で働いた」
「ほう、お前を振った例のご令嬢の実家で働いていたのか。お前には悉く縁のある家だな」
「そのようだ」
顔の火照りは収まらず、思考もうまくまとまらない。
「で、どうだった?10年ぶりに再会したその人ってのは」
どうだった。
そんなこと言う必要があるのか?というような状況だが、それでも聞かずにはいられない。
「変わらず綺麗だった。むしろ昔見たよりもずっと綺麗だ。普通に話せるかと思ったが、一目見た瞬間に頭が真っ白になってしまった」
「ほう、30歳をすぎてお前がそこまで評する相手か。それは気になる」
「手を出そうとか考えるなよ!」
友人も女性が放っておかない良い男だ。
大事な人をめぐって友人と争いあうなんて展開はごめんだった。
「ははっ、まさか。俺は年下好きなんだ」
何よりロイの逆鱗に触れるかもしれないのに、そんな女性に手を出そうとは考えない。
ロイもこれまで女性に言い寄られることは山のようにあった。
しかし、いざ自分が惚れた相手となるとどうしていいかわからないらしい。
「どうしたらいいんだ?俺はあの人のことが、本気で好きみたいだ」
「んー、気負うのは良くないが、やっぱりアタックし続けるべきじゃないか?」
もっともな意見だが、それがどれだけ難しいことか。
自分の好きな人の前に立って、相手の気持ちを確かめる。
これが人類にとってどれほどの恐怖か友人だって知っている。
だからこそ、具体的なアドバイスも付け加えておいた。
「まずは相手を調べてみたらどうだ?相手を知ってたら、話もしやすいだろう?せっかくどでかい戦功を立てて侯爵にまでなったんだ。その権力、存分に使ってみろよ」
「相手を知るか……」
言われて初めて気づいた。
未だに自分はあの人のことについてほとんど知らない。名前と年齢と、住所くらいだ。
「アルカ、俺の運命の人の名前だ。人生に目覚めた日に出会った人。何がなんでも手に入れてやる。お前の言う通りだ。使えるものはなんだって使って見せる」
「その粋だ。戦場で見るお前の顔つきになってきた」
凛々しく勇ましい、男も惚れるような表情だ。
自軍の兵士がこの姿になんど勇気を貰えたか。
勝つにしろ、負けるにしろ、ロイがいなければ戦死者は数倍に登っていたと言われる。彼はそれだけの活躍をして、侯爵という地位にまで上り詰めた。
「諜報部隊のあいつに頼むか……」
「おいおい、相手国、国王の隠し子まで暴くやつらだぞ。好きな人相手に動員するやつらじゃねーって」
「いや、やるなら徹底的に」
頭を抱えるが、既にロイは立ち止まることを知らないみたいだ。
伝書鳩に書類をしたため、窓から放つ。
どこまでも本気、だからこそ部下に慕われ、友人からの信頼も厚い。
しかし、今回の恋に関しては、それが空回りするんじゃないかという懸念が、友人の心の中には少しだけあった。
二日後、執務室に入ってきた友人が見かけたのは、友人の残念な姿だった。
「何をしている」
「手作りのネックレスを作っているが?」
「いるが、じゃないけど」
あまりにも自信満々な表情に、苦笑いするしかない。
「なんでもそんなものを作ってんだよ」
「女性は真心のこもった手作りのプレゼントを嬉しがるらしい。だからまさに今、心を込めて作っている最中だ。邪魔をするな」
「あのなぁ」
呆れた顔で、どこから説明したものかと悩む。
本当に理解していないのかという疑問すら出てくるほどの素人具合だ。
「相手はお前のこと覚えてんのか?」
振り返ってみると、覚えていたのは自分だけで、おそらくアルカは自分のことを覚えていない様子だった。
素直に白状する。
「覚えていないだろうな。初めて会ったとき、俺はまだ子供だったから」
あれから背丈も伸びて、雰囲気もだいぶ大人びた。
声だって変わったし、身分なんて天と地の差だ。アルカが思い出せないのも当然だった。
「お前はいきなり知らない人から、手作りのプレゼントを貰ったらどうする?それも体に身に着けるネックレスなんて物を貰ったら」
想像してみる。
背筋が凍る思いがした。
「ぞっとするな。普通に怖い」
「お前はそれをやろうとしている」
「うっ。助言、感謝する」
何をやらせても優秀なロイにこんな弱点があったとは。少しだけロイのことが心配になる友人だった。
しかし、結局自分の恋は自分でどうにかするしかない。
助言もほどほどにすべきと考えて、定番のアイデアを与えた。
「プレゼントは簡単なものが良いだろう。貰っても気にしない程度のものだ。それとハーパー伯爵家に行くんだろ?あそこには二人令嬢がいるんだ。その二人を差し置いて侍女だけにプレゼントってのは、あなたのことが大好きですって言ってるようなもんだぜ。警戒されないように、意識を分散させながら、徐々に距離を詰めることだな」
「……お前は天才か?」
「いやぁ、褒めらるのは嬉しいが、これはそんなに……」
褒められて微妙な気分になるのも珍しい。
それが魔法の天才ロイ本人からそう呼ばれるとなると、本来なら飛び上がって喜ぶようなことだ。
しかし、今回のはどうにも素直に喜べなかった。
相手がポンコツ過ぎて、褒められている気がしない。
「受け取って気にしない程度のものだな。そして令嬢の二人とはしっかり区別する。よしっ、俺は理解した。ちょっと街まで行ってくる」
「使用人を使ってやれよ」
貧乏男爵の出身にして、軍で育ったロイには人に頼るという習慣があまりない。
気づけば自分の脚で駆け出してしまうのだ。
そんな昔と変わらない姿が、友人には微笑ましかった。
「がんばってその人をものにしろよ。……ちょっと不安だから覗いていくか?いや、流石に変なものは買わないか」
ちょっとだけ不安が残った。