4話
「それで、噂の侯爵様はどうだった?やっぱりかっこよかった?」
自分とは縁がないとわかりつつも、それでもやはり気になるのが乙女心。
30歳になっても、そこらへんの気持ちは失わないのよ!
「んー、普通」
「なんだ、やっぱりそうか」
今はレンちゃんの家庭教師をしている。
私が参加できなかったパーティーについてレンちゃんに聞いているのだが、やはりそういうことだったらしい。
世の中、噂にはいつだって尾ひれがついてまわるものだ。
かっこいいかっこいいと言われる侯爵様だが、実際は大したことなかったようね。
「じゃあ今日は回復魔法をとことん練習しちゃおう。レンちゃんならきっと聖女様になれるから」
「うむ」
素直なレンちゃんの頭を撫でておいた。
この国には聖女という職がある。
回復魔法を使える者たちが、年に一度ある聖女試験を突破することで貰える資格だ。
毎年一人二人合格者が出ればいいほうで、合格者がいない年もざらである。
なぜみんな聖女になりたいのかというと、それはそれは大層なお金をいただけ……。
そうではない。聖女は人々に愛され、人々を愛する存在。
高位の回復魔法を扱える聖女様は国から特別な仕事を依頼される。
王族の治療や、戦地での活躍、更には外交関係でも使用されるカードだったりする。
そんな聖女に、私もかつては憧れていた。
本気でなれると思っていた。
実家の件もあってあきらめたし、今はもう30歳だ。聖女試験に突破する人の年齢層を見るとやはり若い人が多い。今の私では到底合格できる気がしない。
だから、私の夢を勝手にレンちゃんに託している。
私は今や、教育ママ的なポジションでレンちゃんに日夜熱い視線を送り続けているのである!
というのはほとんど冗談で、私としては彼女が好きな道に進んでくれるのが一番だった。
けれど、自分の口から聖女様になりたいとレンちゃんが昔言ってくれた。あの時はなんとも言えない嬉しさがこみあげてきたものだった。
ちなみに、イザベル様の夢も聖女様だ。
なんという縁でしょう。
聖女様になることをあきらめた私の就職先で、天使レンカと悪魔イザベルがともに聖女を目指している。
一時は聖女のことなど完全に忘れてしまいたいと思っていたが、運命はなかなかそうさせてくれないらしい。
「ルカねえと一緒に聖女になる」
「ふふっ」
嬉しいことを言ってくれる。
けれど、私はもう10年もまともに勉強をしていない。才能も枯れてしまっている。
その気持ちだけ受け取っておくわ。
今日もみっちりとレンちゃんに回復魔法のいろはを叩き込んだ。
教えるだけ吸収してくれるので、こちらとしても教えがいのある生徒だ。
授業が終わった頃、ちょうど他の侍女が私たちのもとに訪れた。
急ぎの要件らしく、顔が強張っていた。
「レンカお嬢様。その、招待状が届いております」
何を驚いているのか。夜会の招待状なんて、月に数回は届くというのに。
「お相手が、昨日いらしたロイ・ブリザード侯爵様でございます」
わーお。これにはさすがに驚いた。
キャーと騒ぎ立てたくなる私の乙女心。行っちゃいな、行っちゃいな!
「断っておいて」
「「え?」」
二人の侍女は全く同じタイミング同じ反応をした。
「いかないのですか?レンカお嬢様!」
「うむ」
こうなったら意地でも聞かないのがレンちゃんだ。
なんだかもったいない気がするが、本人の意志なので仕方ない。
「わけわかんない侯爵より、ルカねえからもっといろいろ教わりたい」
「いい子、いい子」
私はどこまでもかわいいレンちゃんを撫で続けるのだった。
◇◇
ハーパー伯爵から届けられた手紙を読んで、ロイは驚いた顔をしていた。
「断れるとは……」
今まで女性をお誘いして断られた経験がなかったので、本当に驚きだった。
先日お邪魔したハーパー伯爵家で出会ったご令嬢、レンカを夜会に誘う手紙を出して、なんとその日に断りの返事が来た。
即答にも驚いたが、しかも内容が断りだったとは。
てっきり即答で行くとの返事を貰ったのかと思っていた。
自分は客観的に見ても優良物件だという自覚があるだけに、この返事は予想していなかった。
「なんだ?お前が女性を誘うのも珍しいし、断れるのなんて聞いたこともないな」
侯爵の執務室にいた友人が茶化してきた。
「ちょっとな。俺の目的のために都合のいい人が見つかったと思ったが、そう簡単にはいかないらしい」
「例の運命の人ってやつか」
友人は訳知りだった。
「本当にいるのかね?そんな人。骨折を一切の痕跡なく治すなんて、聖女様でさえそんなことできないぞ。夢を見ていたっていう方が俺は信じられるな」
かつての思いでを友人は聞いているが、その話はにわかには信じられない内容だった。
「あの人はいる。絶対にいる。俺はあの人に会えるまで、絶対にあきらめない」
「名前しか知らないんだろう?酔狂すぎやしないかね」
酔狂。友人の言う通りだ。自分でもそう思っている。
子供の頃だったから、その人のことを評価しすぎている可能性もある。
それでもあの日のことが忘れらないのだ。間違いなく夢なんかじゃない。あの日起きたことを、こと細かく、全てを覚えているのだから。
全てはあの日、あの人に出会ったから、自分は今の人生を歩んでいる。
魔法を極め、戦場に立ち、何度も死線を潜り抜けて戦功を立ててきた。
あの日の約束のために。
侯爵になれたらあの人に恩返しができる。ようやくあの人対等な立場になれる気がするのだ。
「隠れ蓑にしようとした令嬢もかわいそうなもんだ」
運命の人を見つける間、自分の傍に誰かを置いておきたかった。
レンカ・ハーパーはとても都合のいい人だ。
「いや、珍しい女性でな。俺の容姿にも地位にも一切興味がないらしい。出来れば傍にいて欲しかったが、どうやらそれすら断られるほどに興味がないらしいな」
「珍しい女もいたもんだ」
どこへ行っても女性が寄ってくる。
普通の男性にとっては羨ましい悩みなのだが、ロイにとっては都合が悪い。
自分は運命の人を探しているのだ。それ以外の女性とは、できれば関わりたくない。
レンカが近くに入れば梅雨払いが楽なのだ。
自分に今日のない女性、それが今は何よりも都合がいい。
本当に自分勝手な理由だが、それなりの礼はするつもりだった。
今一度考える。
やはりレンカ・ハーパーほど都合のいい女性が思い浮かばない。
「明日もう一度会いに行こうと思う。誠実に頼めば何とか話に乗ってくれるかもしれない」
全ては運命の人に会うためだ。
他人に迷惑をかけてでも、やはりあの人に会いたい。
「そうか。お前がそれで良いならいいよ。けどな、俺はそんな人とっとと忘れて、新しい出会いを探すべきだと思うぜ。その人、実在するなら30歳を超えた人だろ?若い美女がこんなにいるのに、勿体ない」
友人の言うことはもっともだ。
そんなことはわかっている。
それでも心が納得いかないのだ。
全てはあの人に会えば判明することだ。
会えば幻想だったのか、それとも覚えている通りなのか、それが分かる。