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2話

「戦勝祝勝会」

洗濯ものを庭まで運んでいく途中、レンちゃんが気になることを放し始めた。相変わらず口数は少ないけれど。


「西の国との戦争に勝利した記念に、開かれた大きなパーティーよね?」

「うむ」

おじさん返事がかわいい。


レンちゃんはフワフワしていてのんびり屋さんなのに、実は情報通だ。

見た目とは違って、とても優秀な女の子。ギャップ萌え特性を所持しているレンちゃんだ。


「氷の魔人、イケメン、嫁探し」

ほうほう。

「あの戦いで敵軍を壊滅させた圧倒的な力を持つ軍人さんにつけられた通り名だったよね。その人は侯爵の地位を貰い、大きな領地も貰ったって噂は聞いたよ」

ここまでは私も知っている。


大きな戦いだったから、国中に情報が知れ渡っている。

戦いを勝利に導いた、例の侯爵様個人のことも皆聞き及んでいた。今や国で英雄扱いだ。


もともとは貧乏男爵家の出身だったが、先の戦争の功績を評されて異例中の異例で侯爵家の跡取りになった方だ。

跡取りのいない侯爵家の養子となる形で爵位を得たと聞いている。


我が家と同じ男爵位だったというのに、世の中にはすごい人がいたものだと感心せざるを得ない。差がついちゃったなーと知らない人にちょっとだけ嫉妬してみる。


「その人がイケメンで、しかも嫁探しをしてるんだね。こっそり仕入れた情報だよね。もしかしてレンちゃん、その人のこと狙ってるの?」


レンちゃんは伯爵家の正当後継者で、由緒正しき令嬢だ。

しかも回復魔法使いとしても優秀。

噂の侯爵様は20歳らしい。レンちゃんは18歳。


ちなみに、私は今年で30歳になる。実家が没落してそろそろ10周年だ。まるでめでたいことのように言ってしまった。

父は田舎で畑仕事をしながらのんびりと暮らしている。毎月のように謝罪の手紙がくるので、私は元気よと似たような内容の手紙のやり取りをしている。

実際は結構つらいけど、レンちゃんみたいな味方もいるから、やっぱり私は大丈夫だ。


「全然」

レンちゃんは首を横に振った。

嘘をつかない子なので、本心なのだろう。


「イザベル、屋敷に招待済み。しばらく騒がしいかも」

「なるほど」

例の侯爵様は既にこちらに来ることが決まっているらしい。

私に徹底的に洗濯をしろと命じたのはそのためだったか。


イザベル様は女性の私が見ても美しい人だ。

嫁探しをしていると噂の侯爵様が、彼女に一目惚れする可能性だって大いにある。


嫌な人ほど出世しちゃうものだ。悲しいことに。

今回もそうなる気がして、なんだか力が抜ける思いだ。


「侯爵とルカねえ、一緒になったら嬉しい」

「ふふっ、あるわけないでしょ。そんな夢物語。それよりレンちゃんこそ覚悟しなさい。イザベル様に会いに来た侯爵様が、レンちゃんに一目ぼれっていうほうが何万倍も可能性高いんだから」

んー、と声を漏らしながら納得いかない表情のレンちゃん。

なんだろう。


「侯爵くらいないと、ルカねえと釣り合わない」

どこまでも私の評価が高いこと。

なんでこんなに慕われちゃったんだろうか。


回復魔法と貴族の作法、それにちょっとした豆知識を授けているだけなのに。

自分でも見えていない魅力が、レンちゃんには見えているのだろうか。そうだったら、嬉しいな。


いつまでも侯爵の話ばかりしていられない。

私たちは中庭に着くと、大量の洗濯物と向き合った。

その量たるや。その汗臭さたるや。ううっ。

今はこっちに集中しないとね。


「じゃあやるよー」

伯爵家でいじめられて10年近くになる。私に押し付けられた仕事は山のようにあった。

それを捌いてこれたのは、私に器用な魔法の才能があったからだ。


回復魔法の才能はこの10年でほとんど輝きを失いつつあるけれど、その分器用にはなった。

水魔法を使いこなせるようになったのも、ここに来てからだった。


私は視線の斜め上に大人が二人入り込めるくらいの水の球体を作り出す。


これを利用して、いまから洗濯物を綺麗にしちゃう。

いつも私に洗濯物を押し付けるイザベル様は、もしや私の洗濯技術を気に入っている可能性もある。

とか思っちゃうくらい、私の洗濯の腕前が良い。


「よし、靴下全部入れちゃうね。レンちゃんはイザベル様の服を用意しておいて」

「まさか!?」

ふふっ、気づいたわね。


やられたら泣き寝入り?

そんな残念な思考は、20代前半の頃にとっくに捨ててきた。

30歳になったら、そりゃ嫌でも逞しくなるのよ。


やられたらやり返す。陰でひっそりとね。


全員の靴下を入れ終わった後、レンちゃんが取り分けてくれたイザベル様の服を靴下群と同じ水球に放り込んでいく。

どのみち綺麗に洗うし、匂いも汚れも残らないが、それでもいい。

私の心が満足すればそれでいいのよ!


「ルカねえ、天才!」

「ふふん、そうでしょう。これが私なりの復讐よ」

小さいが、バレずに、心を満足させるにはこれくらいがちょうどいい。


最後に水の球体に洗剤を入れていく。

脱臭力が強くて、安い洗剤を使う。靴下に良い洗剤なんて使えないよね。イザベル様の服も然り。


洗剤も投入し終わったところで、球体の外側を氷魔法で固めていく。

中だけは水のままで、風魔法を使用して内側に縦回転を加える。


ぐるんぐるんと回り始める水が、洗濯物を大きく動かし始める。

衣服たちは上から下の氷に叩きつけられ、回転しながらまた上に戻る。

この動きを何度も行う。


いろいろ試したんだけど、この洗い方が一番綺麗になる。

汚れによってはもうちょっと工夫も必要なんだけど、伯爵家で出る汚れの大半が汗とか食べ物の染みとか小さなものだ。

大量の衣服の小さな汚れには、この洗い方が最適。10年もいるとこんなことまでわかっちゃう。


洗剤が上手に混ざり合い、水球の中が泡だらけになってくる。

綺麗に洗えている証拠だ。


洗剤がしっかりと汚れを落とした頃、新しい水球を作り上げていく。

氷の殻を纏った水球は、レンちゃんが穴をあけ、袖をまくった腕を突っ込んで衣服を取り出してくれている。

すぐに私も加わり、綺麗な水の方に移動させていった。


「ひぃー、つめたい!」

「うむ」

綺麗な水に移すのは、洗剤を洗い流すためのすすぎの工程故だ。


レンちゃんは文句言わずやってくれるが、本当に冷たいんだよね。

冬場とかは特にきつい。

腕が寒風に吹かれるたびに、鳥肌が立って体の芯から冷えるような気分になる。


衣服を移し終わると、新しい水球もぐるんぐるんと縦回転を加えていく。

しっかりとすすぎ終わった頃、洗濯は完了となる。


「洗い終わったものから干しちゃおっか」

「うむ」

以前、正しい干し方を教えてあげたところ目を輝かせて、口も大きく開いて感動していた。


干す前にしっかりと一度しわを伸ばしておくことで、乾燥した後の仕上がりに大きな差が出る。

丈の長いものは外側に干し、下着なんかの短いものは真ん中に干していく。

これで風通しが良くなるので、乾きもいい。


更に10年もいると日当たりのいい場所ってわかっちゃうのよね。

その場所はもちろん私とレンちゃん専用だ。


こうして今日も些細だが、小さな豆知識を披露して、レンちゃんの尊敬ポイントを稼ぐのだった。


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