13話
ゴレさんとの距離を詰めようと思っても、そんなに簡単には行かない。
全く違う人生を歩んできたし、彼が何に興味を持っているかも分からない。
たまに観察してみるが、剣の鍛錬を行い、魔法の修練もし、子供をあやして、ご飯を食べ、お風呂に入り、寝るだけ。
とても立派な規則正しい生活が形成されている。
しかもとても無口で、体格もとてもいいから近づくとちょっと緊張してしまい、私まで話せなくなってしまう。
食事中や、洗濯中に庭で訓練しているゴレさんと物理的に距離が近くなることがあるが、それでもやはり話題がみつからない。
奥さんのミランダさんとはティータイムに世間話をするほど仲良くなったというのに、殿方との会話はなかなか難しいわね。
そんな日が数日経った頃、廊下の清掃を行っている時に低い声で呼びかけられた。
「アルカ殿」
「はい?」
ゴレさんだった。
申し訳そうに頭をポリポリとしながら頭を下げてきた。
「すまない。俺が治療して貰う側で、こちら側からアルカ殿に歩むべきなのに、どうも話題がみつからなくて」
ああ、ゴレさんもそうだったのか。私もなのよねー。
二人とも話題に困っていたわけだ。
どうりで距離が縮まらない。
「俺は基本的に無口なんだ。ミランダが必要なことは喋ってくれるので、いつも楽をさせて貰っている」
あら?なんだろう、この感じ。
なんだか馴染があるぞ。
ミランダさんは確かにおしゃべりな人だ。
仲良くなると、おっとりとしていて上品なイメージよりも、明るくお喋りなイメージが強くなってきた。
ティータイムのときなんかは次々に話題が出てくるので、あっという間に時間が過ぎるのよね。
一体どこからあれだけ話題を仕入れてくるのかしら。
ああいう人を話し上手って言うのでしょう。
「もしかして、ゴレさんは黙っていた方が気楽ってこと?」
「うむ」
一瞬、私の大好きな人の影がちらついた。
ああっ!!
これは、体格が良くて見た目ちょっと怖い男性版のレンちゃんだ!
中身はほぼ一緒。
心優しくて、温かくて、実は頼もしいレンちゃん魂が入っている!
勝手に共通点を見つけた途端、私はゴレさんを他人だとは思えなくなってきた。
「仲良くはなりたい。けれど、どうしていいか……」
私はなんだかおかしくて笑い出してしまった。
余計にゴレさんは困っていたが、私はもう緊張なんてなくなっていた。
だってこの人は大きいレンちゃんでしょ?
ならば、私とは間違いなくうまくやっていける。
ゴレさんが視線を逸らして、腕を組んで何やら思案し始めた。
お話しモードは終了みたいだ。
レンちゃんも似たような部分があった。話したいことを言い終わると自分の世界に戻ってしまう。
「きっとうまくいきます。じゃあまた食事のときにでも」
「うむ」
その日を境に、私とゴレさんは自然に接することが出来るようになった。
高いところの物は台をとってこなくても、ゴレさんに頼れば一瞬でとってくれる。
重たいものは女性の可愛らしさを全部捨てて踏ん張って運ばなくても、ゴレさんに頼めば楽々に運んで貰える。
ちょっと怖い鷹は、ゴレさんの一睨みで屋敷から飛び去った。
便利、とても便利です、ゴレさん。
ほとんどレンちゃんと同じように接していた頃、私の魔力がまた白色になって来ていたのがわかった。
洗濯物をするときなどに使う際には緑色の魔力が、赤ん坊を癒したときみたいに白くなってきた。
神秘的な魔力だ。
自分でもそう思う。
侯爵様とゴレさん一家を集めて、私は自分の身に起きた変化を使えた。
少し慌てた説明だったけど、なんとか要点をまとめる。
今なら治せるかもしれないことを伝える。
「やってみてくれるか?」
「はい!」
「ありがとう。今はなんだか、初めてあなたに会った時のような自信に満ち溢れた目をしている。やはり、アルカ殿はその姿がお似合いだ」
「そ、そうですか?」
なんだか、ここ最近は侯爵様に声をかけられるだけでもぞもぞしてしまう。
そのうえ褒められるとなると、むずがゆくして仕方ない。
なにかあるなら早めに言ってくれたらいいのに。なぜ私なんかに優しくするのか。裏があるはずなのに、何も見えてこないのが不思議だ。
こんど、名探偵に頼ってみよう。私の頼れる名探偵様に。
再びゴレさんの火傷跡を見せて貰った。
やはり相当ひどい古傷だ。痛むのもわかる。
早く痛みを取ってあげたい。癒してあげたいと思うと、魔力が自然と溢れた。
癒しの魔法を使用する。白い魔力がゴレさんを包んだ。
光が一度収束し、散っていったあと、ゴレさんの背中の古傷はすべて消え去る。
ほとんど一瞬の出来事だった。
「……これは、やはり奇跡だ」
「信じられない。痛みが完全に消えた」
侯爵様は驚いた表情で椅子に座り込んだ。
ゴレさんは痛みが完全に消えたみたいで、室内を跳ね回っていた。
その巨体でぴょんぴょんと跳ねまわるととても怖い。ガンっと音がして、侯爵のデスクの端を蹴ってしまったみたいだ。
やはりそうなってしまったか。
嬉しいのはわかる。
なにせ、私でさえ嬉しいのだ。
本人の喜びが一体どれほどか、簡単に想像できてしまう。
嬉しそうに寄って来たゴレさんが私の両手を掴んで、ぶんぶんと縦に振り回す。
感謝のつもりで握手をしているのだろうけど、体まで持っていかれそうな力だ。
手加減しているのだろうけど、手加減しきれていない。
「あなたは聖女様だ」
「いや、違うんですけどね」
「いや、俺にはあなたが聖女様にしか見えない」
ゴレさんが私を褒めちぎる。
聖女は国家試験を突破したのちに貰える資格であり、とても難関なことで知られている。
その分資格取得者は多くの仕事が出来るようになり、貴族待遇を受けられたりする。
とても凄い資格なのである。
それを持っていない私は聖女なんかじゃないのだが、ゴレさんは何度も何度も私を聖女様だと褒めちぎった。
悪い気はしない。むしろ、とても心地よい。もっとあることないこと、褒めてくれてもいいのですよ。
ゴレさんが離れると、今度は侯爵様と二人でハグしあった。
侯爵様もずっと苦しんでいたのだろう。なにせ自分を守って負った傷でゴレさんがずっと苦しんでいたのだ。
男の熱いハグをずっと見ていたいような趣味はないので、視線を外すと、泣いているミランダさんが視界に入った。
皆、本当に苦しんでいたんだ。
それがようやく解き放たれた。
私は、大きなことをしたのかもしれない。
……なんだか、自分のやるべきことがわかってきた。
2か月後に終わる私の侍女生活。それが終ったら何をしようと思っていたけれど、なんだか明確な指標が出来た気がする。
目的を果たしたゴレさん一家は領地に戻ることとなった。
侯爵様は王都での仕事が多くあるためこの地に残っているが、男爵でもあるゴレさんがいつまでも王都に長居するわけにはいかない。
ゴレさんは最後まで私に俺を言い続け、ミランダさんは何度も涙ながらに私の手を握ってきた。
こちらまで涙が流れそうだったわ。
こんなに素敵な気持ちになれたのは、本当に10年ぶりだった。
しかも、何度も断ったのにゴレさんから聖女に支払う正規の料金を支払ってもらった。そしてこちらも断ったのだが、感謝の気持ちだと侯爵様からも聖女に支払う正規の料金の倍額を払ってもらった。
つまり私のもとには正規の料金の3倍入っているわけだ。
この額が、実はとんでもない金額だったりする。聖女様は非常に希少な存在なので、治療費も結構な額にのぼる。
こんなに素敵な大金が手に入ったのは、本当に10年ぶりだった。
何に使っちゃおうかしら。
もちろん、このお金は貯めておく。目標が出来ちゃったから、そのために使わないとね。
ゴレさん一家が屋敷を去ると、仕事の忙しさが一気に軽減された気分だった。
ミランダさんが手伝ってくれてはいたが、それでも3人増えるだけで結構大変なんだなと思い知らされた。
ほっと一息ついたのも束の間、夕食時に侯爵様からまた新しい知らせが入った。
「アルカ殿はやはり俺が思った通り天才だった。しばらく侍女の仕事はいいから、聖女の仕事を頼めないか?まだ、困っている部下がいるんだ。もちろん報酬は払う」
今日、報酬の両取りというあくどいことをしてしまったのに、また仕事の依頼ですか?
忙しい日々は過ぎ去ったと思ったけれど、そうではなかったらしい。
私は悩んだが、もちろん答えは決まっている。
私の目標のためにも、というより私も是非やってみたいので、了承した。
それに来客はとてもいい。
皆綺麗な屋敷内を褒めてくれるし、洗濯者の仕上がりに大変満足して帰ってくれる。まるで高級宿の女主人になった気分だ。私の新しくできた夢にも遠くないし、断る理由はなに一つないわね。
「ありがとう。本当に助かる」
侯爵様が笑って答えてくれた。
私はなんだか、この人が笑ってくれるのが何より嬉しくなってきている。
もっと笑って欲しい、もっと喜んで欲しい。
なんでこんなことを考えてしまっているのかしら。
不思議だ。
「侯爵様。私からも頼み事をしてもよろしいでしょうか?」
「なんでも言ってくれ」
「屋敷に招きたい人がいるのです。週に数回で構いませんので、お願いできないでしょうか?」
「アルカ殿の知り合いならもちろんだ。……ちなみに、男性か?」
「いいえ、天使様のように可愛らしい女性ですよ」
なぜそんな確認を。
安心したその表情は一体なんなのかしら。
「好きなだけ呼んでくれたまえ!」
「はい!」
こうして、久々に私の癒しと会うことが許されたのである。




