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12話

「アルカ殿、俺たちは戦場で似たような力を見たことがある」

となりでゴレさんも頷いた。


私の知らないものを、二人は見たことがあるらしい。


「相手の軍を追い詰めたときのことだった。実力で圧倒していた俺たちだったが、相手の恐ろしい威力の炎魔法に一気に形勢を逆転されたんだ。その者の使用した魔法が俺の氷魔法を打ち破り、ゴレさんが身を挺して盾となって守ってくれたのだ」

「侯爵様でも負けることがあるんですね」


国内には流れない情報だ。

英雄は国民の象徴でもある。負けた話など、一般人の私たちには聞かされないのだろう。


「そりゃ負けるさ。英雄と呼ばれても、俺だってたった一人のちっぽけな人間だ。その者とは何度か戦ったことがあったが、あれほどの使い手ではなかった。しかし、追い詰められたときに、仲間を守る決心をしたその瞳の色を今でも覚えている。おそらく、思いの強さが魔法の威力に影響を与えたのだろうな」

「思いの強さ……」

「稀にそういう者がいると聞く」


そういえば、昔はなんだって自信満々だった。

自分が聖女になれないわけがないと思っていたし、怪我した人がいたら全部自分が治療してあげると考えていた。


それがいつしか忙しい侍女としての日々に、あの頃の気持ちを忘れてしまっていたみたいだ。あの自信に満ちた日々を……。


私の魔法の力も気になったが、侯爵様の話も少し気になる。

続きを聞いてみたいと思った。


「それで、その戦いはどうなったのですか?やはり侯爵様たちが勝ったのでしょうか?」

「いいや、その場は全力で逃げた。倒れたゴレさんを担いで、恥も外聞も無く全力で逃げたものだ。おかげで、こうして生きて帰れた」

「なんだか、意外です」

「少し見損なったか?」

「いいえ、そんなことはありません」

本心だ。

煌びやかな世界に住む人と思っていたが、私の知らないところで想像もつかない努力と苦労をしてこの地位を得たのだなと感激しているくらいだ。


なんだこの人のことを軽く見ていた自分がちょっとだけ恥ずかしくなる。

改めて、すごい人なんだなと、感心しながらその美しい顔を見た。


「俺もゴレさんも、生きて帰る理由があったからな。絶対に死んでたまるかと思い、プライドなんて捨ててやるとその時は無我夢中で逃げた」

凄く壮絶な話なのに、昔の楽しい思い出話をしているように侯爵様とゴレさんが笑った。

二人はやはり、強くて逞しい人だ。


「まあ、言いたいことは、その者と同じな気がするのだ。アルカ殿はおそらく心を開いた人にしか全力で魔法の治療を行えないのだろう。才能が枯れた訳じゃない。これが真の理由だと思われる」

ゴレさんも同意した。

二人が言うならそうなのだろうけど、少し反論もしてみたくなる。


「しかし、ゴレさんを思う皆さんの気持ちに応えようと、私も精一杯やろうとしたんです。手を抜いたつもりなどなく、なぜこんなに差が出てしまったのでしょう」

「ゴレさんを治療するとき、あなたはどこか気負っていた。けれど、赤ん坊を治療するとき、あなたはリラックスして心の底からその子を治療してやりたいと思っているように感じた」


確かにそうかもしれない。

ゴレさんのときはやらなきゃって考え、赤ん坊のときは私ならやれると信じて疑わずリラックスしてやれた。


「うむむ、難しいです」

どうにも感覚がつかめない。


「それはそうだろうな。思いの強さなんてものを簡単に操れるほど、人間は器用ではない。しかし、才能は枯れていない。あなたは10年前と同じく、誰にも起こせない奇跡を起こす人のままだ」


そうは言われても、実感が湧かない。自分で違いなんてわからないのだ。

どうやったらゴレさんのことも癒してやれるだろうか。


私が悩んでいると、侯爵様が一つ提案してくれた。

「これが良い解決案になるかはわからないが、一つアイデアがある。ゴレさん一家に、数日この屋敷に滞在してもらおう。その間の世話をアルカ殿に頼めるだろうか?」

「もちろんですが、何か狙いがあるのでしょうか?」

「アルカ殿は子供に簡単に心を開く。それはきっと子供側も簡単に心を開いてくれるからだろう。ゴレさんを知り、ゴレさん側も心を開けば、もしかしたらまたあの奇跡を見られるかもしれない」


ふーむ、なんだか私以上に私のことを分かっているような侯爵様だ。

ちょっとだけ照れ臭い。


こちら側に断る理由はない。あの火傷を治せるなら、治してやりたいと本心で思っているからだ。

ゴレさん一家も急ぐ旅路でもないので、1週間ほど泊っていくこととなった。



次の朝から、少しだけ忙しくなった。

客人が三人増えたのだから、当然仕事量も少し増える。


ゴレさんの奥さん、ミランダさんというのだが、彼女が仕事をやたら手伝ってくれようとした。けれど、赤ん坊の面倒もあるのにそれはできないと断った。


それでも手伝いに来る彼女の根気に負けて、今は一緒に洗濯物を干している。


二人の身の内話に花を咲かせ、洗濯物がはやく片付いた。


話していると驚きの情報が出てきたりした。

「え、ミランダさんって伯爵家のご令嬢なの?」

「ええ、といっても3女で引き継げるものなんて少ない身分だったんですけどね」

それでか。気品に満ち溢れていて落ち着いている姿は、やはり私なんかとは違うなと思っていたんだよね。


私も貴族出身だけれど、没落しちゃうような底辺貴族だったから。比べるまでもないほどの家格の差。

更に驚きの情報も飛び出す。


「しかもゴレさんは、ミランダさんの家で働いていたの!?」

「ええ、ですから彼とは子供の頃からの知り合いなんですよ」

はえー、人の話って踏み込んで聞いてみるものね。

こういう話、とっても好きよ。もっと聞かせてちょうだい!


「彼は侍従の息子で、住み込みで働いていたんですよ。姉たちは貴族との縁を作ろうと社交界に顔を出していたのですが、私はどうも苦手で家に引きこもっていてばかりでした。彼はそんなときによく遊び相手になってくれたのです」

「ロマンティックですね」

「ふふっ」

楽しそうに昔話をするミランダさんの横顔がとても美しく見えた。

彼女はゴレさんのことを本当に愛しているんだなとわかる。


「彼が戦争に行く前に、父に豪語したことがあったんです。大きな戦功を立てて相応の地位を得てくるから、娘さんを下さいって。あの時の勇ましい表情を今でも覚えています」

素敵だ。素敵すぎる。ゴレさんめちゃくちゃいい男で、好感度ましましだ。

木偶の棒じゃないことはわかっていたが、これほどに中身の詰まった男だったとは。


「父は正面から跳ね除けたんです。絶対にダメだ。平民なんかに娘はやれん、なんて言って。私なんて嫁の貰い手があるか怪しい身分だったし、父から引き継げるものもほとんどないというのに、なんてことしてくれるんだった1週間も泣いたんですよ」

「ミランダさんも彼のことが既に好きだったんですね」

「だって子供のころからずっと私の傍に入れてくれて、ずっと優しくて、頼りになって、それにかっこいいでしょ?彼」

「はっはい」

美的感性は人それぞれだ……。ゴレさんが格好いいか、格好悪いか、私に断じることなどできない。


「彼と一緒になれるなら平民の身分だってなんだって構わなかったのに、父が勝手に断ってしまったせいで当時は絶望してしまいました」

どこの親も勝手なものだなと思う。私のとこも見通しの甘い父が義母に貢ぎまくって家を没落させちゃったし。

どこも苦労しているのね。


「しかも、戦争が終わって状況は更に悪なってしまって。彼は英雄ロイ・ブリザードの右腕として活躍し、男爵位を引き継いでしまったでしょう?豊かな領地も貰って、彼に求婚する女性がわっと集まっちゃって。私だけの人だったのに、一気に時の人になっちゃって」

「あちゃー」

ミランダさんの父上やってしまったって訳ね。

続きが余計に気になった。


「私がもう諦めていた頃、彼が突然屋敷を訪れたのです。残した物を取りに来たのかと思いましたが、彼はそこで再度父に頼んだのです。あれだけ失礼なことを言われたのに、父に礼儀正しく頭をさげて、ミランダを妻に欲しい、と」

キャー!!

私は叫び出してしまいそうなテンションだった。

こういう話でパンを3本は食べられる。


「あれだけ失礼を働いたのに、誠実に求婚してきた彼の姿に父も反省しました。謝罪をして、娘を頼むって頭を下げてくれたのです。あの日の喜びは今でも忘れられません」

「そうね、想像しただけで夢のように素敵だもの」

絶対に忘れられない日か。私にもそんな日が来るといいけれど。


ミランダさんとゴレさんはずっと長い間抱えてきた恋を実らせたのか。

その結晶があの赤ん坊だと思うと、病気を治してやった自分の魔法がなんだかとても誇らしく思えちゃう。


侯爵様の言う通り、私はちょっぴりだけ凄いのかもしれない。


ミランダさんの昔話を聞いていると、たった1日で私たちはすっかり仲良くなってしまった。

あれ、ミランダさんと仲良くなってどうすんだ私!

侯爵様の説を立証するには、ゴレさんに心を開かないといけないのに。


しかし、ミランダさんからの話でゴレさんの評価がうなぎのぼりなのは間違いない。

なんだか不思議なもので、今なら本当により一層ゴレさん火傷を癒してやれる気がした。


侯爵様はやはり多くのことを知っている。

一緒に過ごす時間が増える分だけ、彼のことがちょっとだけ気に入ってくる自分がいた。


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