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11話

「アルカ殿、少しいいか?」

「わわわわっなっなんでしょうか?」

雑巾でテーブル下を拭いている時に侯爵様に呼ばれて、私は慌てて返事をした。

あまりにも慌てすぎて、その場で立ち上がってテーブル裏に頭を勢いよくぶつけてしまった。


物凄い音と、痛みが頭に走って、しかもそれを侯爵様に見られてしまい、恥ずかしくて死んでしまいしそうだ。

若干目をうるうるさせながら、テーブルの外に出ると侯爵様の様子がおかしかった。


俯いて、お腹を抱えてピクピクと震えていた。

状況的に腹痛を起こしているのではないだろう。


こやつ、爆笑を堪えている!!


「侯爵様なんの用でございましょう」

冷めた表情で詰め寄った。

「はひっ・・・ちょっと・・・」

「早くお願いいたします」

「待って・・・プッ・・・」

私が頭をぶつけてツボっているこの人を急かしてやりたくなる。

けれど、なんだか私もつられて笑いたくなる気持ちもどこかにあった。


見た目はクールイケメンで、でも接してみると照れ屋でダメなとこも見えて、かと思えば激怒したら死ぬほど怖いし、そしてこんなお茶目な一面まで。


接して数日なのに、こんなにも新しい発見がある。

侯爵様は時間が経過するごとに自然体になっているみたいだが、こちらは慌ててばかりだ。まさか不意に声をかけられただけでこんなことになるなんて。


もしも侯爵様の気持ちが本当だとしたら、私はどうなってしまうのだろうか。

いいや、そんなはずはない。この人には何か企みがあるのだ。

貴族なんてそんなものよ。頭が良くて裏がある人間か、頭が悪くて没落する人間の2種類だけよ。ただし、レンちゃんは除く。という注釈はつく。


私はどこか貴族に対して冷めた目を持っている。

仕方ないわね。没落してこんな目にあってるんだから、少しくらいは貴族を恨んじゃうわよ。


「すまない。ちょっと落ち着いた」

「そうですか。それで、ご用件というのは」

「友人が来ていてな。大事な友人なんだ。君の力を借りたい」

「私?」

やはり特別なことを私にやらせるつもりか。侯爵様の裏を知るいい機会になるかもしれない。断る理由はないわね。


そういえば、今朝方も馬車が屋敷に来ていた。

家族連れで、侍女長が迎え入れてくれたので私は食後の紅茶をゆっくり楽しめたのよね。

その時のお客人なのだろう。


侯爵様について行き、執務室へと入った。

侯爵様はここに篭って仕事をしており、仕事中は侍女は誰も立ち入ることがない。紅茶や茶菓子の差し入れも断っているみたいで、相当仕事に集中しているみたいだ。真面目で素晴らしい。真面目な人は好きよ。


清掃も侍女長が担当しているので、入るのは初めてだった。

室内は執務用のデスクが一番奥にあり、手前に来客用のソファーが二つと低いテーブルがあった。あとは壁に本棚が備え付けられたシンプルな部屋である。

本当に仕事しかできないような部屋だった。


備え付けられた二つのソファーにお客人がいた。

片方のソファーには身長2メートルもありそうな大男がいて、反対側には乳飲み子を抱いた優しそうな女性がいた。

二人は夫婦らしい。


「紹介しよう。こちらはアルカ殿。訳あって侍女として働いて貰っているが、以前言った素晴らしい回復魔法の使い手がこの方だ」

「ああ、この方が噂の……」

何か含みのあるような言い方だ。

「お、ほん。とにかく、彼女の回復魔法はすごいんだ。アルカ殿、彼は私の戦友でゴレさんという。戦場ではいつも精神的支柱になってくれた。数少ない心から信頼できる人物だ」

ゴレさんと呼ばれた大男が照れ臭そうにしている。奥さんも嬉しそうだ。

見た目の怖さに反して、ゴレさんは照れ屋で無口な人みたい。


「ゴレさんは戦場で俺を庇って背中に大きな火傷を負ってしまった。その古傷が未だに傷んでしまって生活に支障をきたしている。他の聖女にもあたってみたのだが、完全に治療をこなせる者がいなくてな」

それを私に?

私をなんだと思っているのでしょう。


ただの侍女ですよ?

というより、侯爵様はなぜ私が回復魔法を使えることを知っているのでしょう。

ますます、彼と知り合った経緯が謎めいてきた。


「私はそんな対した者ではありません。おそらくですが、お役には立てないでしょう」

「そう言わず、試すだけ試してくれないか。もちろんこれは侍女としての仕事の範囲外だ。治療には聖女に払う正規の料金を支払う。いいや、倍支払う。どうかゴレさんを、頼めないだろうか」

侯爵様がここまで誠実に頼んで、しかも破格の報酬まで貰えるのに断る人なんていない。

報酬に目が眩んだとか思わないでいただきたい。私はその思いに感化されたのである。


「わかりました。多分ダメですが、やるだけやってみましょう」

「頼む、アルカ殿しか治せないと思うんだ。あなたの奇跡ならなんとか」

侯爵様の想いがひしひしと伝わってくる。

私が聞く以上に、戦場という場所は大変なのだろう。


そこで一緒に時間を過ごし、侯爵様を守るために身を挺した人だ。

二人の絆は相当強いんだろうなーと想像できた。

だから侯爵様がこれほどまでに切実にお願いをしている。


レンちゃんに何かあったら、私だって心の底から頼むもの。

よし、それなら任された!

やってみましょう!


ゴレさんが服を脱ぎ、その大きな背中を見せてくれた。

背中の特に右半分に酷く焼かれた古傷があり、今でも痛むというのも頷ける酷い有様だ。


若い頃でもこれほどの傷を癒した記憶はあまりない。

そもそも、古傷を治すのってすごく難易度が高いのよね。

それがこんなに広範囲だと、難易度が跳ね上がる。


「うーん、これは難しいかもしれません」

「お願い」

奥さんの声だった。両手を合わせて、祈るような格好をしていた。

侯爵様も祈るようにこちらを見つめる。


これは、やるしかないわね。

才能が枯れたとか言い訳してる場合じゃない。


ようし、やる!

『起こせ、癒しの奇跡』


私の両手に溢れた緑色の魔力がゴレさんの背中を包み込んだ。

眩い光が徐々に大きくなる。これが癒しの魔力だ。


その光が数刻の間輝き続けた。

私の魔力が一旦キツくなったところで、回復魔法を止める。


「……ごめんなさい」

結果は、ダメだった。

ゴレさんの背中の火傷痕は、若干良くなった程度で大きくは良化しなかった。


感覚でなんとなくわかっていた。

昔は治すときは、それこそ一瞬で治せたりしていた。


「私、ハーパー家では平民専用聖女なんて呼ばれ方をしていたんですよ」

イザベル様からの侮蔑を思い出す。

けれど事実なので仕方ない。


「いつしか私の回復魔法は平民の方にしか効かなくなったんです。不思議なことに」

「そんなことがあり得るのか?」

「私も不思議なのですが、ちょっとだけ例外はあるものの、実際にそうなのです」

例外というのはレンちゃんだ。レンちゃんだけは何故か簡単に治療できてしまう。

本当に不思議な現象だ。


「そうだったのか。すなまい、重荷になるような期待をしてしまい」

「いいんですよ」

「報酬は支払う」

「いいえ、受け取れません。成功していたならともかく。私は皆さんの想いに感化されて頑張ったまでです。本当は全くダメかと思いましたが、ちょっとだけ良くなったのをみてむしろ自信を貰ったくらいです。こちらが感謝するくらいですよ」

「ありがとう。確かに楽になった」

ゴレさんからもお礼を言って貰えた。


聞いてみるとゴレさんは戦功で男爵位を貰った方だということが判明した。

やはり貴族はダメなのか。不思議だ、私の魔法はやっぱり平民にしか効かない。


「こほっこほっ」

ゴレさんが服を着ている最中に、側から可愛らしい咳が聞こえた。


奥さんの方からだ。どうやら乳飲子が咳をしたみたいだ。

「すみません。この子、まだ咳が治らなくて」

「そちらも心配だな」

侯爵様が心配して覗き込む。


あら?私、そっちならやれるかも。

実は昔から子供の治療が得意なのよね。子供の相手をするもの得意だったし、それも影響しているかもね。大きなリアクションをとれば、子供って大抵ゲラゲラと笑ってくれるのよ。変顔も得意だし、子供の扱いは任せてちょうだい。


「ちょと見せてください」

「どうぞ、聖女様」

聖女様だなんて。私はそんな大層なものではない。


奥さんが赤ん坊を優しく私に抱かせてくれた。

おわっととと、久々にこんなに小さな赤ん坊を抱くのでちょっとだけ緊張したけど、緊張はすぐに癒しに変わる。

すやすやと睡眠中だったみたいだ。寝顔が天使様のようだ。


「よしよし、肺に悪いなにかが入っちゃったみたね。すーぐに良くなるからね」

回復魔法を使用した。

赤ん坊が白い光に包まれて、すぐにその肺を癒した。

ゴレさんの時みたいに時間も要さなかった。


回復魔法を使用した直後から、赤ん坊の呼吸の通りが良くなった。ゴロゴロと鳴っていた喉もスースーと息が通り、咳もぴたりと止まった。

「ほーら、楽になったねー。ママのところに帰してあげますよー」

奥さんに大事に赤ん坊を渡した。


ふう、簡単な仕事であんなに可愛らしい天使様を救えるとは。なんとも気分がいい。コスパがいいってやつね。

何気ないことをしたつもりだったけど、なにやら固まったまま表情のまま私を見つめる3人。

侯爵様とゴレさん、奥さんまで信じられないものを見たような顔をしている。


あれ?私、変なことやっちゃった?


「ゴレさん、俺は今奇跡を見たのかもしれない」

「侯爵様、多分俺も奇跡を見た」

「ええ、そうね」

3人が同じことを言う。なに!?

可愛らしい天使様を治療しただけだけど!


奥さんが私の前に進み出て、口を開いた。

「王宮に勤める聖女様にも見せたのです。しかし、乳飲み子の治療は一番難しいらしく、この子の咳も諦めていたのです。あなたは息子の命の恩人です」

「命の恩人だなんて、ちょっと癒して咳の原因を取り除いただけですよ」

そんなに感謝されるようなことはしていない。

していないはずだ。

乳飲み子の治療が難しいだなんて、そんなの知らなかった。


「それに今の神聖な魔力はなんでしょか?有名な聖女様を前にしても見たことのない魔力の質でした」

「あれ?」

ゴレさんの時と何か違った?


そういえば、魔力の色が違ったわね。

昔はいつも白色の魔力だったけれど、最近は緑色の魔力になっていた気がする。

洗濯魔法を使う時も緑色の魔力だ。

けれど、レンちゃんを癒すときは白色の魔力だった気もする。


あらら、どういうこと?自分のこともわからないとは、私はなんて愚かなのでしょう。


「ゴレさん、これはもしやあれではなかろうか」

「うむ、侯爵様。俺も同じことを考えていた」

静かに見守っていた二人が、何か事情を知っていそうだった。

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