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10話

侯爵様が私に10年間も恋していた?


友人の方がそう言っていたのを、頭の中で何度も繰り返した。

信じられない。


あの美男子で侯爵様にまで上り詰めた方が、借金まみれの私に恋しているだなんて。とても信じられる話ではない。

考えれば考えるほど、裏があるんじゃないかと思てくる。


きっとなにか、裏があるに違いない。

「絶対にそうに違いない」

抑えきれない胸のドキドキが、より一層高鳴った。


その怪しい侯爵様と次に会ったのは、夕食の前だった。

友人の方が仕事を終えて逃げるように帰っていくのを見送ったときに、侯爵様もその見送りに来ていた。

まずいことを言うだけ言って、友人の方は責任を取らずに逃げてしまわれた。

くっ、あやめ!


侯爵様と二人きりになると、やはり気まずかった。

私がやたらと視線を合わせようとせず、顔を少し赤く染めていると、簡単に異変に気付かれてしまった。


「どうした、アルカ殿」

「い、いえ?なにか?え、なにありましたか?」

あきらかに動揺してしまい、かなり早口で返事をしてしまった。


私の方が10歳も年上だというのに、なんで意識されていると聞いた途端こんなことになってしまっているのか。

こ、こんなに初心だったの?私って。


思えば、まともに恋なんてしたことなんてない。

男性とときめくような時間を過ごしたことがあるはずもない。

この10年、働きっぱなしだったから仕方ないじゃない。


けれど、この人が私のこと好きだなんて、そんなことはあり得ない。

私の身柄を引き取ったことにも、もしかしたら違う目的があるのかもしれない。


実家の屋敷から隠し財産でも出たのかしら。

いや、あそこは10年前に既に差し押さえられているから、今さら出たところで私とは一切関係がない。


ならば、なんなんだ!

なぜ10年間も惚れていたという話が出る。そして、なぜ侯爵様は私のことを大事な人だと言い、優しくするのだ。

わからない、私には彼の目的が分からないわ。


「アルカ殿、良ければ一緒に食事を摂らないか?」

「え?あ、えーと」

目を見れず、返事に困った。

今こんな気持ちで二人きりなんて絶対に無理だ。


馬車で二人きりだったときは私に余裕があったから話を進めることが出来たが、今は無理。絶対に沈黙の夕食会になること間違いなしだ。

食事が喉を通る気がしない。


「使用人を全員集めて、皆で夕食を摂ろう」

「あっ、はい、それなら……」

良かった。

全員でご飯を食べたいとのことだった。


「まだこの屋敷に慣れないだろう?一緒に食事を摂れば、お互いに理解を深められるはずだ。俺もその席に参加させてくれ。食卓を囲んで食べれば、夕食もより一層美味しくなるだろう」

「はい、了解いたしました」


ずっと二人きりは恥ずかしくて、私は逃げるように侯爵様の前から去った。

早めに皆に食事の件を伝えるという言い訳を残したが、本当はあれ以上二人きりでいると頭から湯気が出そうだったからだ。


夕食の件を侍女長に伝えると、彼女は嬉しそうに了承した。

なんでも侯爵家では月に数回、みんなで食事を摂ることがあるらしい。


私の実家ではそんな習慣はなかったし、ハーパー伯爵家でもなかった。

なんだかとても新鮮で、今さらながらに楽しみになってきた。


ああっ、友人の方から片思いの話なんて聞いてなければ、私も楽しく夕食をとれていただろうに。

もーう!頭がぐちゃぐちゃだ。

どういうつもりなのよ、侯爵様は!


なんとかこの気持ちを発散させるべく、夕食が出来上がるまで屋敷の窓を磨いておいた。

こういう時は体を動かすに限る。

何かをしていれば、余計なことも考えなくて済む。


残念ながら、料理の腕は壊滅的なので、伯爵家でも一度も厨房に立たせて貰えなかった。

ふふっ、私が触れるもの全て黒焦げになってしまうのよね。あれは不思議な現象だわ。


一階の窓は内外ともに磨きやすい。

二階建ての屋敷なので、二階の窓が少し大変だ。


内側は室内から磨けばいいので、簡単。

外側が問題になってくるが、外に出て壁をするすると登って、淵に足を乗せれば体が安定する。そこから窓を綺麗に磨いた。


まるで暗殺者のごとく壁をするすると横移動して、隣の窓も磨いていく。

途中、庭師のおじ様に見つかって驚いた声を出された。

その驚いた声に私も驚いて壁から落ちかけたけど、なんとか持ちこたえた。


「うっ。あぶない」

「新入りさん、無理なさらずに。窓は毎月業者さんに頼んでいるから」

「いいえ、無理なんてしてませんよ。私が磨けばそれだけお金も浮きますので」

「元気なお嬢さんだね。よく働くのは美徳だけど、くれぐれも落ちないようにねー」

「はーい!」


その後も残りの窓を磨いていった。

最後の窓で油断して落っこちたことは秘密だ。

幸い誰にもバレず、怪我もなかったので、今後も窓拭きは私の仕事である。


ふふん、私が窓を拭いて浮いたお金で食事が豪華になるかもしれない。なんてそんな浅ましいことは考えていませんよー。


体を動かしたので、日が暮れた頃にはすっかりとお腹が空いていた。

伯爵家で食べれなかった日々も空腹だったが、今日は二食頂いているのに空腹だ。同じ空腹でも、こちらの空腹はとても幸福感がある。


先にお風呂に入るように言われたので、お言葉に甘えてそうさせて貰った。

お風呂も広くて、綺麗なお湯が貯まっていた。

侯爵様が使うのは別の浴場らしいので、私が入っているのは使用人用のものということになる。


「ほえー」

使用人でさえ、こんないいお風呂に入れるのか。

やはり侯爵家っていうのは別格な存在らしい。


お風呂を上がると、侍女長が待っていた。

私の手を引いて、食堂まで案内してくれる。


侍女長も忙しいのに、随分と親切だなと思っていると、食堂には既にほかの5名が揃っていた。


「アルカ殿の歓迎会も兼ねての夕食会だ。どうぞ、座って」

侯爵様が迎え入れてくれて、椅子まで引いて待ってくれていた。


まるで客人のような扱いで、畏まってしまいそうだ。

全員が席に着き、侯爵様が口を開いた。


「今日からアルカ殿が我が家の侍従として働くこととなった。既に皆とはあいさつを交わしているようだが、今一度自己紹介を頼めるか」

話を振られたので、私は急いで立ち上がった。


「アルカと申します。借金の形でハーパー伯爵家にて働いていたのですが、債権を侯爵様が購入した縁でこちらに来させていただきました。一生懸命働きますので、よろしくお願いいたします」

今一度自己紹介をした。


反応がなくて一瞬怖かったが、侯爵様の拍手のあとに全員から暖かい拍手を頂いた。

なんだか、悪くない気分だ。


そこからはひたすら私の話となった。

質問攻めにもあったし、何より今日の働きをとことん褒めて貰って、それはそれは照れ臭い気持ちにさせられた。


「ほう、屋敷がやけに清潔だと思ったら、あれは全部アルカ殿の仕事だったか」

「ええ、仕事がはやいだけでなく、丁寧に磨いてくれたんですよ」


屋敷が綺麗になったことを褒めて貰った。

嬉しいけど、もうやめて!照れて死んでしまいそうだ。顔を覆ってしまいたい。


「侯爵様、洗濯者もアルカさんやってくれたんですよ。先ほど洗濯物を取り込みましたところ、その洗い上がりの綺麗さに驚きました。きっと侯爵様も着心地を気に入ると思います」

「そうか、洗濯まで」

侍女長と侯爵様が私のことを褒め殺しにしようとしている。


私は終始恥ずかしくて下を向いてしまい、肝心の食事に手が出なかった。

私の食欲を抑え込むほどの照れ臭さである。ご理解いただけるはずだ。


「窓も磨いてくれたんですよ。二階の外まで」

庭師の話しで侯爵様が慌てた。

「それはやめてくれ。アルカ殿が窓から落ちようものなら……。とにかく、ダメだ。今後は許さない」

なんでそんな心配そうに言うのか。私を気遣う気持ちは、何故なのか。

私は侯爵様が分からない。


けれど、ここが居心地の良い場所だというのだけは確かだ。


そろそろ褒め殺しタイムも過ぎ去った。私はようやく食事に手を伸ばした。

なんだか、恥ずかしくて、ちょっとだけ上品に食べてしまった。

私、これじゃあ恋する乙女じゃないか。


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