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9話

9起床と共に私は気合いを入れた。

今日から侯爵家の侍女として働かせせて貰うことになっている。


昨夜はよくして貰い、美味しい食事と暖かい寝床を提供してもらった。

朝、誰にも怒鳴られずに、静寂と共に目覚めたのなんていつ以来だったかしら。

とても気分が良い。頂いた爽快なこの気持ちを今すぐにでも還元したいと思った。


「おはようございます!」

既に起きていた先輩侍女たちに挨拶をする。

「あらあら、お元気ですね」

クスリと笑われた。みんな優しい雰囲気で、なんだか上手くやれそうな気がしてきた。


「侯爵様からアルカ様は好きにさせておくようにと言われています。後で朝食をお持ちしますので、よければ侯爵邸を見て回っては?」

「いいえ、私も侍女としてここにやってきた身です。同じように働きます。好きにしていいということなので、私は私で仕事を見つけてきますね」

「本当に元気の言い方ですわ。侯爵様が気にいるのも納得です」

大先輩の侍女からそう言われるとなんだか嬉しい。

みんな納得してくれたみたいなので、私は雑巾とモップを手にして屋敷の1階エントランスへと移動した。


「うん、やっぱり」

私の部屋だけではない。

別に不潔ってほどではないが、隅々まで手入れされているとは言えない感じだ。

しっかりと見れば埃が隅っこに溜まっていたりする。


先ほど挨拶した時に侍従全員の顔ぶれを見たが、皆おっとりした人たちだった。

侯爵も普段からうるさく言う人でもないのだろう。

よく言えば和やかな雰囲気がこの中途半端な空間をつくりあげてしまっている。


伯爵家で10年間、塵一つ残すことを許されなかった私がこの状態を放置できるはずもない。


魔法を使い、私の側に小さめの水の球を作り出す。雑巾を何枚か水の中に放り込む。

雑巾をそこに浸けて、水を絞ると早速窓べや隅っこをとことん拭いて回った。


花瓶の下、照明の上、テーブルの脚の裏、普段人の目につかないところこそ汚れが溜まっているのよ!


完全に綺麗になるまで拭き取り、雑巾が汚れてきたら水の球に入れて、綺麗な雑巾と取り替える。

水の球は自動で追尾してくるようにしている。そして洗濯の時に利用し技術同様、常に中で水を回転させて雑巾の汚れを洗い流すようにしている。


雑巾掛けをし、汚れが溜まってきたら洗い終わった雑巾と取り替え、また雑巾掛け。無限雑巾編である。


精力的に、効率よく動き回ることで清掃は思ったよりもいいペースで進んだ。


途中、侍女仲間に捕まって朝食を摂る時間だと言われた。


侯爵家は清掃こそ甘いところが多かったものの、食事の質は良く、最高に美味かった。朝はシンプルなメニューなのに、どれも丁寧に作られており、私は2回もおかわりしてしまった。

気前よくお代わりさせてくれるので、喜んで食べ過ぎてしまった。


食べ過ぎた分は、しっかり働いて返さなければ。


雑巾掛けは一通り済んだので、次はモップ掛けだ。

モップは目につくところを綺麗にする道具なので、より一層力を入れて清掃する。


モップが汚れてくると、回転する水の球に入れて綺麗に汚れを落とし、またモップ掛けだ。

無限モップ編の開幕である。


広い屋敷内を駆け回っていると、すべての箇所を磨き終わる頃には昼になっていた。

朝あれだけ食べたと言うのに、ちょっとだけ小腹が空いてきたのは驚きだったけど、それだけ働いたということの証明である。


私はとても清々しい気分だった。

人に強制されることなくやれる仕事がこれほどまでに気持ちのいいものだったとは。


「何をしているのですか?」

モップ磨きを終えようとしていた時、後ろから声をかけられた。

振り返るとそこには、いつも通りの美しい顔をした侯爵様がいた。


「何って、清掃ですが」

「あなたにはゆっくりするように伝えたはずだが」

「清掃が好きなんです。ダメでしたか?」

「いや、ダメではない。ただ、俺はあなたに、なんというか、幸せでいて欲しいんだ」

キザなセリフがきてちょっとびっくりしたが、気持ちは嬉しかった。


「なら侍女として仕事させてください。私、とても気分がいいんです。それに一緒に働く皆さんとも仲良くできそうですし」

「あなたが嫌じゃないなら、俺はいい」

「はい」

よし、許可もいただいたし、残された2ヶ月間はこの屋敷をとことん清潔な状態で維持しよう。


「ところで侯爵様。私の名前はアルカと申します。ご存じだとは思いますが、名前で呼んでいただけると、なんというか、認識されている気がしてとても嬉しいです」

はっとした顔で侯爵が後ずさった。

少し視線を落とし、何かモゾモゾとする。


「あ、アルカ殿。屋敷の清掃、感謝する」

「いえいえ、感謝するのはこちらですよ。では私は清掃に戻ります。まだまだ私がやれることは多そうですから」

「ああ、頼んだ……アルカ殿」

「はい!」


侯爵様に頭をぺこりと下げて、その場を立ち去った。


モップと雑巾を納める。私の次のターゲットは洗濯物である。


この時期は洗濯が辛い皆が口を揃えて言う。きっと侯爵家でもそうだろう。

ちょうど日が出て、とてもいい天気だ。

今のうちに洗っちゃおう。


「洗濯物は、これから全部私にお任せあれ!」

侍女たちの前で豪語した。

おおっ、と歓声が上がったが、皆申し訳そうな表情だ。

やはり洗濯物は辛いというイメージがあるのだろう。だがしかし、私は大丈夫。なんたって、いじめ抜かれた10年で身につけた便利魔法があるからね。


あれは洗濯後の評判もいい。綺麗に洗い上がるし、生地も痛めないと評判なのだ。

早速洗濯に取り掛かろうとしたところで、先に昼食を食べるように勧められた。


朝食でお代わりまでしたのに、昼ご飯まで食べられるの!?ここはやはり天国なのかしら。

お言葉に甘えて、昼ごはんもしっかり食べておいた。


丁寧に作られた料理がすんごく美味しかったのはいうまでもなく、一人一つのデザートも自分はいらないからと侍女長がくれた。

よく働いてくれているお礼と言ってくれたが、私の食い意地が張っていたから同情を買ったのかもしれない。

無我夢中で食べていたからそう思われたのだろう。

これでも元貴族の令嬢だ。今後は食い意地が張らないように気をつけながら上品に食べようと反省した。


けれど、いただいたデザートはきっちりとお腹に納め、ついでに勧められたお代わりも綺麗にお腹に収めておいた。

ぺろりと行けた。美味しい。

人生で一番食べているかもしれないというくらい食べている。どれくらい栄養を吸収してしまうんだ、私の体!


自分でも信じられないくらい食べた後は、予定通りすべての洗濯物を引き受けた。

まるでいじめでもしているようねと侍女長に言われたが、そんなことはない。

あれだけ食べさせて貰ったのだ、働かなければ申し訳なさで死んでしまいそうになる。


伯爵家で身につけた洗濯魔法で侯爵家の衣類もすべてピカピカに洗った。

庭の日当たりの良さそうな場所を見つけて、洗濯物を干していく。


日が一番高くなる時間に干し終わって、私は一安心だ。


屋敷内に戻る際に、馬車が来たのを確認した。

客人を出迎えるのも侍女の仕事だ。


侯爵家では私が最も若く、新入りだ。最も若いというのがなんとも嬉しい。みなさん高齢なので、30歳でも最年少を名乗れる侯爵家が大好きになりつつある。

若い新入りは率先して仕事をしないと。若いからね!


すぐに玄関まで走り、客人を出迎えることにした。


馬車から降りて、屋敷に近づいてくるのは侯爵様に負けず劣らず、女性受けの良さそうな男性だった。

体格は侯爵より少し大柄で、ブラウンの短髪と、大らかそうな目元をしたイケメンさんだった。


「あら?新しい侍女みたいだな。見慣れない顔だ」

「はい、昨晩からお世話になっております」

まずは丁寧にあいさつを交わした。


「俺はヘイスってもんだ。侯爵の戦友であり、今は仕事仲間兼友人ってとこだな。今日は仕事でやってきた。ロイは部屋に篭って仕事中かな?」

「はい、侯爵様は食事の時間以外はほとんど仕事につきっきりです」

「あいつ休憩を取るって概念がないからな」

本当にそうだと思った。

朝に声をかけられた時と、食事の時以外、侯爵様はずっと部屋に篭って執務をこなしている。


あんなに煌びやかな容姿をしており、お金もあるだろうに、街に出て遊ぶでもなく仕事に集中している姿は素直に感心させられる。ちょっと尊敬できる一面だ。

侯爵様の評価がまた上がる。


お客様を屋敷内に招き入れると、ヘイス様は驚いた声を上げた。

「うわっ!?たった一日で何があったんだ!?」

「どうかされましたか?」

「いや、なんか輝いているというか。なんだこの綺麗な室内は。昨日も別に汚くなかったけど、今はなんていうか、輝いてね?」

ふふっ、そう言って貰えると頑張った甲斐がある。


「ちょっとだけ張り切って掃除しました。快適に過ごせて頂けるなら、侍女にとってこれ以上の喜びはありません」

「あんたがやったのか。すげーな。そういや、名前を聞いてなかった。ロイのところが嫌になったら、俺んとこに来い。今の倍給料を払うぜ」

侯爵様に黙ってヘッドハンティングとは度胸がある。

嬉しいお誘いだが、私は借金の形で働いているだけだ。


「私はアルカと申します。また機会がありましたら、お誘いの件考えておきますね」

やんわりと遠回しに断っておいた。

例え侍女として働き続けることになろうとも、ここは離れたくないな。だってここはご飯をお代わりできるんですもの。


「あ?……あんたがアルカ?まじか、ロイのやつ自分の家に連れ込んだのか」

「私のことご存じなのですか?」

「知ってるよ。10年も前から知ってる。ロイが10年間ずっと片思いしている相手と、まさかこうして会えるとは」

「10年間もずっと片思い?」


なんの話だろう。

やはり私たちはずっと前からの知り合いみたいでした。

けれど、私は思い出せない。

それにしても突飛な話だ。


あの若くて国の英雄となった侯爵様が私に片思い???

考えれば考えるほど訳が分からず、私の頭が混乱する。

少しだけ顔が熱くなるのも感じた。なんだろう、この気持ちは。


「あれ、もしかして知らなかったのか?やべー、今の聞かなかったことにしてくれんねーか?」

「はは」

乾いた笑い声が出た。

私も聞かなかったことにしたいけど、どうにもそれは無理らしい。

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