プロローグ
10年前の夢を見た――
人生のどん底にいたときだった。
義母の借金が膨らみすぎて実家が没落し、聖女になる夢をあきらめ、更に借金の形に伯爵家の侍女として10年働く契約をさせられた頃のこと。
荷物をまとめて、売り払われた実家を名残惜しく振り返った。
もう自分の家ではなくなった屋敷を見て、楽しかった記憶を思い起こす。
母がまだ生きていた頃を思い出すと、無限に幸せな気持ちが湧いてくる
いつまでもそんな気持ちにふけっていると、前に進めないので強引に歩き出した。
馬車に乗るお金もなかったので、遠くの伯爵家まで大きな荷物を背負って歩く。
慣れない旅路は結構苦労した。
道中、騒ぎがあったので立ち寄ってみた。
身なりの良い少年が馬車に轢かれたみたいで、足の骨が綺麗にぽっきりと折れ曲がっていた。
皆が遠巻きにし、狼狽えている中、私は駆け寄って少年にニコリと笑いかけた。
「お姉さんがすぐに治してあげる」
あの頃の私は骨折も簡単に治せるほどの回復魔法使いだった。
才能あふれる若い頃だ。
怪我をした少年は、綺麗な顔をした子だった。なんとなくだが、覚えている。
私が笑顔で話しかけると、頑張って泣き止もうと努めてくれた。
「奥から徐々に治していくからね。ちょっとだけ痛むよ」
傷が治る段階によっては、強い痛みが走ることがある。特に骨がくっつく瞬間は一瞬鋭い痛みが来る。あれは結構きつい。大の大人でも声をあげるほど。
回復魔法を行使していき、骨がくっつく正にその瞬間、私は変顔をしてみせた。
「あばぁー!」
渾身のブサイク顔である。悲しいことに結構得意だったりする。
「ぷっ、ブッサイク――あ゛っづ!?」
鈍い音と共に骨がくっつく。少年もいい声が出た。まだまだ元気が残っているようでよろしい。
「ほーら、骨がくっついたよ。傷口塞いだら、もう家に帰れるから。一週間は安静にね」
私も急ぎだったため、簡単な説明しかしなかったが、治療は丁寧に行った。
傷口が全て塞がったので、回復魔法を終えた。
少年の目を見据えて、風になびく綺麗な髪ごしに頭を撫でた。
「よく頑張ったわね」
「ありがと。おばさん、素敵な人だな。聖女様みたいだ」
聖女か。実家が没落してなかったら、私も聖女になるための勉強を続けられた。
今更考えても仕方のないことだけれど。
「お姉さんね」
「あっはい」
私の顔は少しだけ怒っていたかもしれない。少しだけ、ね。
「お姉さん、俺必ず恩返しするよ。今はまだ何もできないけど、絶対いつか恩返しするから。だから名前を教えて」
少年がじっと私の顔を見てくる。
真っ直ぐ、とても澄んだ瞳で。
「アルカよ。期待しないで待ってるわ。侯爵様にでもなれたら、あなたの恩返しを受けてあげる」
実家の名前は伏せた。没落した家の名前なんて名乗ってもね。
条件を付けて、適当に侯爵とか言っちゃった。
「侯爵ってどうやってなるんだ?」
「知らないわよ」
「……侯爵だな?わかった」
「はーい、じゃあ私は行くね。忘れずに恩返しするのよー」
できれば今借金を払ってくれ、とか思ったが少年にそんなことを言えるはずもない。
「うん、お姉さんのこと忘れないよ。……忘れられない」
◇◇
いつもより1時間早く起きた。
まだ日が昇っていない空は青く重たい雲が漂っている。
なんだか懐かしい夢を見た。
なんであんな記憶が……。
実家を出て今年で10年。もうすぐ侍女としての契約が終る。ようやく私の自由が近づいてきた。それでこんな夢を見ちゃったのかな。