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「やはり、僕には不相応な気がするんだけど」


 ウィッグを被せられ、町娘風に着飾られたサシャはそう姿見を見てボヤく。鏡に映った娘は美しいと言えるだろう。けれど、その姿がサシャにはどうしても自分だとは思えなかった。けれど、鏡の向こうの娘はサシャがとった動きと同じ動きをする。それは間違いなく自分であると示していた。


「お嬢様、クンドラート公爵がお見えです」


 お嬢様、と呼ばれ、一瞬誰のことを呼んでいるのかと考えたが、その部屋にいるのは服を整えてくれたメイドと自分のみ。自ずと自分がそう呼ばれたのだろうと思うとラディムの迎えよりもそちらに驚き、目を見開いてしまう。


「奥様より自覚を持たせてやりなさいとのことでしたので」


 してやったりと笑った侍女にサシャは頭を抱えた。確かに今ので自分はこの鏡の中にいる娘なのだと自覚させられた。でも、同時にこれを上司であるラディムに見せなければならないのかという羞恥が生まれる。


「さ、お嬢様、公爵がお待ちです。お急ぎください」

「いや、やはり、なしで」

「なしにはなりません。約束なさったのですから、守ってくださいませ」


 なしにならないとはわかっていたけれど、容赦のない言葉に抵抗できず、ラディムの待つ玄関ホールまで連れ出された。


「……」


 アレシュらと言葉を交わしていたラディムはサシャの姿に目を大きく見開き驚く。その姿にやはり似合ってないのだと俯いてしまう。


「お、お見苦しいものを」


 辛うじて辛うじてそんな言葉が出るも逃げ出すこともできず、ラディムの言葉を待った。


「いや、想像してたのよりもよく似合っている」

「なっ」

「それでは、ザオラル卿、ご令嬢をお借りしていきます」

「間違いを犯してくだされませぬようお願いしますぞ」

「十分に注意致しましょう」


 さぁ、行こうと手を伸ばされ、戸惑っているとアレシュに手を取りなさいと小突かれる。おずおずと手に取れば、ぎゅっと手を握られ、びくりとなってしまう。


「存外、君は臆病なのだな」


 馬車に乗り、市民区画に向かう中、そんなことを言われた。それにサシャは初めてする格好ですので緊張しているのですと言い訳をする。会話はそれっきり続かなかった。ぎこちない空気の中、区画前に到着すると二人は馬車を降り、中に足を踏み入れる。きちんとした商店で商品を見るのもいいだろうが、露店の方が道行ながら眺められるだろうとラディムにエスコートされ、二人は露店が広がる通りに向かった。


「……可愛い」


 露店をめぐり、しゃがみ込んで商品を見つめるサシャは言葉に出ていることに気づかなかったようだが、感想が溢れている。押し込められていたものが女性の格好をすることにより、表に出てきたのだろう目元は緩み、小物やアクセサリーを眺めていた。それにラディムは笑みを噛み締める。


「何か気に入ったものでもあったか?」

「い、いえ、にゃにもありましぇん!」


 声をかければ、夢中になっていたことに羞恥を覚えたらしく、何もなかったと答えるも焦っていたためにその返事はカミカミ。それにさらに顔が火照っていく。くつくつと笑うラディムにジトリと睨んでしまうのも仕方ないことだろう。

 そして、最初こそは緊張でらしからぬ行動ばかりしていたサシャも次第に落ち着いていった。夕食の時には軍にいる時と同じように話せるまでに戻った。女性であるから、女性らしい言葉遣いを試みるもラディムに君は君のままでいいとそう言われ、そうした。とはいえ、できるだけ、言葉は崩してくれということだったので、そこは弟や同僚と交わすような口調になったのだが。


「あー、それでだな」


 食事も一通り済み、言葉を濁すラディムにやはり女性であることへの言及があるのかと身構えるサシャ。


「サシャが良ければ、今後も一緒に出かけないか?」

「はい?」

「あ、や、嫌ならば、しょうがないのだが」


 モニョモニョというラディムにサシャは先程のラディムの言葉を反芻する。一緒に出かけないかといったのか、この人は。


「えっと、軍を辞めろとか」

「言う筈ないだろう! サシャほど優秀な人間を見つけるのは大変なんだぞ!? え、辞めるとか言わないよな。言ってくれるなよ」


 もしかして、自分は勘違いをしているのかと思いつつ、自分が言われるのではないだろうかと思ったことを口に出すも、返ってきたのは焦り。


「辞めはしない。ただ、その、今日誘われたのがそれだと思って」

「違う違う、ただ、兄上にーーあー、や、違う。俺が、俺がサシャと出かけたかったんだ」


 もう少し言葉が多ければよかったのかと頭を抱えるラディム。彼は兄に相談したのだろうか。あの国王陛下に。まぁ、自分の秘密を知る人であるから問題はないのだが、兄弟仲良すぎないかともちょっと思ってしまう。

 それから、よくよく話し合えば、ラディムは流れで告白する形となってしまった。とはいえ、その返事は感覚がわからないというサシャのため一旦は保留となった。けれど、共に出かけることは日に日に多くなっていく。

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