7
やはり軍団長ですらバレてはならなかったのだろうか。サシャは家に先触れを出し、向かう準備を進めながらそんなことを思う。
軍団長ならばと思ったことは一度ではない。けれど、今回の外出の件は意味がよくわからない。やはり、女性なのであればと辞任するように言われてしまうのだろうか。不安が胸を占める。
「家に迷惑をかけてしまうな」
自分のことは正直にもう諦めたことだったが家に、ザオラル家に何か迷惑を被るのは芳しくない。
「いや、それでも、相談はするべきだ」
最悪な自体を避けるためには必ず必要なことだ。家のためを思うのならば自分の考えだけで動くのは得策ではない。
家に戻れば、先触れで帰ってくることを聞いていたのだろうヴァシィルが待っていた。
「お帰りなさい、兄上」
「ただいま、ヴァシィル」
抱擁を交わし、養父と養母が待っているという
食堂へと向かう。その道中、学園のこと軍での生活のことなど近況はと語り合った。
「それで、突然話がしたいというのはどういうことかな?」
食事も終え、さて、なにか問題でもあったかねと養父であるアレシュは尋ねる。それにサシャは自身の性別が軍団長であるラディムにバレたこと、出かけることになったことを告げる。
「それで、サシャはどうしたいのだ?」
「僕は、その、どうしたいかがわかりません」
このまま隠して生きていくのか、明らかにして女として生きていくのか。どちらもわからない。ただただ、ヴァシィルの負担にならないようにはしたいと思っている。だから、明かすとしても彼が学園を卒業したあとになるだろう。
「そうか、まぁ、難しいところだな。では、こう聞こうか。サシャは女性らしい格好をしてみたいかい?」
ドレスだったり、スカートだったり、化粧だったり、何かしらやってみたいかと質問を変える。
男として生きるようにと言い付けられてから、興味がなかったわけではない。街に行った際には自然と着飾った女性たちを目で追っていた。そのことで品定めでもしているのかと揶揄われることはあったが、周りはそれで納得していたから、サシャ自体それを隠していなかった。ラディムのように目のいい人間にはそうは映らなかったようだが。
「……僕は」
「サシャ、素直に言いなさい。別に怒ったりなどするつもりもない。お前の気持ちが聞きたいのだ」
「……」
興味がないと言うだけならば簡単なのだろうが、サシャは言葉に迷っていた。それに気づいたアレシュはサシャの気持ちが知りたいと言葉を付け加える。
「……して、みたい、です」
途切れ途切れに小さく呟かれた言葉は肯定だった。その言葉と同時にガシッと両肩を背後から掴まれる。びくりと体が跳ねる。恐る恐る背後を見えれば、目が輝いた養母の姿。
「養母上?」
養母ルツィエに戸惑うサシャ。男二人はこうなることを読んでいたらしく顔をスイッと別の方向へと向けていた。
「言質はとりました。さぁ、サシャさん、行きましょう」
「え、行きましょうって、どこにですか」
「ひとまずは私の部屋で似合うものを見繕いましょう。もし、なさそうでしたら、至急仕立て屋を呼びます」
「いえいえ、そこまでしてもらうつもりは。それに軍団長にも当日は町娘風にと言われております」
「あら、そうなのです? では、それで見繕いましょう」
あなたに拒否権はございませんよというルツィエにサシャはずっと戸惑いっぱなしである。断ろうにもサシャはそうですか、でもやり方わかりませんよねと言い、サシャが言葉に困窮すれば、そのために利用しなさいと言い負かされてしまう。そして、最終的にはずるずるとルツィエの部屋まで連行されていった。
「養母上、イキイキされてましたね」
「まぁ、そうだろうな。娘ができたとはいえどアレはまだお洒落のおの字もわからん。そもそも、ルツィエは前々からサシャを着飾りたくてたまらなかったようだからな」
あぁなるのも仕方がないと言うアレシュにそうですかと答えつつ、ヴァシィルはサシャの無事を祈った。