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サシャの誕生にズビシェクは落胆した。何故、男なのだ、女を産めと言ったではないかと産後間もないイルジナに言い放ったという。侍医も使用人たちもそれはあんまりだと思った。妊娠出産は命に関わる一大事。そもそも、男か女かなど神のみぞ知ると言うもので女系一族だからといって必ず女が生まれるとも限らない。それなのに、ズビシェクという男はそれをわかっていないようだった。
サシャに自我が芽生え始める頃にはイルジナに度々決してバレてはならぬと言い含められるようになった。幸い、息子には興味がないようでズビシェクがサシャと話すことも触れ合うこともありはしなかった。
それから数年後、弟であるヴァシィルが誕生した。弟は正真正銘の弟である。その弟にも兄の秘密は共有された。
ただ、弟を生んだことによりイルジナはズビシェクにとって厄介者となった。子供の目から見てもズビシェクのイルジナへの態度が悪化したがわかるほどだ。
しかし、イルジナは全くと言っていいほどそれらを気にすることはなかった。
「私は貴方達二人に出会えて幸せだもの。卑下することもなにもないわ」
イルジナは強かった。けれど、病には勝てず、サシャが十六、ヴァシィルが十二の時に聖地へと旅立った。
「ハッ、ようやっといなくなったか。役立たずのくせに随分としぶとかったものだ」
イルジナの亡骸に投げつけられたのは労りの言葉ではなく、侮蔑の言葉。母の葬儀をと準備していたサシャはばっちりとそれを聞いてしまった。歯を食いしばり、握った拳から血が滴る。
その後、葬儀は行ったがズビシェクは参列しておらず、サシャとヴァシィル、叔父のアレシュと友人で彼女を見送った。
葬儀も終わり、帰宅したサシャとヴァシィルは愕然とした。そんなことがあっていいものかと。
「今日から彼女がお前たちの母親だ。そして、こちらは妹だ」
そう言って紹介されたのはラダという情婦とその娘ディタ。ディタはズビシェクの血を引いているようでサシャやヴァシィルと同じ金の目をしていた。
「よろしくね、お兄ちゃんたち」
可愛らしく笑みを零すディタ。その身を包んでいるのはイルジナが大事にしていたドレスだった。そして、ラダの首元にはイルジナがつけていたネックレス。到底、信じられるものではなかった。
「あぁああああ!! ふざけるな、ふざけるな! あの男は母がどれ程この家に尽くしたと思っている」
二人で部屋に駆け上がり、鍵を閉めると叫んだ。叫ぶしかなかった。ズビシェクがなにか言ってくることはないだろう。そして、親子三人で仲良く食事をしていることだろう。
「ヴァシィル、もう僕は無理だ、すまない」
涙を拭うことができず、そのままヴァシィルに謝罪する。けれど、彼もその言葉の意味を重々に理解しているのだろう大丈夫ですと頷く。
「兄上に比べたら、平気ですよ。兄上はこれまで頑張ってこられましたから。まずは叔父上に相談しましょう」
「あぁ、そうしよう」
ディタの年齢はヴァシィルとそう離れてはいなさそうだった。つまり、その頃にはラダと通じていたということ。
サシャもヴァシィルもジャプカを、ズビシェクを見限ったのだ。