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大丈夫だろうという慣れと気の緩みがあったのかもしれない。
帝国軍、大将補佐官であるサシャ・ザオラルは市井調査を終え、調査資料と真新しいタオルを持って自分の補佐官室に戻ってきていた。カンカン照りの太陽のせいで汗がプラチナシルバーの短髪から滴り落ちる。体もかいた汗で着古した黒シャツが肌に纏わり付く。
「流石に気持ちを悪いな」
戻ってすぐに真新しいタオルを確保したのは英断だったなと自身を褒める。
荷物をローテーブルに置くとカーテンを閉め、タンスから軍の制服を取り出す。勿論、新しいパリッとノリの効いたシャツもだ。ソファーの背に流しかけ、汗だくのシャツを脱ぐ。そして、タオルで汗をしっかりと拭う。髪もガシガシとタオルで水分をとる。拭うだけでもサッパリするなと零しながらも新しいシャツに手をかけたところで、コンコンとノックの音。
「ーー」
返事をしようと口を開くもそれよりも前にガチャリとドアが開く。
「済まない、ザオラル、この間の報告書についてなのだがーー」
報告書に目を落としながら、入ってきた男はどうやらサシャに確認があったようだ。サシャと目を合わせたところで言葉を切り、長めのハニーゴールドの前髪から覗く紺碧色の目を大きく見開き口を開けて固まった。
「え、あ、さ、しゃ?」
戸惑う男は上から下までサシャの姿を確認し、顔を赤くする。そんな男の姿を見て、まさか返事を待たずして入って来た上に上半身を見られたことも驚き、戸惑うも自分よりも慌てる男にスッと冷静になる。
「クンドラート軍団長、お話は伺いますので失礼ながら少々外でお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「え、あ、すまない! いつまでも待つ! だから、慌てる必要はないからな!」
そう言って、出ていこうとする男ーーラディム・クンドラート軍団長は余程混乱していたのかドア枠で頭をぶつけるわ、持っていた報告書を散らばすわ、慌ただしく出ていった。
「いてっ」
「ちょ、軍団長、何やってんスか」
「な、なんでもないぞ! 大丈夫だ! あいてっ」
部屋を出てからも調子は戻らなかったらしく、足をもつれされたのか転ける音やどこかにぶつける音。しまいには通りがかった部下に心配された声まで部屋の中に届いた。
「ふふっ」
普段は凛として表情など変わることが少ないラディムの間抜けな顔や慌て具合を思い出し、サシャから笑みが溢れる。
「さっさと着替えて迎え入れて差し上げなければ」
いらぬ噂を立てられても困る。それに、と考えて、軍団長は聞いてくれるだろうかと不安を抱く。けれど、あの軍団長が見なかったことにするのはないだろうと溜息を零す。
「クンドラート軍団長、お待たせして申し訳ありません。どうぞ」
「あ、あぁ」
ササッと制服に着替え、身だしなみを整えるとドアを開けて、ラディムを迎え入れる。ラディムは待つと言っていたので適度なところで待ってるのだろうと思ったのだが、ドアを開けた目の前に直立していたのにサシャは驚いた。だが、それを顔に出すことなく、ラディムを中へと招き入れる。
「ドアは少し開けておいたほうがいいのではないか?」
「いえ、報告書のことですよね。でしたら、内密のことですので、オススメは致しません」
「いや、まぁ、そうなのだが、そうなのだがな」
ラディムはそうではなくてともごもごと言い淀む。ただ、サシャはラディムの言いたいことはわかる。けれど、恐らくある話をしなければならないため、それも含め内密の話と強調する。
「それで、聞きたいことはなんでしょうか?」
報告書の方で来るか自分のことで来るかとある程度予測はつける。
「あー、その、胸部の怪我はどうしたんだ?」
予想外の問いにサシャはにこりと笑みを浮かべる。びくりと肩が跳ねるラディム。そうであると拒否したいのか、冗談なのか、サシャは無言のまま次の言葉を待った。
「すまない、冗談だ。ただ、正直、理解は追いついてないから、説明を頼む」
「内密にお願いいたします」
「あぁ、それはもちろん」
彼が見たのは胸部から腹部にかけて巻かれたさらし。それは丸みを隠すように巻かれていた。怪我とは違う巻き方にラディムは気づいていた。気づいたからこそ、戸惑ってしまったわけなのだが。ただ、無言でそれを諌められラディムは謝罪し、訂正するとサシャに説明を求めた。サシャは静かに頷き、内密にと願った。そして、その了承を見て、サシャは口を開く。