昔と今
高校時代の部活の友人から、同窓会を企画しているので、来ないかと誘われた。大学生で暇を持て余していた俺はすぐに参加の返事をする。懐かしいからという理由もあるが、それとは別に、当時あこがれていた先輩がいたからというのもある。何度もアタックしたけど相手にされず、俺は1年、先輩は3年だったからすぐ卒業してしまい、それきりになったけど……今なら違うかもしれない。気合を入れ、同窓会当日。
「えっと……ごめんなさい。お名前、いいですか?」
先輩は、俺の事を忘れていた。飲み会が始まってすぐにこれだ。心が折れかけるが、まだ思い出せていないだけかもしれない。改めて名前を名乗ると……
「え……あ……」
先輩はひどく動揺し……
「そ、そうだったね、ごめんごめん。久しぶりだね」
思い出してくれたようだけど、どこかおかしい。
「あの、先輩大丈夫ですか?」
「ううん、大丈夫。ただ……うん、今ならいいかな」
そう独り言を言いながら、俺の方を見る。思えば、こうして先輩と正面から見つめあうのは初めてかもしれない。どうして、今までなかったんだっけ。
「初めて会った時の事、覚えてる?」
覚えている。先輩はいわゆる、幽霊が見える、聞こえる、感じ取れる人で有名で。
「最近嫌な夢を見るからって私のところに来たのが初めましてだったよね」
その通りだ。夢の内容は当時も今もまったく思い出せないけど、変な夢を見て疲れが取れないので、先輩の事を聞き、相談に行ったところ一目ぼれし、先輩と仲良くなりたくて、同じ部活に入ったんだ。でも、話しかけても目すら合わせてくれず、避けられるばかりで。
「あの時はごめんね。実は……」
先輩は言いにくそうにしているが、意を決したのか、口を開く。
「あなたの事、忘れてない。でも、顔は覚えてなかったの。というより……ほとんど見えなかったんだ」
「え?」
「あなたの顔には丸い穴が開いていて、目や鼻、口は見えなかった。でも声は聞こえるし、髪や体は見える。だから……ごめんね。さっきあなたの顔を見ても、わからなかったんだ」
「ど、どうして顔が無かったんですか!?」
「それは……ねぇ、私が卒業した後、嫌な夢は見なくなった?」
「え、ええ。なんかお寺に連れていかれて、お祓いみたいなのしてもらって以降、変な夢を見る事も無くなりました」
「あなたに憑いていたのは、たぶん女の人。ずっとあなたの後ろにいて、あなたが私に話しかけると、その時だけあなたの顔の穴から、スッと覗き込んでくるの。近づくなって目で」
「お、俺はそんな人知らないですよ!」
「だと思う。でも……顔が見えなかったのは、その女の人の影響だと思う。あの時は私も怖くて言えなかったし、逃げてばかりでごめんね」
「………」
先輩に忘れられていた、顔を覚えていなかったことはショックだったけど、それ以上に当時自分にそんなものが憑りついていたなんて。だけど、おかげで分かった事……いや、思い出せたこともある。
「こんなこと急に言われても困るよね、ごめんね」
「あ、い、いえ。先輩は悪くないです。むしろ、気を使っていただいてありがとうございますと言うかなんというか」
考え込み、黙ってしまったせいで、先輩は悪くないのに、謝らせてしまった。動揺している俺を見て、先輩は少し笑みを見せ。
「改めて、これから仲良くしてくれる?」
同窓会からの帰り道。先輩と連絡先を交換した俺は、うれしい反面、学生時代の衝撃の事実に未だ動揺していた。というのも、当時見ていた嫌な夢。それが、先輩の話を聞いて、思い出せたのだ。あの頃、朝起きるといつも忘れていたのに。その夢の内容は、顔のない女性がどこにいても着いて来るという夢だ。毎日のように見ていた悪夢。どうしていつも忘れていたんだろう。
「あ……そうだ」
考え込んでもわからない。ふと顔を上げると、コンビニが目に入る。そういえば、明日の朝ごはん買わないと。こんな時でも、呑気なもんだなと入ろうとした時。
「……え?」
駐車場に停まった車に映る自分の姿が目に入る。そこに映る自分の顔。顔の真ん中に大きく穴が開き……穴の向こうから、誰かがのぞき込んでいた。
完