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09.やっと見つけた(オリバー18歳)


 ミリアムが行方不明になったと聞いて、目の前が真っ白になった。

 心臓が止まったかと思ったが、アナスタシアが肩を揺らして正気に戻してくれた。


「オリバー様、今は一刻も早く見つけないといけません」


 真剣なピンク色の瞳に、僕は深く頷いて、騎士たちに命じて捜索を開始した。

 ミリアムの足取りを辿り、目撃証言があれば僕自らその場に赴く。

 そうしなければ落ち着かなかったのだ。

 ミリアムが見つかるまでろくに眠れなくて、夜が明けるのを眺めた。


 ミリアムが行方不明になり3日が経った頃、ノシュト家の前で倒れているミリアムが見つかった。

 しかし、ミリアムは記憶を失っていたそうだ。

 全てを投げ出して会いにいけば、僕を見ても、アナスタシアを見ても首を傾げるばかり。

 それでもミリアムが見つかったことに何よりも救われた。

 大事な思い出ばかりだけど、思い出はもう一度作っていけばいい。

 ただただ、ミリアムが無事でいてくれたことが嬉しかった。

 


「オリバー様。あのミリアムさまは本当にミリアムさまなのでしょうか」

「子供の時はああだったらしい。きっとミリアムも記憶がなくなって混乱してるんだ。しばらく様子を見よう」


 ミリアムが見つかって半年以上が過ぎた頃、アナスタシアが僕にそう問いかけた。

 

 ――あれが欲しい、これが欲しい、なぁに?私の言うことが聞けないの?


 そんな事ばかりミリアムは言うのだという。あのミリアムが。

 だけど、ノシュト家の使用人曰く、とても信じられないが幼い頃はそんな性格だったらしい。

 記憶をなくして幼児退行したのではないかと言われた。

 混乱しているだけなんだ。怖い思いをしたのだから仕方ない。そう僕は目を逸らし続けている。

 

 記憶と共に文字を忘れてしまったというミリアムと文通もできず、僕とアナスタシアは時間が空けば会いに行った。

 会えば会うほどにミリアムの今と昔の違うところを数えてしまう。

 ミリアムは意味のない我がままを言わない。できないことをできないという使用人を罰したりしない。目が気に食わないからとクビにしたりしない。

 どうして。どうして。--君は、誰。

 

 そしてその日はきてしまった。

 リベルタの友人である令嬢の婚約者と夜遊びをしたそうだ。

 しかもその現場を令嬢が目撃し、言い逃れができない状態だったという。


 僕とアナスタシアは、おかしいと抗議したが聞き入れられず、国外追放されるところを修道院送りにすることしか出来なかった。

 しかも、内々に処理するはずがいつの間にか新聞社に売られていて、それも背びれ尾びれをつけた状態で新聞に載ると報告を受け、止めようにも手遅れだと言われてしまう。

 どうしたらいいのかわからなくて、僕は外の空気を吸いにでた。

 

「ネレイネ、この間の酒代はいつ返してくれるのかな。ケチなんじゃないか?」

「今返すから待ちたまえ。はした金じゃないか」


 せっかく伸びた背筋をまた情けなく丸めながら歩く僕の前から、胸元に公認魔導士の証のブローチをつけた2人が歩いてくる。

 過去の魔導士の研究から現代の魔法を進歩させる彼らの功績は大きいが、それ故に他の分野からは妬まれて『頭でっかち』なんて影で罵られている。

 研究棟は下が細く、上が丸く大きい形状になっているのを揶揄してそう呼ばれている。

 彼らは総じて研究にしか欲がなく、出世など歯牙にもかけていないことが、より神経を逆撫でしているのだろう。

 ミリアムだったらきっと「もったいないことですわね」なんていうのだろうな。

 懲りずにミリアムの事ばかり考えていることにため息が出そうになった。

 ポトリと僕の前に、ネレイネと呼ばれた女性……青年?がポケットから財布を出す時にこぼれ落ちた紙切れが転がった。


「……え?」


 そこにはミリアムがよく描いてくれた、不格好な猫が描かれていた。

 不格好で愛らしい猫を描けるのはミリアムしかいない。

 紙には『来客予定あり』と書いてあり、その字もミリアムのものだ。

 ミリアムは記憶と共に文字も忘れたといっていたはずなのに。


「待って!」


 紙を慌てて拾った僕は、落としたことに気づかなかったのか、そのまま通り過ぎようとしたその人の腕を掴んで引き止める。

 大きく垂れ下がっている目を丸くしてその人は振り返った。


「オリバー殿下。壮健のようで何よりです」

「これをどこで!?」


 恭しく挨拶をしてくるのを無視して、掴みかかる勢いで詰め寄る。


「ん~?あぁ、持って帰ってきてしまったのか」

「それ、ミリアムさんがたまに描いてるやつだよね。いつもそれが何なのか聞こうと思って聞くの忘れちゃうんだよね」


 隣にいた瓶底眼鏡の青年が紙切れを覗き込んでそういった。

 この猫を描いたのはミリアムだと青年は言ったのだ。

 頭の中でアナスタシアの言葉が蘇る。


 ――あのミリアムさまは本当にミリアムさまなのでしょうか。


 なぜだか確信があった。

 彼らのいうミリアムは、修道院へ送られることになったミリアムじゃなくて、僕たちの知っているミリアムだと。

 

「これは……猫だよ」

「猫」


 公認魔導士の2人は怪訝な顔をして紙切れを見つめている。

 「あ、ここ耳なんじゃない?」「ならこれは……まさか目、なのか」と会話していた。

 そんな言葉が耳に入らないくらい僕は嬉しくて紙切れを握りしめた。

 

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