08.初めての嫉妬(オリバー15歳)
僕達は15歳となり、学園へ入学する事になった。
定期的に会って文通もしていたけれど、毎日会えることに心が踊る。
一緒に行こうと事前に誘っていた僕はミリアムと一緒に学園へと向かった。
「桜ってどこも一緒なのね……」
学園の門から校舎までを案内するように植えられている桜は満開で、眺めているとぽつりとミリアムが呟いた。
この国には他にも学園、学院はあるのでそのことを言っているのだろうか。
いつ見に行ったのだろうとミリアムを見ると、慌てたように「気になさらないで」というだけだった。
ミリアムに長年ついているメイドは確か女学院を卒業しているので、メイドから聞いていたのかもしれない。
「綺麗だね」
「えぇ、なんだか染み入るものがありますわね」
ふわっと風が吹いて桜の花びらが舞う。
水色の髪を隠すように花びらがかかる光景は神秘的で美しかった。
魅入っていたが、当のミリアムはどこか一点をみて呆けている。
いつも涼しげなミリアムが珍しいこともあるものだと、視線を追うと、紫陽花色の女子がいた。
風のせいで乱れた髪を恥ずかしそうに手癖で直している女子は、リボンの色から察するに僕たちと同じ入学生だろう。
彼女がどうしたのだろうか。
ミリアムを見ると、表情はいつも穏やかな双眸が揺れている。
その様子は目の前の女子を見ているようでいて、どこか違うものを見ているようだった。
「ミリアム?」
「……ぁ」
声をかけてみるものの、ミリアムは小さく声を漏らしただけだ。
次第に見つめられていることに気づいたのか、女子が戸惑いながら甘く澄んだ声をあげる。
「あの……」
途端にミリアムは瞬きひとつしてにっこりと笑う。
本人はつり上がった瞳を、笑っても可愛げのない顔になると不満に思っているようだが、僕には凛として綺麗に見えて好きだった。
「あなた1年生?私たちもなの。良ければ仲良くしてくれると嬉しいわ」
「わぁ!アナスタシアです。私ひとりなのでお友達ができて嬉しいです」
特待枠で入学した孤児院育ちの子がいるとは聞いていたので、この子だろうか。
コロコロと表情を変えて笑う姿の裏表のなさは令嬢らしくない。
「良ければ一緒に向かいませんこと?殿下、良いかしら」
「で、殿下ってもしかして……!」
良くない、なんて子供みたいなことを言えるわけもなく、僕はにこりと笑って頷く。
ミリアムとふたりの時間をもっと楽しみたかったのに。
「もちろんだよ。僕はオリバー。学園では気楽に接してもらえると嬉しいな」
ミリアムも気楽に名前を呼んでくれないかなぁと言う下心はそっと仕舞っておく。
まだミリアムの背中は遠い。
「はい!オリバー様、ミリアム様、よろしくお願いしますね」
僕はこの時のことを生涯後悔するだろう。
薄々わかっていたことだが、ミリアムは性分として『手のかかる子』を放っておけない節がある。
上から目線の同情などではなく、生来のお人好しなのだろう。
放っておけなくて、面倒を見てしまうのだ。
だから、つまり――仕方ないのだろう。
「アナスタシアさん?木に登ってはいけないっていってるでしょ?」
「でも、猫が……」
「見てたわよ。えぇ、あなたを踏み台にして降りていったわね」
「ミリアム様受け止めてください~!」
「は!?え!?」
「ミリアム!」
今や令嬢の鏡と言われているミリアムは、僕の上でアナスタシアに潰されている。
こめかみがヒクヒクと動いているのが分かった。
ミリアムのこんな姿は初めて見る。
僕はミリアムから良い匂いがしていることに緊張しているものの、2人分の体重で動けない。
「あのね、アナスタシアさん。授業をちゃんと受けなさないと言っているじゃないの」
「ごめんなさい~!」
「事情があったのなら仕方ないけれど……。ほら、ノートを貸してあげるわ」
「ありがとうございます!……?これって何ですか?」
「……何かしらね」
「ふ……っ」
ノートの端に描かれている不格好な猫は健在だ。
アナスタシアから目を逸らして答えない姿に思わず笑いそうになる。
口止めをするように半目で見上げてくる姿すら可愛い。
「アナスタシア?そんなところでどうしたの?」
「あ……。オリバー様……その……」
「ですから!ミリアム様はご友人をもっと選ばれるべきですわ!オリバー様の評判にも関わるのですから!」
「つまり、あなたたちは私には人を見る目がないといいたいのね?」
「そ、そんなこと……」
「あなたたちの意見は聞いたわ。じゃあ、お名前を聞かせてくれるかしら?」
教室の扉の前でおろおろとしているアナスタシアがいた。
教室の中を覗いてみれば、冷えた瞳でうっすらと笑うミリアムの傍から女生徒が3人走り去っていくところだ。
入れ替わるように飛び込んでいったアナスタシアがミリアムに泣きついている。
ミリアムはいつだって僕なんかが勝てないほどにかっこいい。
ともかく、『手のかかる子』のアナスタシアをミリアムは甲斐甲斐しく世話を続けている。
女子に嫉妬する日が来るなんて僕は夢にも思わなかった。
ミリアムの細腰に抱きついて挨拶をするのが当たり前になっているアナスタシアと、仕方ない子ねと微笑むミリアムに、僕は頭を抱える日々だ。
「いい加減、僕のことを気にして?」
「オリバー様もお姉さまを抱き締めればいいではありませんか」
「そんなこと、出来る、わけが!」
「ミリアム様って、あんな魅惑的なお体なのに、あれでも着痩せしているようで柔らかくてあたたかくて、いい匂いがするんですよ」
「……」
「殿下、アナスタシアさん、どうしたの?」
「なんでもないよ、ミリアム。うん、なんでも、ない」
「ふふふ、ミリアム様、大好きです!」
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