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05.アルトさんのお客さま

 体が入れ替わってから10カ月が過ぎた。

 古書店へ行く前に新聞を買って、お気に入りのギコギコとなる椅子で読むのが日課となった。

 今日も椅子を鳴らしながら新聞を広げているとアルトさんが疲れ果てた姿で帰ってきた。

 わかめ頭が心なしか萎びて、大きな瓶底眼鏡がずれている。


「おかえりなさい。今日はまた随分とお疲れですね」

「ごめん、ちょっと寝かせて……」

「どうぞ。ゆっくりおやすみください」


 奥へと引っ込んでいくのを見送り、私は時計を確認した。

 今からの時間であればお昼頃には一度起きてくるだろう。

 眠気の覚める珈琲でも入れてあげよう。

 ご飯もろくに取っていないだろうし、うちのご飯に誘ってもいいかもしれない。

 熱中すると睡眠とご飯も忘れてのめり込んでしまうようで、王城にある研究棟から帰ってきてふらふらなのは今に始まったことではなかった。


「……あ。そうだ。後で来客があるから、ボクがまだ起きてなかったら待ってもらって」

「わかりました」


 奥から顔だけを出したアルトさんが、また奥へと引っ込んでいった。

 メモ帳に『来客予定あり』と書き付けた。

 

 ポーンポーンと柱時計が鳴った音に、お昼を迎えたのだと古書から顔を上げる。

 この古書店は奥にちんまりとしたキッチンと部屋がある。

 部屋は寝転がれるほどのソファーが2つと机、隅にクローゼットが置いてあり、クローゼットの中にはアルトさんの着替えや身支度を整える小物が入っている。

 アルトさんの自宅は別にあるが、営業時間中はお店に帰ってくるのがほとんどだ。

 ここにはお風呂がないが、アルトさんの第2の家ともいえるだろう。

 

 キッチンから部屋を除くと、ソファの上でアルトさんは死んだように眠っていた。

 机の上に瓶底眼鏡が転がっているが、アイマスクをしているせいで素顔は拝めない。

 日差しが眩しくて眠りが浅いとぼやくアルトさんに、アイマスクを作ってあげたのは裏目に出てしまったかもしれなかった。

 ピクリとも動かない姿から、起きるまでにはもう少しかかりそうだ。

 ブラック企業歴が長い私としては心配になるところだが、アルトさんが楽しそうに進んでやっているので見守っている。

 研究会に行くときの足取りの重さは可哀そうだけど。


 ――カラン。


 珈琲を淹れているとランタンが音をたてて、誰かが来たことを知らせてきた。

 急いでキッチンからお店の方に走り、ひょっこりと顔を出せば、カウンターをのぞき込んでいる緑色の頭が見えた。

 見つめている先にあるのは、私が先ほど書き付けた『来客予定あり』のメモ帳だ。

 その人は近眼なのか、メモ帳をびりっと破って目の前まで持ってきていた。

 私はたまに落書きをしていて、その紙には猫の落書きが描かれているため、至近距離で凝視されるのは恥ずかしい。

 

「イヌ?いや、そもそも動物じゃない……?」


 私は何も聞かなかったことにした。


「アルトさんのお客様ですか?」


 メモ帳から視線を外させようと声をかけると、パッと顔を上げたその人は破いたメモ用紙をポケットにいれた。

 あっ、と思ったが、何か言えば落書きの主が私だとわかってしまう。

 人の手に渡るのは気になるが、言わなければ描いたのが私だとは思わないだろうし、この際メモは諦めるしかない。

 

「あぁ、すまないね。アルトは起きているかい?」


 青い瞳の優し気なその人は、女の人とも男の人ともとれる中性的な人だ。

 若く見えるのは大きく垂れ下がっている目のせいだろうか。

 服装から判断しようにも、パンツスタイルの服装をしていて、この国では女性がパンツスタイルなことも多いので諦めた。


「いえ、まだ眠っていらっしゃいます。起きるまでもうしばらくかかるかと思います」

「じゃあ申し訳ないが、待っていてもいいかな」

「どうぞ。良ければ中でお待ちいただいても良いですよ」


 古書店の方では座って待っていてもらうこともできない。

 ギコギコと鳴る私の椅子はあるが、客人に勧められるような立派なものではないので、中へと案内する。

 寝ているアルトさんがいるが、旧知の仲のようなのでそこで待っていてもらっても構わないだろう。


「随分と熟睡しているな」

「だいぶお疲れのようでして……」


 相変わらず死んだように寝ているアルトさんに、呆れたように笑いながら向かいのソファに腰を下ろした。

 アルトさんは無類の珈琲好きで、私も珈琲は嫌いじゃないので古書店には珈琲しか置いていない。

 珈琲嫌いではありませんようにと祈りながら、お客さま用にもう一杯珈琲をいれる。

 豆の香ばしい匂いが広がるのを心地よく思いながら、机の上にコースターと共にそっと置いた。

 暇が潰せるようにと、いくつかのジャンルから古書を抜き出して珈琲の隣に置けば、たれ目を丸くさせて小声でお礼を言われる。

 アルトさんのお友達か同僚どっちなのだろうと考えながら、私は定位置となった椅子へと戻る。


 1時間を過ぎた頃、中からアルトさんの声が聞こえた。

 どうやら起きたようだ。


「……で……だから……」

「な……よ……だ」


 聞こえてくる声は途切れ途切れで何を話しているかわからなかった。

 声の感じは気さくそうなので、上司や部下という感じではなさそうだ。

 そのまま数十分経ち、アルトさんだけが部屋から出てくる。


「ふわぁ~。ミリアムさん、今ちょっといい?」

「大丈夫です。お店は閉めておきますか?」

「うーん。そうだね。ちょっと長くなりそうだからいったん閉めておこうか」


 拳が口に入りそうなくらい大きな欠伸をしながら、アルトさんが呼びかけてきた。

 扉にかけている札を『CLOSE』に変えて私は小走りで奥の部屋へと向かう。

 鍵もかけているので、お客が入ってくることはないだろうと安心だ。

 奥の部屋ではアルトさんのお客さまと、アルトさんが座っている。


「さて、まずは自己紹介からしようか。私はネレイネ。このもじゃもじゃ頭とは同期にあたるものだ」

「ミリアムです。ここで働かせてもらっています」

「じゃあ本題だけどねミリアムさん」


 アルトさんとネレイネさんが向かい合って座っているため、私は自然とアルトさんの隣に座った。

 アルトさんと同期ということはネレイネさんも公認魔導士ということか。

 名前も中性的で、ネレイネさんが男の人なのか、女の人なのかわからなかった。


「魔導書の解読なんだけど、ネレイネの分も手伝ってくれないかな」

 

アルトの素顔は鉄壁です。

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