Pilot
齢にして22歳、季節は春。
気が付けば俺はコックピットに乗せられていた。
自分から乗り込んだ気もするのだが、
やっぱりやつらに乗せられた気もする。
用途も知らないボタンばかりがそこらに生えてるような、
そわそわして落ち着かない操縦席。
「乗り込みは完了したか、新人。」
「はい、ただ今完了致しました。」
モニターから上官の声が聞こえた。顔も素性も良くは
知らない上官だが、最大級に敬って動かなきゃならない。
これもコックピットに乗った以上遵守するべき重要な
決まり事なのだ。
「それでは飛び方を教えてやる、俺の言う通りに動け。」
「ご指導よろしくお願いします、上官。」
あっという間に、コックピットでの生活が始まった。
おろし立ての操縦席で上官からは色々なことを教わった。
まずその量の多さに俺は悩まされた。
飛び方、敵の倒し方、さらには守らねばならないルール
まで、その種類はまさに星の数ほどだった。
悩みの種はそれだけじゃない、知らない事を覚える
難しさ、結果の出ない現実を突きつけられる苦しみ、
同僚と比較される焦り、色んな苦痛に耐えていきながら、俺は今より高く飛ぶ方法を覚えていった。
「おい、操縦することは苦痛か。」
上官には度々こう聞かれた。ここで、「はい、苦痛です」
なんて言うことはたぶん許されない。何より上官の機嫌を
損ねてしまえば、操縦する権利を失ってしまう可能性がある。争うことも嫌いだし何か大きな大義を持ってるわけでもない俺は、正直こんな苦痛から逃げられるなら逃げ出してしまいたかった。でも、本当のことを言うわけにはいかない。空を飛べなくなってしまうのは嫌だし、何より
周りも皆我慢してコックピットに乗り続けている筈だ。
「いいえ、毎日やりがいを持って
取り組ませて頂いております!」
だから俺はこう言うのだ。嫌なことを「やりがい」と
言って働き続けることが、「大義」ということにして。
こんな生活を毎日毎日繰り返しているうちに、
俺の機体は雲を通り抜け、空を上から見下ろせるくらい
高く飛べるようになったし、上官の一人として新人に
指示を出す機会だってある。
年季を感じさせるように錆びついたコックピットは、 今日も敵を倒す為に動いている。汚れやガタは、
俺が今まで戦い続けてきた勲章なのか、それとも
分かりやすく晒された生き恥なのか、今となっては
確認の仕方さえも分からない。
俺の機体は今日も空を飛んでいる。
親だって友達だって、恋人だって入ることの許されない
このコックピット、通ることのできるのは理屈と法律、
あと業務内容だけのコックピット。進む手がかりは、
真上にある薄い月明かりだけ。何千と倒した敵の残骸を
背中に、身体だけが高い所をほっつき歩いている。
同僚たちの何人かは、既に帰還命令を受けたらしい。
俺ももうじきその命令が下る筈だ。
操縦桿から手を離して、やっとの思いでコックピットから
出れた時、俺は何を思うのだろう。辛かった今までを
振り返って泣くのか、またこれからの自由に期待して
さっさと第二の人生を歩いていくのだろうか。
いずれにしても、後悔のない日々を、笑うことのできる日々を過ごさなければと心から思う。
「よう、おっさん。少ない余生を楽しめな!」
ボロボロの操縦桿がそう言いながら笑ってる気がした。