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 春の暖かさが少しずつ夏へと向かってきた頃。

 書類に目を通していたウィリアムの元に、昔から仕えている年配の側近がやってきた。


「ウィリアム殿下。国王陛下がお呼びでございます」

「父が? 分かった、すぐに向かう」


 ウィリアムは手を止めると、頷いて立ち上がった。

 自室を出ると、王子の居住区としては人も少なく、静かな空間が広がる。

 大勢の出入りがあっては秘密が漏れる可能性が高くなるので、ウィリアムの部屋がある棟は城の中でも奥に設けられ、事情を知る昔からの使用人が配置されていた。

 風が通り抜ける回廊を歩きながら、よく晴れた青空に視線が向き、午後も天気が良さそうだと思う。

 それと同時に脳裏に過ぎったエレノアの笑顔に、思わず口元が微笑んだ。


「父上。お呼びでしょうか?」


 父王の執務室へ向かうと、王の側近の姿はなく一人だった。

 部屋に入ってきた息子を見て、王は何かを取り出した。


「ウィリアム。これを考えてみないか――?」


 父王の言葉に、ウィリアムは渡されたものに視線を向けた。

 その瞬間、青い目が見開かれる。








「第一王子殿下がお見合いをするんですって」


 窓を拭いていたエレノアの耳に、そんな話が聞こえた。


「えぇ! お相手は誰なの?」

「どこかの国の姫君って噂よ」


 声のする方を振り返ると、黄色い声を上げながら話をしている様子が見えた。

 エレノアの妹が絵本を見ている時のように、王子と姫君の結婚話をまるでおとぎ話のように噂するその姿に、エレノアの同僚が肩をすくめながら笑った。


「私たちには縁のない話ね」

「本当ね」


 エレノアも同じように笑う。

 貴族令嬢だったら王子が他の女性と結婚することに悲しむかもしれないけれど、平民にはあまりに縁遠い話で、どちらかといえば噂話を楽しんでいる様子だ。

 エレノアたちは特にその話に気を留めることもなく窓を拭き続けていると、先輩メイドに声をかけられた。


「エレノア」

「はい」

「あなた、城下から通いで来ていたわよね。このお店を知っているかしら? 納品が一つ足りなくて、休憩前に悪いのだけど取りに行って貰えないかしら?」

「分かりました」


 先輩メイドが示した店は、エレノアがも知っている店だった。

 支度をしようして、休憩という言葉を思い出す。

 エレノアが休憩の時に現れる猫のことが脳裏に浮かんだ。

 約束をしているわけではないが、毎日来るその存在が気になって、エレノアは急いでお仕着せから着替えると、いつもの裏庭へ向かった。


「ツイーディア」


 いつもエレノアが座る四阿には、白い猫が丸くなっていた。

 エレノアの声を聞いて顔を上げる。


「あら……? 今日は何だか静かね」

『……ああ。いや、申し訳ない。そんなことはないよ』


 首を傾げるエレノアの姿を見て、遅れてみゃあという鳴き声を発した。

 ふと、エレノアの格好がいつのお仕着せでないことにウィリアムは気づいた。


「今から城下にお使いに出なきゃいけなくなったの。ごめんなさい、今日はあなたと一緒に過ごせないわ」

『そうなんだね……。残念だけど、仕方がない』


 エレノアの説明にウィリアムは気分が下がるのを感じながらも、仕事ならば仕方がないと諦めた。


「私もう行かなきゃ」

『途中まで送るよ』

「あら、見送りをしてくれるの?」


 歩き出したエレノアの後を丸い足でついていく。

 庭から近いところに、城下へ続く裏門がある。

 ウィリアムは猫の姿で城から出たことはなかったが、門までならば心配ないはずだ。

 一緒に休憩時間を過ごせない代わりに、せめて裏門までは見送りたいと思った。

 いつもは庭で一緒にいるだけなので、こうして並んで歩くことは新鮮だった。

 けれど、そんな時間はあまりにも早く過ぎてしまう。

 衛兵が一人で番をする裏門へはすぐに辿り着いてしまった。


「行ってくるわね、ツイーディア」

『ああ。気をつけて』


 門をくぐったエレノアが手を振る。

 ウィリアムは城壁に跳び乗って、その後ろ姿を見送った。

 城下へ続く曲がりくねった道を歩いていく姿が名残惜しくて、エレノアが見える場所へと城壁の上を移動する。

 時おり木の影に隠れるたびに城壁を跳び移り、いつまでも見つめていた。


『!』


 その時、歩いているエレノアの周囲を取り囲む不審な男達の姿が見えた。

 離れたこの場所からは声までは聞こえなかったが、男達は突然エレノアを捕まえると引きずっていった。


『エレノア嬢!!』


 ただならぬ出来事に、ウィリアムは急いで門の方へと戻った。

 番をしている衛兵に事態を訴えるが、衛兵は猫が騒いでいるだけとしか思わなかったようで、手であしらわれてしまう。

 この姿では埒が明かないと思ったウィリアムは、猫の姿のまま門を飛び出した。

 曲がりくねった道を急いで駆け抜ける。

 先ほど見た場所へと向かうと、男達の声が聞こえた。


「おい、早く女を乗せろ!」

「気づかれる前にさっさと売り飛ばしちまおうぜ!」


 不穏な会話と共に、幌をかけた馬車の荷台に押し込まれるエレノアの姿が目に入る。

 男達はエレノアを荷台に乗せると、急いだ様子で馬車を出発させた。

 車輪が回り始め、ウィリアムは丸い足で勢いよく跳んだ。

 荷台の後ろ部分に爪でしがみつき、幌の中へと飛び込む。

 揺れる馬車の中を転がりながら顔を上げると、縛られたエレノアの姿があった。

 口も布で縛られて声を出せない様子だったが、中に入ってきた猫の姿に驚いたように目を見開いた。


『エレノア嬢!』


 ウィリアムは名前を叫んで側に駆け寄った。





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