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プロローグ

ファンタジーです。





 ――昔、ある国に皆に望まれて生まれた男の子がいた。


 その子は周囲から愛され、大きなケガや病気にかかることもなく、すくすくと成長した。

 ところが五歳の誕生日の夜、男の子は高熱を出して生死の境をさまよった。

 両親は我が子を助けてくれるよう、夜通し祈りを捧げた。

 その祈りが届いたのか、男の子は命を取り留め、両親は涙を流して安堵した。

 無事に熱も下がり、食欲も出て元気を取り戻し、元の日々に戻っていく。

 ようやく寝台から起き上がれるようになった頃、汗を流すために久しぶりに入浴をしようとした。


 水をかけたその瞬間、男の子の姿は猫になった。


 みゃあと鳴く可愛らしい声に、周囲は悲鳴に包まれた。

 母親は卒倒し、父親は妻と猫を抱えて慌てふためいた。

 男の子をお風呂に入れようとしていた者達は、自分たちのせいだろうかと真っ青になっていた。

 そんな周囲の混乱を知らず、猫は何度もみゃあみゃあと鳴き声を上げる。


 だが、数時間すると猫は無事に人の子の姿に戻った。

 何事もなかったかのようにはしゃぐ男の子の姿に、周囲は茫然としていた。

 それから何度か恐る恐る水をかけて試してみても、そのたびに男の子の姿は猫へと変わった。


 どうやら、水に濡れると猫になるということらしい。

 どこかで聞いたような、そんなおとぎ話のような話。


 けれど実際に起こってしまった現実に、両親は無邪気に笑う我が子を複雑な思いで見つめた――。




***




 ――それから時は流れ。


 春を迎えた庭に、たくさんの花が咲きあふれる。

 辺り一面、赤や黄色の彩りで埋め尽くされている。

 そんな美しい花々の中を、白い尻尾がゆらゆらと揺れ動いた。

 甘い香りに桃色の鼻先を動かしながら、花の迷路を進む。

 その中で、花弁が細長く伸びる星の形に似た青い花を視界に入れると、丸い足を止めて顔を上げた。

 茎を器用に噛み切り、口にくわえる。

 そのまま軽やかな足取りで花の迷路から飛び出した。


 どこか目指す先があるのか、真っ直ぐな足取りで進む。

 丸い足は回廊を通り、騎士が立つ門の上を越え、涼やかな風を切るように駆けていく。

 橙の屋根瓦が広がる街並みを横目で見ながら、建物の上を飛び越えた。

 口にくわえた青い花が風に揺れる。

 元いた場所よりもずっと下におりて行くと、高い塀の上から恐れることなく跳びはねて、軽やかに地面へ着地した。

 辿り着いたのは、先ほどより小さな裏庭。

 その先に、お仕着せ姿のメイドがいた。

 芝生を踏む軽い足音に気づいたのか、長い髪が揺れる。


「――あら。また会ったわね、青い目の猫さん」


 メイドが振り返った先にいたのは、青い目の猫だ。

 猫は彼女の元へと静かな足取りで近づくと、くわえていた青い花をそっと差し出した。


「私にくれるの?」


 花を見てメイドが尋ねると、猫は花をくわえたまま頷く。

 まるで言葉が通じているようなその仕草に、メイドは笑って手を伸ばした。

 その手の中に、猫はくわえていた花を丁寧に置いた。

 もう一度、青い目がメイドを見上げる。


「綺麗な花ね。ありがとう」


 メイドがお礼を言うと、猫はみゃあと鳴いた。

 その鳴き声に、時間を告げる鐘の音が重なる。

 猫はぴくりと耳を動かすと、来た道の方を振り返った。


「もう行くの?」


 その問いに、猫はみゃあと一声鳴く。

 本当に人の言葉を分かっているようだと、メイドは再度笑った。


「またね、青い目の猫さん」


 メイドが手を振って見送るのを、猫は一瞬立ち止まって見つめた。

 手を振り返す代わりのように白い毛並みのしっぽが揺れる。

 そのまま屋根の上に跳び乗ると、塀の向こうへと駆け出した。

 門を越え、回廊を通り、華やかな庭を抜けて美しい建物の中に入る。

 丸い足は慣れた足取りでどんどん奥へと進んだ。


 そうして見慣れた部屋に戻ると、白い毛並みは絹糸のような髪になり、青い瞳は涼やかな目元へと変化する。

 丸い足が長い手足に変わるとき――……。


「――兄上。どこへ行っていたんですか? 式典が始まると、父上と母上もお待ちです」


 真っ直ぐに伸びた背に声がかけられた。

 その声に振り返ったのは猫ではない。

 青い目をした、美しい顔立ちの青年だ。


「ああ。今行く」


 煌びやかな正装を身にまとって返事をすると、優美な仕草で廊下を進む。

 その姿に人々が頭を下げていく。

 豪奢な扉の前に辿り着くと、両脇にいた衛兵が静かに扉を開いた。


「第一王子、ウィリアム殿下のご到着でございます――」


 部屋の中には国の重臣たちが並び、その奥には王座に座る国王と王妃の姿あり、王子は青い目で真っ直ぐに見つめた。





 ――水に濡れると猫になる男の子。

 その秘密は、家族と事情を知る一部の者達によって守られた。

 水に濡れなければただの人と変わらない。

 どうか、我が子に普通の幸せを。

 楽しそうに屋根を跳び回る小さな猫の姿を見て、両親である国王夫妻はそう願った。


 そうして、水に濡れると猫に変わること以外は平穏に月日が過ぎていき、猫になる王子は立派な青年へと成長した。

 そんなある日、一人の女性と出会う。


 これはそんな恋の話――。





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